第9話 冴えない元彼と憧れのコスプレイヤー

 あたしの名前は綾瀬瑠璃華。

 漫画やアニメ好きなら大抵はあたしのことを知っている。

 なぜかって……? もちろん、あたしが超有名コスプレイヤーだからに決まっているじゃない。

 SNSのフォロワー数は10万を超えている。影響力をもった美少女コスプレイヤーとはあたしのこと。


 ちなみに君たちに朗報があるわ。

 現在、彼氏はいないということ。

 もちろん、以前にいたことならある。

 その当時の彼氏は冴えない系だったけど、まあ……優しかったかな? あたしをコスプレイヤーにしてくれたことは感謝してる。


 でも、一年前にあたしから別れを告げた。

 別に芸能人に言い寄られたとか、知り合いのコスプレイヤーに一般人と付き合っていることを馬鹿にされたとかじゃないのよ。本当よ! ……思い出しただけでむかむかしてきた。


 あの大物気取りのブスレイヤーも、勘違いアイドルも死ねッ! 事故にでも遭えばいいのよ。そしたらあたしの溜飲も下がるってものよ。


 と、数日前のあたしなら超性格ドブスにそんなことを考えていたけど、今は違う。

 どうしてって……? 知りたい? 仕方ないわね。特別に教えてあげる。


 あたしはとある有名な漫画家と繋がってしまった。その人はたぶん同い年で、超が付くほどの大金持ち。おまけにすっごくイケメン(願望)。


「何度読んでも飽きないわね」


【廻れ狂想曲】の単行本を手に入れてから、数え切れないほど何度も読み返したけれど、どれだけ読んでも飽きない。未来のダーリンが描いたこの漫画は、まさに天才の手によるもの。


 天才美少女コスプレイヤーと、才能ある漫画家の彼。あたしたち二人が付き合って結婚すれば、それは間違いなく大きな話題になることだろう。

 テレビのワイドショーであたしたちのことが取り上げられ、お似合いのカップルとして称賛され、ベストカップル賞なども獲得するかもしれないわ。


「やっぱりあたしみたいな女には、このくらいの才能を持つ人じゃないと釣り合わないわね」


 漫画を閉じてベッドに横になり、寝返りをうつと、机の上に飾られた写真立てが目に入る。


「……何よ? 何か文句でもあるの?」


 捨てるタイミングを失った元彼とのツーショット写真。写真の中の彼が、捨てないでくれと見つめている。


「なら、もっと本気を見せなさいよ」


 最近の彼は完全にあきらめムードに包まれていた。

 数ヶ月前の彼からは、お前にふさわしい男になってみせるという気迫が感じられたが、今では教室でゾンビのように存在している。


 そんな彼にたまに火をつけてやろうと挑発するけれど、最近は反応さえしない。

 先日も『下手くそな絵を描いていたりした人、知り合いにいたなー』とやる気を引き出そうとしたけれど、ウォーキングデッドに登場するゾンビのように教室から逃げ出してしまった。しっぽを巻いて逃げる様子にガッカリしたことを覚えている。


「まぁ、あんたにその気があるなら、黄昏先生(彼氏)に頼んでアシスタントにしてあげるわよ」


 自分の優しさに改めて感心して、あたしって本当に人情深い女だなと思ってしまう。


「それにしても……返信、こないな」


 黄昏先生にDMを送ってから数日が経ち、既読表示はあるのに返信がまだ来ていない。

 彼の漫画が緻密に計算されていることから、彼の性格を分析してみると、あたしの心をつかむ驚くような返事を考えているに違いない。


「それともシャイなのかな? 考えてたって仕方ないか」


 せっかくの日曜日に、一人で部屋の中で長い間考えごとをするなんて、あたしにはあまり似つかわしくない行動だ。


「そろそろ新しい衣装も作らなきゃだし、出かけよっと」



 あたしはコスプレ衣装の素材を手に入れるため、駅前のショッピングモールにやって来ていた。

 このショッピングモールには、コスプレ衣装を制作するために必要な生地屋さんが入っている。昔はよく、地味な元彼と一緒に来たものだ。


「は!? え……はっ!?」


 ショッピングモールに入ってすぐのエントランスホールで、あたしは超有名なコスプレイヤー、テンテンを発見する。

 日本トップクラスのコスプレイヤーが、まるでドラマのワンシーンのように柱に寄りかかりながら立っていた。


「な、なんでテンテンがこんなところにいるのよ!」


 あたしの目標とも言えるコスプレイヤーが、どうして自分の地元に現れたのか、理解できない。

 彼女の存在は、知らない人たちですらその圧倒的な存在感とカリスマ性に振り返るほどだ。


 急いでバッグから手鏡を取り出し、自慢の金髪を整え、身なりを整えて、決意を胸に彼女に声をかけようと一歩踏み出した。


「え……」


 踏み出した足が止まってしまった。


「なんで……」


 男の子が小走りでテンテンに向かって走ってくる。その瞬間、あたしの体は金縛りにでも遭ったかのように動かなくなってしまった。


「ハッ!?」


 な、なんであたしが隠れるのよ!


 やっと体が自由になったとき、あたしは無意識のうちに物陰に身を隠していたことに気づいた。


 というか、なんで美空音がテンテンと一緒にいるわけ? テンテンが美空音を待っていたってこと? つまり二人は待ち合わせしていたってこと?


「い、意味がわからないわよ! というか、そもそもなんで知り合いなのよ!」


 あっ、まずい!?

 テンパリ過ぎて大きな声を出してしまった。


「……」


 そっと物陰から二人を覗き込む。

 良かった……まだこちらには気付いていないみたい。


 最近美空音があたしに興味を示さなくなったのは、あれが原因だったってこと?

 でも、なんでテンテンなのよ。テンテンだって、わざわざあんな凡人を選ぶ必要ないじゃない。


「いやいや、冷静にならなきゃ!」


 そもそも、あの二人が付き合っていると決まったわけじゃない。第一あの二人では月とスッポン。全然つり合っていない。


「あっ、歩きだした!」


 こうなったら、二人の後を追って真相を確かめるしかないわ。

 あたしはバッグからサングラスとスカーフを取り出し、身バレしないように変装をする。


「逃さないわよ!」

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