第5話 その漫画、おもしれぇの?
「今一番人気の漫画といえば【廻れ狂想曲】じゃん! あの面白さにはどれも勝てなくない?」
四時限目が終わった昼休み、僕は今朝学校に向かう途中に手に入れた惣菜パンを、静かに頬張っていた。
すると、耳に何やら楽しげな会話が飛び込んできた。
盗み聞きなどという趣味はないが、漫画の話題、特に【廻れ狂想曲】になると、耳が自然に反応してしまう。まるで条件反射のようだ。
さりげなく声の方を振り向くと、クラスでも特に派手な女子たちが、机を引っ付けながらお弁当を広げて楽しんでいた。
その中に、瑠璃華の姿も確認できた。彼女の向かいに座る女子生徒が手にしているのは、女の子たちに人気のある恋愛漫画だった。
ちなみに僕もその漫画を読んでいたりする。
街で不良たちにからまれているところを助けられた主人公は、自分を助けてくれた少年に恋をするが、その少年こそが、長い間離れて暮らしていた一つ下の弟だったというのがストーリーの魅力だ。
ありふれた設定ではあるが、主人公の恋心と葛藤が見事に描かれ、読んでいて楽しい。
イケメンな弟が友人たちにデートに誘われるたび、主人公がヤキモチを焼く様子は、読者にとって愛らしい場面として印象づけられている。
「美香も【廻れ狂想曲】読んだら? めっちゃ面白いし絶対ハマるから! 今一番熱い少年漫画だし、あたしのオススメ」
才能のない元彼(僕)が描いた作品とも知らず、彼女は【廻れ狂想曲】の布教活動を行ってくれている。
なんだか複雑な気持ちではあるが、純粋に僕が描いた漫画を面白いと言ってくれることに関しては嬉しかったりもする。それがたとえ彼女であったとしても。
「それって【コミックナイト】で連載してるやつだよね? そんなに面白いの? わたし少年漫画とかあんまり読まないからわからなくて」
「美香は少女漫画派だもんね。でも【廻れ狂想曲】はそういう美香にも絶対オススメ。面白すぎて書籍化したくらいなんだから。ストーリーはもちろん、キャラデザもめっちゃいいし。だからコスプレイヤーの間でもかなり人気なんだよね。コスプレしがいがあるって感じ。ちな、この間発売された単行本一巻は、すでに50万部突破してるし。普通にヤバくない!?」
「発売されてすぐにそんなに売れるんだ。【コミックナイト】で読めるならちょっと読んでみよっかな。……って、これ年間一位じゃん! 累計一位にも届きそうな勢いだし、すごっ!」
「でしょ、でしょ! マジで面白いんだから」
元カノの熱心な布教活動のおかげで、【廻れ狂想曲】は新たな読者を獲得したようだ。敵の敵は味方、とはまさにこのことを言うのだろう。
「【コミックナイト】とか、プロの漫画家になれなかったド素人が描いてる漫画だろ? そんなのより週刊少年ステップで連載してる漫画の方が100万倍面白くね?」
耳ざとく拾った台詞は、クラス内カーストランキング上位に位置し、イケメン枠として知られる
彼は常にクラスの中心にいなければ気が済まないタイプで、加えて入学当初から瑠璃華に惹かれており、初めは何かと僕にからんできた存在だった。
が、今では僕という存在自体を忘れている。
彼を一言で表すならば、かなりめんどくさいタイプのクラスメイトだろう。
「しかも噂じゃ狂曲の作者は俺たちと同じ高校生だっていうじゃん。ぜってぇキモい&ドブスなデブが描いてる漫画なんだぜ。想像しただけで笑えてくるだろ? きもすぎな」
仮に僕がキモいドブスなデブだったとして、だから何だっていうんだ。作品のクオリティと作者の容姿は無関係のはずだ。
週刊連載漫画は確かに高い水準で描かれていて、面白いことは確かだ。しかし、それと同時にWEB漫画にも質の高い作品は多数存在する。
僕の【廻れ狂想曲】のようにWEB漫画から書籍化して大ヒットした作品や、アニメ化された作品も少なくない。
ふたつの漫画を比較すること自体がナンセンスだと思う。
「神室くん、中学の頃に【コミックナイト】で漫画を描いていたんですよ」
僕が微妙な表情を浮かべていると、近くの席に座る影野さんがこっそりと教えてくれた。影野さんは神室と同じ中学だったらしい。
「神室が、漫画を……」
あの神室が漫画を描いていたという事実に、僕は少し驚いた。同時に、ひどく残念に思った。
同じように漫画を描いていた仲間なのに、どうしてWEBで漫画を描く者を馬鹿にするような発言をするのだろう。
「どんな漫画だったの?」
「私は読んだことないけど、たしかデビルパイレーツってタイトルだったはずですよ」
「デビルパイレーツ……」
そのタイトルに心当たりがあった。
【コミックナイト】内で大炎上した漫画のタイトルが、まさにデビルパイレーツだったと記憶している。
悪魔と契約した主人公が、世界の海を股にかけて海賊キングを目指すという内容。そのどこかで聞いたことのありそうな内容がまずかった。コメント欄は当然荒れに荒れ、パクリだなんだと大炎上。【コミックナイト】内だけで留めておけば傷は浅かったと思うが、その後の作者の対応が最悪だった。
作者はSNS上でパクリではないと反論。デビルパイレーツを知らなかった層にまで最悪の形で知られるようになった。デビルパイレーツを読んだ読者からは、これがパクリじゃないというのは無理がありすぎると批判が殺到。
その結果、ネットニュースにまで広がってしまった。
世界中から叩かれ続けたデビルパイレーツの更新は止まり、気がつくと作者のSNSは消えていた。
最後に作者が呟いていた言葉を今でも覚えている。
『たかがWEB漫画に何熱くなってんだよ、どいつもこいつもキモすぎ』
その言葉に、なんとも言いようのない気持ちが湧いてきたのを、今でも鮮明に覚えている。
僕は作者の気持ちが少し理解できてしまったのだ。
漫画家に憧れ、大好きな作品に憧れて漫画を描き始める人は多い。彼らの多くは大好きな作品に影響を受け、インスピレーションを感じて作り出されていることだろう。
「子供の頃にはじめて描いた作品は?」という質問に対して、某有名漫画家はこう語った。
『ドラゴンボール丸パクリの漫画でしたね。とても人に見せられるものではありませんでした』
その漫画家は恥ずかしそうに笑いながら、次のように続けた。
『でも、その経験があったからこそ、漫画を描く楽しさを知りました。はじめは憧れの漫画家の作品を模倣していましたが、次第に自分のオリジナル作品を描きたくなりました。子供の頃はみんな真似から始まるものですよね。それが親の真似だったりもする。そうしているうちにどんどん上達し、感性が磨かれ、作品に個性が生まれ、才能が芽生えるのです』
僕も小学生の頃、大好きな作品を模倣したオリジナル漫画をノートに描いていた。漫画家を目指す人なら、誰もが通る道なんだと思う。
しかし、ネットの普及により、今では誰もが気軽に自分の作品をWEBで公開できるようになった。中には中学生や小学生も含まれている。もちろん、パクリ作品が存在することは問題だが、それは子供たちが初めて描いた作品でもある。
子供だからと許されるわけではないけれど、やはり遣る瀬ない気持ちになってしまう。
デビルパイレーツが連載されていたのは、約四年前。その頃、中学一年生だった神室は日本中から批判を浴び、彼の筆は折れてしまったのだ。彼に残ったのは、WEB漫画に対する嫌悪感だったのかもしれない。
神室雅也が【コミックナイト】を毛嫌いする理由が何となくわかった。
しかし、それでも作者の外見と作品は別物。同情する気持ちはあるけれど、だからと言ってすべてを許すことは難しい。
「たしかにWEB漫画の中には似たりよったりのつまらないのもあるけどさ、そういうのは普通に人気でなくない? 当然書籍化とかならないし」
と、瑠璃華が反論すると、神室はムキになって焼印のようなしわを眉間に刻む。
「いや、俺が言ってんのはさ、わざわざつまんねぇWEB漫画読む必要なくないかってこと。面白い漫画読みたいならワンピやヒロアカ読めって話。それとも、そのWEB漫画は進撃やナルトより面白いの?」
「それは……」
「なんなら瑠璃華のフォロワー10万人に聞いてみたら? 絶対みんな同じ答え返すと思うけど?」
別作品と比べる事自体どうかしているのだが、さすがにそれらの作品を出されては瑠璃華も僕もぐうの音もでない。
賑やかだった教室は、神室の一言によって、一瞬にしてお通夜モードと化した。
「くだらな」
「は?」
この地獄のような空気を一蹴する生徒がいた、クラス委員長の手塚チカだ。
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