第3話 図書室で出会った中二病!?
いつもなら迷わず男子トイレに直行して、個室で気持ちを落ち着けるのだけど、今日は男子トイレを横目にスルーする。
彼女たちの言いなりになっているようで、なんだか癪だった。
かといって、僕は宛もなく校内をさまよい歩くタイプでもない。知らない下級生や上級生とすれ違うのも好きじゃない。
「朝のホームルームまで、まだ時間があるな」
屋上に行くことも考えたが、学校の屋上は漫画やアニメでよく不良たちのたまり場として描かれている。変な人に絡まれるのも避けたいので、僕はおとなしく図書室に向かうことにした。
この学校で唯一、心を落ち着かせられる場所、それが図書室なのだ。
我が校は特別偏差値が高いわけでもなければ、進学校というわけでもない。平凡極まりない公立校だ。
そのため、朝早くから図書室を訪れる文学少年や、文学少女は存在しない。
図書室はこの学校でもっとも人が集まらない場所第一位と言っても過言ではない。
しかし、僕の体は図書室の前で不思議と立ち止まってしまう。
「――あなたの悲しみも苦しみもすべて、音と散れっ! 残響天為!」
中から透き通った、とても綺麗で張りのある声が響いてきた。
「残響天為って……」
しかも、それは聞き慣れたというか、書きなれたフレーズだった。
僕が描く漫画【廻れ狂想曲】のヒロイン、
一体なぜ、図書室から彼女の必殺技名が聞こえてくるのだろう。
この扉の向こうに、とてつもない中二病を患った女の子がいるのだろうか。
気になる。
非常に気になる。
普段の僕なら、変な人に関わるとろくなことにならないと思って引き返すのだが、声の主は自分が描いている漫画のファン。それも相当な痛いファンだ。おまけに重度の中二病。高校生にもなって図書室で漫画のキャラになりきって必殺技を唱える女の子だぞ。しかも声優並みの声量。
こんなの気にならない奴なんて、どうかしている。
ということで――ガラガラ。
何食わぬ顔で図書室の扉を開けてみた。
しーん……。
先程の大声は幻聴だったのか、図書室は静寂に包まれていた。
図書室に一歩足を踏み入れ、室内を見渡してみるが、どこを見ても女子生徒が一名しか見当たらない。
彼女は図書室の窓際に座っていて、こちらを見ないように窓の方に顔を向けていた。
清楚で優美といった言葉がとても良く似合う女子生徒で、奥ゆかしいおさげ髪とセーラー服がよく似合っていた。
座っていたので断言はできないが、おそらく背はそんなに高くないと思う。体のラインは細く、それに対して胸はかなり大きく、女子高生というより女学生といった表現がぴったりのように感じた。
「………」
「…………」
窓の外をじっと見つめる女子生徒の頬が、少しだけ赤くなっているのがわかった。
おそらく先程の「残響天為!」が僕に聞かれたことで、恥ずかしさから頬が赤く染まっているのだろう。中二病とはいえ、羞恥心を感じることもあるようだ。
しかし、彼女が先程「残響天為!」を唱えていた人物とは考えにくい。そのくらい、彼女は中二病のような言動をしない人のように感じる。むしろ真面目そうな女学生といった印象だ。
もちろん、中二病の人々が不真面目だというわけではない。あくまで僕個人がそう感じてしまったということだ。
「あ……」
しかし、やはり先程の「残響天為!」は、この女学生で間違いなさそうだ。なぜなら、彼女の目の前に【廻れ狂想曲】の一巻が置かれていたのだ。
僕は本棚から適当に本を取って、彼女の斜め向かいの席に座った。
本を読む振りをしながら、ちらりと彼女の顔を確認する。その顔には見覚えがあった。同じクラスの
一年の時はクラスが違っていたので、話したことはなかったが、二年になって同じクラスになった。それでもまだ話したことはないのだが……。
僕から見た彼女の印象は、やはり大人しく真面目な生徒といったものだ。悪く言えば地味な女学生だが、よく見ると非常に整った顔をしている。めちゃくちゃかわいい。意外と自分のタイプだったりする。
ペラペラとページをめくりながら、彼女の全身を舐め回すように観察していると、思わず目が合ってしまった。
「きょ、狂曲好きなの?」
彼女と目が合ったことでテンパってしまった僕は、とっさに【廻れ狂想曲】一巻に視線を落としていた。
「いや、あの……これは、その……まぁ、はぃ」
彼女は頭から塩を振りかけられたナメクジのように、次第に小さくなっていった。彼女は相当な恥ずかしがり屋さんなのだろう。先程から前髪をしきりに触っている様子が見て取れる。
「……」
ちらり、ちらりと僕のことを気にしている様子だった。
「あ、あの……ひょっとして、さっきの……き、聞こえちゃいました?」
「………まあ、その、少しだけ……」
聞こえなかったよというのも、それはそれで何か違う気がしたので、僕は正直にうなずいた。
その刹那――
「あああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」
「ひぃっ!?」
彼女が突然の発狂。
一瞬何が起こったのか理解が追いつかず、僕はその場で硬直してしまった。
「――ちょっ、ちょっと!?」
「離して、離してください!」
立ち上がった彼女が突然窓に向かって全力ダッシュ、そのまま身を投げ出そうとした。
僕は慌てて彼女側に回り込み、何をやっているんだと制止した。
「あんなの聞かれたら恥ずかしすぎて死んでしまいます! いえ、もういっそのこと自害したほうがマシです!」
「何言ってるんだよ!? たかが漫画を朗読していたくらいで大袈裟だよ!」
「……朗読? 本当にあれがただの朗読だったと思ってます?」
「え……?」
「ではお聞きしますが、結城くんは普段漫画や小説を朗読する際、先程の私のように感情を込めた朗読をなさるのですか?」
「えっ!? いや、それは……」
「ですよね? しませんよね? しないくせに先程の私の
うわぁ……。
この人めっちゃめんどくさいタイプだな。
「あっ! 今こいつめっちゃめんどくさいと思いましたよね」
「そ、そんなことないよ!」
「いいえ、今顔に書いてありました! ほら、その顔ですよ、その顔っ!」
「わ、わかったから落ち着いてよ」
「わかったと言うことは認めるんですね? 私のことをめんどくさい女だと思ったこと、ひどい中二病だと思ったことを。――自害します!」
「待ってよ! なんでそうなるんだよ!」
「離してください!」
どうやら彼女は本気のようだ。腕を振り払われてしまった。
僕はあきれるように嘆息した。
「別にいいけどさ……ここ一階だから自害はできないと思うよ?」
「…………あ」
窓の外を確認した彼女が、ようやく理解する。理解した瞬間、赤らんだ顔の彼女がますます小さくなっていく。
「とりあえず、座ろっか」
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