第4話 聖女とは

「あの…どこまで行くのですか?」

 パーティー会場で半裸になってしまう事態は避けられたものの、エリスを抱えてずんずん王宮の奥へ進んでいく王太子とその側近たちに、エリスはだんだん不安を覚えてきた。

 王宮は謁見や今回のような祝賀パーティーが行われるホールのような公共の場所と、議会等政治中心の各省庁が集まっている場所、そのさらに奥に王族が住まう宮がある。どうやら、パーティーで踊り疲れた子女が一時休憩をするようなホールに隣接する小部屋ではなく、王族の住まう宮殿へ向かっているようだ。

 側近たちも意味ありげな目配せをお互いするくらいで、何も答えてくれない。

 その時

「レオっ」

 後ろから小走りにかけてくる男がいた。

(スコット様…パトリック卿だわ)

 エリスはスコットと面識がある。というよりこの国で戦闘に参加したことのある魔力持ちなら誰でも面識があるだろう。

 スコットの開発した魔力増強石は、持っていれば魔力持ち誰にでも効果のある魔石と、個々の能力に合わせて作られる魔道具に分けられる。魔力は人によって得意不得意があり、その人の得意に合わせて魔道具を作ったほうが最も効率がいいとわかっていたので、スコットは各地を飛び回り、それぞれの戦場で戦う魔導士たちに合わせた魔道具を作っていたのだ。

 エリスは戦闘に参加できる魔術師として戦場にいたので、もちろんエリスのところにもやってきた。エリスは雷を元とする魔術が得意だったので、弓の形をした魔道具を作ってもらった。矢の形にして飛ばした魔力は威力も飛距離も今までの数十倍の攻撃ができるようになった。作ってもらってすぐの戦闘で、その動作確認のため同行したスコットが、「神の稲妻みたいだ」と驚くほどの成果だった。


「おまえ、パーティーはいいのか?」

「私に声をかけられて嬉しいご令嬢なんていませんよ。それよりルリエール子爵令嬢と話をしたくて」

 ドレスが脱げそうで、王太子に抱えられている状況でそんなことを言われても、困るだけだ。

 レオナルド、スコットの他、筋骨隆々の側近3人に囲まれて一人青ざめていると、ついにとある一室に入っていった。客間のようなところだろうか? 豪華なソファやテーブル、調度品がセンスよく配置されている。

「さて、ご令嬢、ルリエール子爵令嬢だったかな。ソファに降ろすが、服はしっかり支えているように」

 言われて、体に合わせて縫った糸が切れてがばがばになってしまった服を抑える。幸い壊れ物のようにそっと下ろされたので、弾みで胸がまろび出るような事態にはならなかった。

 すかさず側近の一人、アーノルドがジャケットを脱いで、ふわりとエリスにかける。

 レオナルドはエリスと反対側のソファにどっかり腰を降ろすとふーっと長いため息をついた。

「王都での滞在先は? メイドにでも代わりのドレスでも届けさせて領地へ帰れ」

「メイドはいません。それから代わりのドレスがあるようならこんなドレス着ませんわ」

 それに…と居住まいを正して真っ直ぐレオナルドを見た。

「ホールで言ったことはなにも目立ちたくて言ったわけではありません。殿下は私と結婚する必要があります」

「意味がわからないな」

「私が元聖女だから、殿下は私と結婚する必要があるのです」

 言ってから、レオナルドだけでなく側近やスコットの反応も伺った。案の定、侮蔑の表情を浮かべる者もいる。流石に政治に長けたレオナルドは表情を変えることはなかったが、冷たく鋭い視線はそのままだ。

「殿下は今従軍した元聖女がなんと言われているかご存知でしょうか?」

 ご存知も何も先程パーティー会場で周りが口々に罵っていた言葉が聞こえなかったわけはあるまい。

「説明するまでもないことですが、長い戦争の中で人材が不足し、女性も魔力のある者は戦場へ、ない者でも負傷兵の看護要員や後方支援員として徴兵されました」

 そもそも『聖女』とは神殿で神に仕え、治癒能力を使って怪我や病気を無料で治し、信仰と尊敬の対象となっていた女性たちのことをいう。

 地獄の30年戦争が始まる前から、国境付近での小競り合いなどでも、神殿の聖女が傷ついた兵士や巻き込まれた市民の治療のために派遣されることはあった。

 しかし戦争が長期化するにつれて、神殿の聖女だけでなく、市井で暮らす魔力持ちの女性にも従軍しなければならない法律ができた。それでもじわじわと人員不足は深刻になり、今まで従軍が免除されていた、家の存続に関わる男性にも従軍の指令がくるようになった。その際、代わりに姉や妹などが従軍すれば、男性の従軍か免除されたのである。

 そのあたりから従軍する女性のことを、神殿に所属するしない、魔力の有無に関わらず、『聖女』と呼ぶようになったのだ。

 おそらく神殿の聖女が尊敬と憧れの対象であったことから、女性の従軍を促すために耳障りのいい名称として、国が利用したのだろう。

「戦場に赴いた聖女たちはみな志を持っていました。親兄弟のためだったり、少しでも国の役に立ちたいという義憤だったり、理由はそれぞれです。みな戦場で力の限り自分のできる戦いをしましたわ。それなのに‼︎」

 エリスは一際声を張った。

「戦争が終わって各々の住む村や街に帰ってきてみれば、元聖女とはふしだらな女、と蔑みの対象になっているではありませんか⁉︎

 私たちがどれだけ否定しても、誰も信じてくれません。家族でさえも…

 今、戦争が終わって帰ってきた騎士たちの結婚が相次いでいる中で、一緒に戦った聖女たちは汚いものとして排除されている現状です。従軍前に将来の約束を交わしていた婚約者同士ですら、元聖女という理由で婚約破棄されている始末です」

 息をするのももどかしいほどに熱く語り過ぎて、苦しくなってきた。エリスはすっと息を吸うとレオナルドを見据えて一気に言った。

「だからこの国の王太子であるレオナルド殿下と戦場で国に貢献した元聖女が結婚することで、聖女=ふしだらな女というイメージを払拭しなければならないのです‼︎」

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