第2話 最後の言葉をあなたに



 さてやるべきことをまずはやってしまおう。

 気合を入れなおした俺はひとまず近くで何も言わず浮いたままの人物に声を掛けた。


「さてマイルズさん行きましょうか」

『ん?』

「行きますよ。奥さんの所へ」

「ぉう? まぁ、まぁ先生がそう言うなら行かないわけには……」

 ごにょごにょと何か言い訳を続けているけど、俺はそれを無視してさっさと歩き出した。




「いらっしゃい先生!! どうしたんだい? こんな時間に」

「やぁセリーヌさん」

 自分の家から少し歩いたところにある一軒の食堂。ソノ前で掃き掃除をしていた一人の女性が俺が近づいて来た事に気が付いて、顔を上げ人懐こそうな笑顔を見せながら問いかける。


 その問いかけに手を上げて答えると、視線だけを食堂の中へと向けた。


「いや、その……どうですか? お店の方は……」

「あぁ、心配してきてくれたのかい? なぁに心配いらないよ!! あの人が居なくなってもしっかりと守ってみせるさ。何といっても私ら家族の……あの人と私の夢のお城なんだから……」

 掃除する手を止めてお店の外観へと目を向けると、どこか遠くを見るような目をするセリーヌさん。


「それで?」

「へ?」

 ちょっとの沈黙を破り、俺の方へ視線を戻すと、何かあったのかい? という様な表情を見せる。


「先生が来るなんて何かあったんだろう? 相談事なのかい? 今のわたしには出来る事と言ったら食事を出すことぐらいしかできないよ?」

 日の光で茶色の髪がキラキラと光る中、がはははと豪気に笑い、そのたくましい腕をグッと俺に見せてくる。


――すこし、空元気みたいだな……。

 いつものように変わらない風に見えるが、やはりどこか元気がない。それはもちろん原因は一つしか思い当たらないけど。


「……ところで、マックは元気になりましたか?」

「あぁ……。ここ最近は元気になったね。ようやく吹っ切れたみたいだ。今じゃ私と一緒にこのお店を繁盛させてやるって息巻いているよ」

「そうですか……」

 マックとはマイルズさんとセリーヌさんの一人息子で、俺の学校へと通ってくれている生徒の一人。

 いつもは元気いっぱいで誰にでも愛想のよいリーダー的な性格をしている子なのだ。

 ただ最近は――マイルズさんが亡くなってからは――どうにもやる気が出なくなってしまったようで、とうとう一月前から引きこもりがちになってしまっていた。

 

 お店の方へは顔を出して、セリーヌさんを手伝っているようだが、そこから先には出ようとせず、俺の学校へも来ることがなくなってしまった。

 様子を見に何度も訪れたのだけど、その度に元気そうな笑顔を見せてはくれていたけど、本心ではやっぱりマイルズさんが亡くなった事が相当堪えたのだろう。

 

 俺はセリーヌさんと会話しながらも、俺の横にいる者へチラッと視線を向けた。セリーヌさんを見つめて何とも言えない表情をしたマイルズさんの姿がそこにはある。

 

「セリーヌさん……ちょっとお時間良いですか?」

 思い切って声を掛ける事にした。これから先の事を考えるにあたり、二人にはどうしても言っておかなければいけないと思ったから。


「今からかい?」

「出来ればその方がいいですね」

 こくりと頷きながら返事を返す。


「……分かったわよ。じゃぁ入って」

「お邪魔します。あ、出来ればマックも一緒にお願いできますか?」

「マックも? ……適当に座って待ってな」

「はい」

 俺の表情から何かを感じたのか、セリーヌさんは深く問いかける事をせず、マックを呼ぶために店の奥の方へと歩いて行った。



『先生……』

「マイルズさん。これからのお話しは、あなたのにも深く関係します。ですから、本当の気持ちを……俺に話してください」

『分かった……すまない……』

 マイルズさんは椅子に座った俺に深々と腰を折り、頭を下げた。




すこしの間マイルズさんと話をしていると、マックを伴ってセリーヌさんが現れた。マックは俺の顔を見ると渋い顔を作ったけど、たぶん俺が学校の授業を受けろとでもいいに来たと思ったのだろう。


――そっちも解決できるといいんだけど……。まずは話してみてだな。

 隣で真剣な表情をするマイルズさんを見ながら考える。




「先生待たせたね」

「こんにちはケント先生」

「はいこんにちはマック」

 俺が座る正面に二人で座ると、マックが挨拶をしてくれる。


「で、さっそくで悪いけど話を聞こうじゃないか」

「分かりました。これから話す事は、お二人にとってとても信じられないことかもしれませんが、俺の話す事を最後まで聞いていただけますか?」

「……分かったよ」

 二人共こくりと頷く。


「では、まずは俺の事から話をしますね――」


――さて、どこまで信じてもらえるかな……。

 今の状態をそのまま二人に話し始めた。





「……そうかい……」

「…………」

 一通り話し終えると、セリーヌさんは一言だけこぼし、マックは俺の事をじっと見つめたまま何も言わない。


「信じて頂けますか?」

「そうだねぇ……。簡単じゃないよ。確かにゴーストって呼ばれるモノ達はいる事は知っているさ。こういう商売をしているんだから色々な話を聞くしね。それに冒険者達もご飯を食べに来てくれる。そんな時に聞いた話にはゴーストはかなり厄介なモンスターだと聞いたことが有るよ」

「……そうですね」

 セリーヌさんは真剣な表情で俺の目を真っすぐに見詰め語る。



「先生の事は信用してるけどね、だけどゴーストと話しが出来るなんて話を聞いたこと無いよ!! 信じろって方が難しいとわないかい?」

「ですよね……」

 俺は大きなため息をついた。



「それに、あの人はしっかりと教会に頼んで鎮魂式をしたし、そのままお祈りの元で埋葬もした。この世でシスターや牧師様以外にそんなことが出来る人が居るなんてとてもじゃないが考えられないよ」


『分かる!! セリーヌ!! 俺もそう思ってたからな!!』

 マイルズさんが同調して大きな声で叫ぶ。勿論俺以外にはその声は聞こえていないけど。

 だから俺はマイルズさんにある事を尋ねた。



「セリーヌさん」

「なんだい?」

「俺の言う事は信じられないでしょうけど、マイルズさんのいう事ならどうです?」

「へ?」

 俺の顔を見ながらキョトンとする。

「準備はいいですか? マイルズさん」

 こくりと頷くマイルズさん。


「セリーヌさん。子供の頃にした約束を守れなくてごめんとマイルズさんが言っています」「約束……?」

「えぇ。子供の頃、一緒に大きくなったら結婚して大きな店を持ちたいと話していたことありますよね?」

「まぁ……確かにそんな事も有ったねぇ……」

 昔を懐かしむように、少しだけ笑顔になるセリーヌさん。


「指輪贈ることが出来なくてごめんな……と」

「……え?」

「結婚したら大きな宝石の付いた指輪を贈ると約束したのに、約束を果たす前に居なくなってごめんなと言っています」

「まさか……そんな……」

 大きく目を見開いて驚くセリーヌさん。そんなセリーヌさんを驚きつつ見つめるマック。


「マック」

「え? お、オレ?」

「マックには教えるはずだった料理のレシピを最後まで教えられなくてすまないと言ってるよ。ただ、そのレシピが書かれた物がマイルズさんがいつも使っていた食器棚の奥に有るから、大きくなったらそれを見ながら頑張れって言ってる」

「ほ、本当に!? 本当にお父さんが!?」

「あぁ……間違いなくマイルズさんがそう言ってるよ」

 マックもまた驚きの声を上げるが、すぐにハッとなったのか店の奥へと走って行った。たぶんマイルズさんの言った食器棚の奥を見にいったのだろう。



 そんなマックの姿を見つめていたマイルズさんは、俺の方へ顔を向ける。


『先生……』

「何ですか?」

『セリーヌに伝えてくれないか……』

 未だに放心しているセリーヌさん。


「セリーヌさん」

「……え? あ、う、うん。なんだい?」

「今からマイルズさんの最後の言葉を伝えます」

「え? 最後……」

「最後です。たぶんマイルズさんの心残りだったのでしょう」

「…………」

 何も言わず、ただ静かにセリーヌさんは頷いた。




『セリーヌ。先に……君を残してしまう形になってすまない。本当はずっと一緒にいたいと思っていたんだ。ただ俺の体が限界だったんだよ……。変だなと思ったのはもう数年前だ。突然目の前が真っ暗になってひどい頭痛に襲われた。最初は疲れがたまったからか、単なる貰い病かと思って放っておいたんだ。実際にその時は直ぐに良くなった。ただそのうちに何度も同じような事が体に起き始めた。何度も何度も……。そうして自分の身体を騙しながら働いて来たけど、セリーヌも言っていただろ? 最近若い時みたいに痩せてかっこよくなったって。ダイエット成功したんだねってな』

 そこまでいっぺんに話をすると、マイルズさんは少しだけその時を思い出したのかフッと笑った。


『でもな、ダイエットなんてしてない。いや食べても食べても体の肉が落ちていきやがる。そう気が付いた時に俺は悟ったんだ。あぁ……俺は永くないんだなってな。それからはマックにもセリーヌにも気が付かれない様に頑張った。頑張ったんだけどダメだったぜ。すまない』


「マイルズ……」

 マイルズさんが話す言葉をそのままセリーヌさんに伝えると、セリーヌさんは涙を流し始め黙って俺から紡がれる言葉を聞いてくれていた。


『すまない。約束も守れず、お前も……マックももう一緒に守ってやることが出来なくなっちまった。俺たちの城……セリーヌとマックに任せてもいいか?』

「もちろん……マイルズもちろんよ!!」


 顔をぐしゃぐしゃにしながら涙を流すセリーヌさん。そこへ奥へと言っていたマックが手に抱えきれないほどの皮紙をもってきた。


『マック』

「え?」

 マイルズさんがマックへ声を掛けると、マックは驚きつつもきょろきょろと辺りを見回した。


『マックセリーヌを頼んだぞ。そしてこの城をしっかりと守ってくれ……』

「お父さん!?」

 マックの頭をポンと一撫でする仕草をすると、マイルズさんはその場から消えてしまった。何かを感じたマックもまたその場で泣き出してしまった。


 それからはマイルズさんの姿も声も俺には聞こえなくなり、二人が落ち着くのを椅子に腰かけて待つ。



「せんせい……」

「……大丈夫ですか?」

「あぁ……すまないね」

 ようやく落ち着きを取り戻したセリーヌさんが、涙をグッと両手で拭きながら、俺に声を掛けてくる。


「先生。あの人は……マイルズは逝ってしまったのかい?」

「……そうだと思います。心残りはお二人の事だったのでしょう。急に亡くなってしまってそれを伝えることが出来ないでいた。でもそこに偶然俺という存在がいるという事に気が付いたんでしょう。だから俺に何かを伝えてもらおうとしていた」

「そうかい……まぁあの人らしいけどね」

「俺的には迷惑でしたけどね。まとわりつかれてましたから」

「プッ……ふふふ……がははははは!!」

「あははは……」

 セリーヌさんが豪快に笑いだしたのにつられて、俺も笑い出した。


「あはは……はぁ。ところで先生」

「え?」

 ひとしきり笑いあうと急にセリーヌさんが真剣な眼差しを俺に向ける。


「先生……あんた何者だい?」

「…………」

 堪えられず黙ってしまう俺。


「まぁ先生が何者だっていいさ……。こうしてマイルズの最後の言葉を届けてくれた恩人に変わりはないしね」

「セリーヌさん……」

「安心しな!! 何かあっても私は先生の味方だからね!!」

「オレも先生の味方だよ!!」

「二人共……ありがとう」


 


 この日を境に、俺はご飯を食べに良く食堂へ通うようになり、マックはお店の空いた時間に家に勉強しに戻ってくる時間が増えた。

 食堂へ行くことが出来ないときは、マックが家まで食事を運んでくれることもあって、人との繋がりを改めて感じることが出来た。



――良し!! そろそろ行動するか!!

 身近に起こっていた物事を解決して時間が生まれたので、ようやく取り掛かることが出来る侯爵家からされた相談事。その解決へ向けて動き出すのであった。


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