ビルの屋上で ②

「なぁ」


 返事はしないと分かっていても、男は尋ねてみたくなった。


 足元で ゆらゆらと 輝く光の球たち。

 ふわふわと 希望を 期待する球たち。


「もし、行き先が選べるのなら、お前たちは、何処に行きたい?」


 どこに生まれ落ちたいか。


 それを訊かれても、

 それに答えても、

 叶うことなんてないのに。


 それでも。


「どれくらい、いられるんだろうな」


 空から地に 生まれ落ち、

 地から空へ 戻り逝くまで。


 地上で暮らせる時間は、男から見れば、

 それは 瞬きをするくらい 短い時間で。

 でも。


「行ってこい」


 ぶっきらぼうながらも、愛情の籠った声で。

 球たちを送り出す。


 どこかで、

 産声が上がる。


 歓迎の声が聞こえる。

 祝福の声が包み込む。


 嫌悪の声が混ざる。

 落胆の声が刺さる。


 生れ落ちた生命たちは、全てが望まれた生命ではなかったのか。


 男には、望まれなかった生命たちが哀れでならない。


 困難を強いられる生命もある。

 生れ落ちた次の瞬間に、

 空に戻り逝く生命もある。


 それでも。

 生命たちにとっては、

 地上は 希望の場所なのだろうか。


 疑問を抱いたとして、

 男の仕事が減るわけではない。


 今夜の仕事を終わらせて、

 男は早くここを去りたいと思った。


 眼下のネオンは、

 あまりに毒々しく、

 人々の喧騒とは裏腹に、

 更なる蟲毒を生み出しそうな

 禍々しささえ、含んでいるように見えた。

 



 乾いた風が、男の漆黒の髪をなでていった。





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