1―28 真実を、確かめに行きましょう

 たかしが「何故そう判断したのか」と問うよりも先に、探偵は解説を始める。

「理由を述べるために、先に私の、物に宿った感情を読み取る能力について説明します。

 私は物に感情が宿っているかどうかはわかりますが、それがどのような感情か直接はわかりません。感情が宿っている物同士を比較して、定性的に、宿っている感情が同じかどうか区別できるだけです。

 そのため、あらかじめ『このような感情が宿っているに違いない』と断定できる思い出の品から感情を読み取ることで、遺品に残された感情が何か判別できるようにします。表彰状と同じであれば喜びや満足感、壊れたオモチャと同じであれば悲しみという具合に。

 そうして故人の思い出を正確に理解することで、最期の記憶や想いに近づく訳です。今回の場合、リュックサックに残された感情を判別できるようにするために、ご自宅で長時間にわたりヒアリングさせていただきました」


「なるほど」たかしはできる限りの返事をする。理解と言うよりは、認識したというレベルだ。


 芳川よしかわが続ける。

「そして昨日リュックサックを手に取った時、真仁まさとくんが『うまく描けない』と怒って破いたという画用紙から感じた怒りの感情とは違うものを感じました。もっと言うと、リュックサックから感じた感情は、ヒアリングの中で感じたどの感情とも異なるものでした」


 たかしは不安になった。

「つまり、振り出しに戻ったということですか」


 芳川よしかわは首を横に振る。

「リュックサックの感情の正体を突き止める糸口はあります。そのために、質問させてください」彼は宝箱の中にあったというフィギュアの腕を手に取った。「これは何か、ご存じですか?」


 たかしは指先で摘まめる程度の小さなパーツをしばしにらみつけたが、駄目だった。わからない。

 こちらがあぐんでいるのを察してか、探偵が言い添える。

「思い出してください。このパーツには、リュックサックと同じ感情を、それもとても強く感じます。

 あなたの記憶に、ヒントがあるはずです。真仁まさとくんとは別の、誰かの大切な物ではありませんか? 真仁まさとくん以外の、誰かの感情も感じます」


 真仁まさととは別の誰かの、大切な物――

 それを、真仁まさとが持っている――

 そんな代物が――


 たかしは、ある重要なことを思い出し「あぁ」と声を漏らす。

「父のかも知れません。父のコレクションしていた怪獣フィギュアで、腕が外れてなくなった物がありました」


「お父様は亡くなられていますよね。であれば、お父様のものでしょう。それを真仁まさとくんが持っていた理由は、わかりますか?」


 自分は、父 寛太かんたが死んでいることを話しただろうか?

 疑問に思ったがたかしは質問に答えた。


「多分、隠していたんだと思います。私の実家に遊びに行った時、真仁まさとは父が大切にしていたコレクションをやたら触っていました。壊しちゃ駄目だから触るなって言い聞かせていたんですけど、ある時、怪獣のフィギュアの腕がなくなったんです。真仁まさとの仕業だと思って叱ったんですけど、知らないの一点張りで……怒らないから本当のことを教えてって言っても、黙っちゃって。

 それで結局、父が『どこかに落ちて、掃除機で吸っちゃったのかも知れないから』って許しちゃったんですよ。俺が小さい頃、コレクションを触った時はぶん殴ったクセに、孫には甘いんだから」


 亡き父に思いをはせると、自然とため息が出る。


真仁まさとくんは多分、謝りたかった、それか後悔していたんだと思います。その時は怒られたり、あるいは悲しませるのが怖くてできなかったのかも知れませんが、ここに隠して、あるいは絶対になくさないように保管して、いつか渡したかったのだと思います」探偵が洞察を述べた。


 それを契機に、おぼろげで断片的な記憶が、はかなくても確かに存在していた糸でつながっていく。

 たかしは両手で目元を覆い、更に深いため息をついた。が、そんなことで湧き上がってきた空虚感を排除することはかなわない。


 知らなかったことが――否、きっと瞬間的には察したり、もっと考えれば理解できたのに、忘れてしまったり、考えていなかった息子の感情が――『想い』が、見えた気がした。

 父は、見えたものを、そのまま口にする。

「悔しかったのかも」


 目の前の男性は何も言わない。

 たかしにその意図はわからなかったが、「続けてもよい」と解釈した。


真仁まさとは、負けん気が強くて、謝るのが苦手だったから……正直に話す勇気が出なくて、隠すしか、なかった」

 父は、ゆっくり呼吸する。

「こんな隠しごとは、悪いことです。けど、なんて思って、やってしまった。

 そして、なんて、こなかった。俺の父が死んだのは、それからすぐのことでした。

 パーツを返すタイミングを永遠に失った真仁まさとは、相手の大切なものだとわかってても本当のことを言い出せなかった自分が、嫌で、悔しかった。


 苦しい思いを、1人で抱えていたんです。ずっと」


「そんな……」隣であかねが声を漏らし、そして途切れさせる。

 大きな目に涙を浮かべて、口元を手で押さえて、しかしそれ以外のことはできないまま、夫を見詰めていた。


 たかしは、続ける。

「リュックサックに同じ感情があったのは、土曜日の散歩の時に、俺もあかね真仁まさとを怒るばっかりで……相手してもらえなかったのが、嫌だったのかも。気を引きたくてオモチャを出して、ワガママ言ったりして……。

 あの時、俺がいつまでもタバコなんて吸ってないで、ちゃんと相手してやれば、真仁まさとが死ぬことは――」


「それとこれとは、関係ありません」芳川よしかわがさえぎった。

 たかしは臆する。相手は、見たことのない剣幕になっていた。


 と、霊感探偵はハッとした顔になってから、うつむいて深呼吸した後、顔を上げる。

「このフィギュアの本体はありますか? それを触れば、感情も、記憶もわかると思います」


 暗闇に光が差した気がした。

「だったら丁度、私の実家にあります。フィギュアはほとんど母が処分しちゃいましたが、腕のないやつだけ残しているんです。『万が一パーツが帰ってきた時に、届けてあげたい』とか言って」


 芳川よしかわが力強くうなずく。

「是非、確かめさせてください。

 真実を、確かめに行きましょう」

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