29・フクセン

 テニスボールは勢いはあるけど、高いところに十分な速度では当てられない。

 サッカーボールも、途中で、ふわっ、と、大きいため空気抵抗に負けてしまう。

 野球のボールは、手で投げるとけっこう遅い。

 小さく丸まって、トカゲぐらいのサイズになったドラコが入った玉は、公式の硬球ぐらいの固さで、色は薄い紺色。

 すけて見えるその中では、ドラコがビクビクしていた。

 第一打席、ピッチャーはナツミ、キャッチャーはコハル。バッターはミユキで審判がアキラ。

 そんじゃ、いくよーっ、と、ナツミはきれいにボールを投げて、ミユキは空振り。

 ボールは見事にコハルのグローブに収まった。

 ストライク、と審判役のミユキは言うけど、それじゃダメなんだよね。

 それじゃ、ピッチャー交代ね、と、ナツミは歩いてコハルにボールを渡した。

 わたしがやるの、と、コハルは驚いた。

 あんまり早い球は投げられないと思けど、やってみます、よろしく。

 ちゃんと足をふんばれよー、やればできる、とナツミは応援し、アキラは黙ってバッターボックスに立つと、バットで空を指し示した。

 月は出ていなかったけれど、あそこに向かって打つ、という強い意志である。

 やればできる、というより、やらねばならない。

 コハルはほどほどの速さで投げ、アキラが打ち返した球は、壁のちょうどいいところに、ちょうどいい速さでぶつかって、ぐしゃ、という感じでめり込んだので、すこしだけ壁にすき間ができた。

 そこだ、そこに手をつっこむんだ、と、コハルは言った。

 トカゲぐらいの大きさだったドラコは、そのすき間に両手両足をつっこみ、大きく横に広げながら10メートルほどの大きさになったので、コハルたちが自転車に乗って通り過ぎるぐらいの高さに、1メートルほどの裂け目ができた。

 破損したところを、カベは自力で修復しようとしている。

 5秒ならなんとかふんばれる、とドラコは言っていたけれど、みんなの体感的には10秒ぐらいに感じられて、コハル、アキラが飛び込み、アキラが金属バットを横向きにしたので、その裂け目にミユキ、最後にナツミが、へた、っとなったドラコが収容されている紺色の球を回収して、壁の中に入ったときには、もうバットはかなり曲がっていた。

 コハルがナツミから球を受け取って、チャイルドシートに置くと、それはまた幼児体型の、いささかヘバった感じのドラコになったので、コハルはしっかり安全ベルトを装着させた。

 なんだろうなあ、毎日キャッチボールとか野球で遊んでたのは、このときのための伏線なのかなあ、と、コハルは思った。


     *


 ドームの中の空気は、冷たく乾いていて冷蔵庫のような寒さで、これはデータセンターが温かかくならないようにしているんだろう、と小春は思った。

 そこに外からの湿って暖かい空気が入ってきたため、足元から霧がどんどん広がり、濃くなっていった。

 ドラコがあけた穴はだんだん小さくなっていて、それに合わせて中に入り込む霧は勢いよくなり、足元からさらに目の高さのすこし上ぐらいになった。

 みんながどこにいるのか、しばらくの間見えなくなったけれど、舗装されていない道には砂利が敷かれていたため、特にナツミの自転車の音がよく聞こえたので、4人はマイクとイヤホンで連絡しながらそのあとに続いた。

 敷地はとても広く、ゆるやかに下っていて、下った先には幅広いメイン道路があった。

 そしてそこには、あちらからは見えないかもしれないけど、コハルたちにはよく見えるところに、警備の車が何台かとヒト型のキカイ、それに追跡用と思われるイヌ型のキカイを見ることができた。

 イヌ型のキカイは姿が見えなくても、ヒトは匂いでわかるらしい。3体のキカイが勢いよく坂をのぼり、そのあとをゆっくり、ヒト型のキカイがコハルたちのところに近づいてきた。

 全体を通してみればそんなに数は多くない。警備というより保守点検がメインの作業だったんだろう。

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