リブート・ミー?
るきのるき
1・セカイ
夏の日の出は早く、夏休みの宿題を、窓を開けてがんがん、ではないにしろ、ほどほどのペースで片づけていると、すぐ近くの公園から夏草の匂いが風に乗って入ってくるし、セミの鳴き声も聞こえる。
コハルはいつもの時間になると、いったん窓とカーテンをしめて空調を入れ、ベッドの上でひと休みした。
いつもの通り、ガラス窓に、てこ、とナツミの投げる小石が当たる音がする。
コハルはおもむろにカーテンと窓を開けて、下にいるナツミに手を振った。
ナツミは、コハルが窓を開けたままだと、おれが起こす前に起きるな、と無理やりなことを言うのだったけど、実は普通に、もっと早く起きているのだ。
なお学校が夏休みになる前には、だいたい登校時、コハルが食事をすませたころにナツミが迎えに来ていて、一緒に歩いて通っていた。
だけど休みになってからはナツミは自転車で来て、あまり暑くならない前にみんなで、とは言っても4人で、すこし遊ぶことになっている。
ナツミは、コハルと同じ小学4年生のはずである。
はずである、というのは、3年までのプリントアウトされた教材が手元に取ってあり、5年生以降の教材はまだプリントアウトできないし、センセイに聞いても、そこから先は自分で調べてみてねー、と言うからだ。
ナツミは、コハルよりやや小さいけれど(自分で調べた限りでは、コハルがだいたいこの年で普通の身長っぽい)、コハルよりいろいろなことができる。
というより、無理やりコハルが覚えさせられている。
すこし離れた公園は、近くの公園よりずっと広かったんだけど、そこまで歩いて遊びに行こうとするコハルに、なんだ、自転車乗れないのか、覚えろよ、と、自分の自転車を貸して特訓したのがナツミだった。
補助輪つけて2週間、なしで1週間。
めちゃくちゃつらかったなあ、と、コハルは回想した。
ナツミが貸してくれて、今はナツミが使っている自転車は、黄色と黒の縞模様で、ナツミはそれに流星号と名前をつけている(ちなみに、ややナツミには大きすぎるようにも見えるけど、その前の自転車はやや小さすぎた)。
コハルの自転車は、つい数日前に届いた、黒の電動アシスト自転車で、前にはカゴ、うしろにはチャイルドシートにもなるカゴがついていて、使い勝手はいいんだけど、あまりおしゃれっぽくはないな、と、おしゃれに関心があるわけではないコハルも思うようなものだった。
*
近くの公園で、ふたりはキャッチボールをする。
どうも、ボール遊びでも、野球ぐらいの球でやるキャッチボールは、だんだん気持ちよくなってくる。
集中してくる、っていうのかな、と、コハルは思った。
このときのグローブは、やはりナツミのお古、というか、ナツミが持っているものをコハルがいつも借りることになっている。
自転車の手入れは、コハルが自分でやれよ、とナツミはいうのに、グローブは違うのである。
ばす、ぽす、と、これは相手が取りやすいように投げる。
子供は、チチオヤに教わるものがふたつあるのだ、と、ナツミは言う。
自転車の乗りかたと、キャッチボール。
それ以外にも、将棋とか、んー、遠泳とか。
おまえ、チチオヤに習わなかったんか。
え、そうなの。
チチオヤって見たことないんだけど、そんなのいるの。
いるに決まってるだろ、あの、朝日に照らされてぼんやりと見える沈みかけの月みたいに、とナツミは言って、空を指さした。
ハハオヤに、お菓子作りとか手編みみたいなの習うもんじゃないの、と、ナツミは聞いた。
そうだな、そういうのもあるよな、と、ナツミの言葉に力がなくなってきた。
*
本当のところ、コハルはハハオヤもチチオヤも見たことがない。
知っている限りでは、この世界にいるヒトは、コハルたちを含めて4人だけだった。
学校の「センセイ」はリモートで教えてくれるし、それを手伝ったり、学校の清掃や見張りもしてくれるキカイは存在している。
それに、携帯端末からの動画では、セカイとそこに住む、たぶん何十億というヒトもいる、ような気がする。
もうちょっと大きくなったら、電車でトウキョウに遊びに行こうぜ、と、ナツミは言う。
しかし、毎日決まった時間に電車は駅にくるし、周辺にはコンビニとそこで働くキカイも見るんだけど、電車で乗り降りするヒトも、コンビニで買い物するヒトも、コハルの記憶する限りでは見かけたことはなかった。
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