第8話 沙織4

和樹が倒れて入院した。

私は救急車に同乗したりして忙しく澪との約束を完全に忘れてしまう。

謝るのなら早い方がいいのでその日のうちに、メッセージアプリの通話機能を使って澪へ謝罪する。


『もう、なんで沙織は……心配したんだよ』


開口一番、澪は私の心配をしてくれたのはちょっと嬉しかった。


「ごめんね、実は……」


私は今日の出来事を簡単に伝えると澪は真剣に聞いてくれた。


『そうなんだ、大変だったね』

「うん」

『もしかして、お見舞いに行くの?』

「そ、そのつもり」


私は言葉に詰まった。

和樹の傍に居るとあまりにもお母さんの様子が変だった。

本当に言ってもいいのか迷う。


『それじゃあ、私もついていくよ』

「う、うん。お願い」


そんな私は澪に頼った。

澪がいればお母さんも私に帰れなんて言わないよね……?


翌日


私と澪は現地集合で和樹のお見舞いに行くことにした。


私は来る途中に購入した果物かごを手に持って総合受付前で澪たちを待つことに。

果物かごは重たいけど和樹の好きな物ばかり入れているから喜んでくれると嬉しい。

二人を待っている間、和樹の喜ぶ姿を想像して楽しんだ。


しばらくすると、茶髪のツインテールがぴょんぴょんと跳ねながらこちらに近づいているのに気が付いた。

澪の元気な姿を見て私はいつも思う……澪が羨ましい……揺れているよ……


「澪、こっち……って、え?」


ただ、澪が飛び跳ねる後ろに背の高い男性がいることが不思議だった。

どうして川崎君も?


「沙織、一応聞くけど、体は大丈夫なんだよね?」

「もちろんだよ……それよりも……」


私は澪の後ろにいる川崎君に視線が移る。


「ああ、沙織の恋人なら一緒に行動するのは当然だよ」


どうやら澪の中では私と川崎君は既に恋人関係ということになっている。


「こんにちは、果物かご重そうだね、持とうか?」


川崎君は澪の言葉を否定することはしない。


「だ、大丈夫だよ……」


私は澪の強引さには呆れる。

けど、これが澪だなと妙に納得してしまう。


「それじゃあ、本田のところに行こうか」

「う、うん」


澪は張り切っているが、私は緊張していた。

昨日は結局、あの後、お母さんと話が出来ていない。

今日も先に出勤しているから、この病院にいる。


もし鉢合わせてまた、帰れと言われたら私はどうすればいいのだろうか?

そのことで頭が一杯だった。


でも、そのために澪と一緒に来ている。


「どうしたの沙織、そんなにキョロキョロとして……」

「い、いや別に……」


澪が一緒にいると言ってもやはり不安だった。

出会うなり帰りなさいと言われるのではないかと怯える。


そんな時に見知った顔が視界に入る。

スタイル抜群で背筋が伸びており体のラインがくっきり分かる服を着ている。

スタイルに自信がない私はあまり着たくないが、その女性は完璧に着こなしていた。


「あ、ちょっと、ごめん」

「え?あっ、ちょっと沙織?」


私は澪達を置き去りにしてでもその人と話がしたかった。

今、お母さんとどうやって話をすればいいか分からない。

だけど……


「あ、あの……」


私が声を掛けたのは和樹のお母さんの成美さんだった。


「おや、沙織。私に用か?」

「は、はい……えっと……」


成美さんは私がここにいても普通に接してくれていることに安心していた。

昨日のお母さんの様子は明らかにおかしかったから正直、不安だった。


もしかしたら私は和樹に会ってはいけない何かあるの?

そう考えずにはいられなかったから……。


「あの、これから、和樹のお見舞いに行きたいんです。宜しくお願い致します」

「え?ああ、別に構わない……というか、そのために来たんだろ?」

「……はい」


ちょっと拍子抜けだったが、内心ほっとしたのも事実。

何があってもいいような心構えでいたけど、杞憂だったみたい。

昨日のお母さんの反応を見る限り、私は難しいと思っていたから……


「で、その後ろの二人は、沙織の友達と……彼氏か?」

「え?」


私が振り向くとすぐ後ろに澪と川崎君が立っていた。


「お、お、お久しぶりです。本田君のお母さん、わ、私は豊田澪です」


なぜか、澪は成美さんに対してかなり動揺している。

こんなにも緊張する澪は珍しい。


「ってか、豊田さんだっけ?和樹が中学生の時に会ったことがあったね」

「は、はい。あったことあります」


直立不動で背筋を伸ばして返事をする澪


「んで、こっちの可愛い男の子が……沙織の彼氏か?」


成美さんは川崎君を私の彼氏だと思っている。

笑顔で挨拶をする成美さん。

っというか、川崎君を可愛いという人は成美さんぐらいだろう。


「はい、初めまして、川崎芳樹といいます。沙織さんとお付き合いさせてもらっています」


澪よりも一歩前に出て成美さんに礼儀正しく堂々と挨拶をする川崎君。

私はその姿に気分が悪くなった。


あまりにも堂々と私の彼氏を宣言してくれる川崎君。

私のためを思って嘘をついて演技をしてくれている。

しかも、フラれた相手の偽の恋人……


考えれば考えるほど私は川崎君に申し訳なくなってくる。

もしかして、これ以上は偽彼氏として付き合うのは良くないかも?


それに成美さんには嘘を付きたくない。

和樹に嫉妬してもらいたくて嘘ついた時の絶望は味わいたくなかった。


「あの成美さん、実は……」


私は成美さんの耳元を手で覆い壁を作ってヒソヒソと話をした。

話の内容は川崎君と私の本当の関係を打ち明ける。


「(川崎君は偽の彼氏なんです)」


それを聞いただけで成美さんは納得してしまう。


「なるほど、沙織ほどの美人だと苦労するね」

「成美さんほどじゃないです」


成美さんに美人と言われて私は嬉しくもあり恥ずかしい気持ちでもあった。

それは私とは比べ物にならないほどスタイルが良くて美人だからだ。

また、美人なのを鼻にかけることなく竹を割ったような性格は私の憧れでもある。


だからこそ、私は成美さんに美人と褒められるのがうれしかった。


「で、和樹は知ってるの?」

「……いえ」


成美さんに和樹のこと聞かれて私の胸がズキッと痛む。

和樹に構って欲しくて私は和樹に……嘘を付いた。

それをずっと引きずっている。


「そうか、まあ、沙織が話したくなったら話してやってよ。喜ぶからさ」

「そ、そうですかね……」

「まあ、私は行くよ、それじゃあ」


成美さんは私たちに手を振ってその場を離れる。

私も成美さんがいなくなったので、和樹の病室にお見舞いに行こう。

成美さんのおかげで堂々と和樹のお見舞いに行くことが出来る!


私は二人と一緒に和樹のお見舞いに行くことを決心して振り返ると……いつもの様子と違う二人がいた。

澪は何というか羨望の眼差しで成美さんを見送っている。

川崎君はというと……他の男性同様……鼻の下が伸びている。


「……ねえ、澪?川崎君?」

「「はっ」」


私の呼び声に驚いて我に返る二人。


「どうしたの二人とも?」


一応聞いてみる。

でも川崎君の答えは、顔に出ていたので想像することは容易だった。


「え、いや、その……とても綺麗な人だね」

「そうね」


正直、川崎君は女性慣れしているのでちょっと意外だった。

まあ、それが成美さんの持つ、魔性の魅力なんだろうな……。


「沙織、よく普通に話せるね」

「え?」


澪が私を褒めてくれるのだが……意味が分からない。

ただ、彼女は私の地元にずっと住んでいる。

だからこそ、成美さんの武勇伝を知っているのだろう。


「本田のお母さんって……狂戦士(バーサーカー)だよね?」

「うん、でも優しいよ」


澪の場合は昔の成美さんを知っているからそのギャップに驚いているのね。

それに、成美さんは家にいるときと外の雰囲気はかなり違うから……


中学生の時なんてボサボサの頭にお腹をポリポリかきながら私を出迎えるぐらいなのよね。


「ほら、行こうよ、澪も川崎君も」

「「う、うん」」


私は成美さんに偽の彼氏のことを話したことで心が軽くなり足取りも軽くなった。


終始笑顔で病院の廊下を歩く。

先ほどまでお母さんに見つからない様に怯えながら病院にいた。

でも、成美さんに真実を伝えたことでなんだか成美さんが味方になってくれたみたいで心強かった。



☆彡



浮足立った私は和樹の病室へ到着した。


「か・ず・き!……だいじょう……ぶ?」


後ろから付いてくる澪と川崎君を意識することなく、陽気なテンションで和樹のベッドへ向かう。

だけど、和樹のベッドの脇のイスに一人の女性がファッション雑誌を持って座っていた。


私が和樹に声を掛けたことでこちらに気が付き挨拶をしてくれる。


「あ、こんにちは」

「え?」


私は最初、病室を間違えたのかと思った。

いや、そうであってほしかった。


現状のお母さんよりも会いたくない年上の女性。

この年上の女性の名前は知らない。


会ったこともない。

でも、私はこの女性が苦手だ。


なぜなら、この女性はケーキ屋で和樹にパフェを食べさせていた。

この女性こそが和樹の彼女……!


急に胸が締め付けられるように苦しくなる。

呼吸をするのがやっとの状態。


「その後ろの人たちは?」


私は呼吸を整え、平静を装い二人を紹介する。


「あの私の友達の澪と川崎君です」

「はじめまして、澪です」

「川崎です」


二人とも和樹の彼女に挨拶をした。

その間も私は立っているのがやっとの状態。

今すぐ、この場から逃げ出したかった。


可愛い顔で寝ている和樹……こんなにも近くにいるのに、存在がとても遠くに感じる。

それが辛くて苦しくて、今にも泣きだしそうだった。


酷い顔をしているのだろう。

和樹の彼女が私を心配してくれる。


「沙織さんどうしたの?顔色悪いよ」

「え、ええ。そ、そうですかね……?」


って、あれ?

なんで私の名前をこの人は知っているの?

それに、どこかで聞いたことがある声。


「あの……どこかでお会いしましたか?」


今日初めて出会った気がしない……この人は……?


「え?沙織さん、マジで言ってる?ひどいなぁ……あたしだよ、本田可憐」

「…………え?」


なんと、目の前の年上の女性は3つ下の和樹の妹の可憐ちゃんだった。


成美さんの様にスタイルを強調する服にプラスお化粧で私は一切、気が付かなかった。

しかし、妙に納得してしまう。

今まで和樹の彼女として見ていたから、別人のように見えたけど、冷静に見てみると成美さんによく似ている。


「そういえば、お兄ちゃんもこの恰好していると、私だとわからなかったんだよね」

「あ、あの可憐ちゃん……もしかしてだけど、和樹とケーキ屋さんに行ったことない?」


私の問いに屈託ない笑顔で答えてくれる可憐ちゃん。


「そうなの。HIMEKAキーホルダーが欲しくてお兄ちゃんに恋人役頼んだよ!無事にキーホルダーをゲットです」

「そ、そうなんだ……あはは」


可憐ちゃんがあの写真の女性であった。

そして、和樹の恋人ではなかった。

あれ?もしかして、私……まだ、和樹を諦めなくていいの?


和樹の顔を見る。

さっきまで可憐ちゃんに気を取られていたのでまともに顔を見ていなかった。

安堵した顔で眠っている。


昨日までは怖かった。

和樹がいなくなったら……そう考えるだけで……手を握っていても遠くに感じた。

でも、今は和樹が近くにいる。


「可憐ちゃん、これよかったら食べて」

「わーい、ありがとう」


ちょっと重たい果物かごを可憐ちゃんに渡して少し身軽になる。

そして、もう一度、和樹の顔を覗き込む。


「良く寝てるね」


今は和樹の寝顔を見ているだけで幸せ。

だけど、先ほどまでの笑顔はなくなりいつの間にか真剣な顔になっている可憐ちゃん。


「沙織さん、お見舞いありがとう。でも、お兄ちゃんが起きる前に出て行ってもらえない?」

「……え?」


可憐ちゃんの言葉に耳を疑った。

ただ、可憐ちゃんは真剣な表情で話を続ける。


「そっちの人たちは誰なの?」

「あの、この人たちはね……」


私が弁明しようとすると澪が間に入ってくる。


「こんにちは、私は澪、こいつは川崎芳樹(かわさきよしき)って、言うんだけど、沙織の彼氏なの」

「……やっぱり」


可憐ちゃんの真剣な表情から放たれる鋭い視線に身震いをし、私は後退りをする。


でも、和樹が起きたら話がしたいので、引くわけにはいかない。


成美さん譲りの鋭い視線に怯むことなく私は可憐ちゃんに話をしようと試みる。


「可憐ちゃん、あのね……」

「沙織さん、マジで帰ってください。お兄ちゃんが寝ている間にお願いします」


可憐ちゃん、昨日のお母さんと同じ状態だった。

まるで、私と和樹を合わせない様にする。

どうして、そこまで嫌われちゃったの?


「か、可憐ちゃん……どうして、そんなに怒っているの?」

「え?沙織さん……分からないのですか?」

「う、うん」

「言っておきますけど、お兄ちゃんは……」


可憐ちゃんが何か言いかけると澪が間に割って入ってくる。


「ちょっと、沙織。迷惑みたいだからここは帰ろうよ」

「で、でも……まだ話が」

「ほら行くよ、失礼しました」


強引に澪に背中を押されて私は和樹の病室を出ていくことになった。


「ちょっと、澪、待って」


背中を押す澪の力は強く、本気で私を和樹から離していく。


「待たない」


澪の力は更に強くなりグイグイと私の背中を押す。


「どうしてよ?」

「あんなにも怒っているんだもん。今日は引きましょう」

「そういうわけには……」


私も頑張って踏みとどまると病院の床と靴がキュッと音を鳴らす。

動かなくなった私を説得してくる澪。


「和樹の妹さんなんでしょ?お隣さんなんだからまた、冷静になって話し合えばいいじゃん!」

「でも……」


私が反論しようとする川崎君が澪の味方になる。


「僕も澪に賛成かな。後から冷静になって話し合ったほうがいいんじゃないかな?」

「……わかった」


確かに澪や川崎君の言うように、可憐ちゃんは冷静ではなかった。

あそこで話をしても感情的になるだけだったのかもしれない。


私達はその後、各自自宅へと帰宅した。

川崎君は送ってくれると言ってくれたが、断固としてお断りさせてもらった。



☆彡



自宅に帰宅後、すぐにベッドへダイブして今日のことを考える。

もちろん和樹のことだ。


どうしよう……和樹に彼女はいないかもしれない……フリーなら告白してもいいよね?


まだ、和樹を諦めなくていいという安心感で瞳が枕を濡らし始める。


「……よかった……かずきぃ……」


私は枕に縋るように泣いてしまう。


しばらくして落ち着くと寝返りを打った。


ベッドの上で仰向けになり天井を見つめる。

するとぼんやりとだけど和樹の寝顔が浮かんできた。


私は顔がすごく熱くなり、どうしようもなくなったので、再度、枕に顔を沈めて顔の熱を取る。


もし……付き合うってことになったら……恋人になったら……そうよね……私達はもう成人しているもんね……大人の階段上っちゃう?

そんなことを考えると、更に顔が赤く茹で上がる。

私は悶え苦しみベッドの上を縦横無尽に転がりまわってしまう。


ふと、その時……大人の階段を上るとき……最初ってどんな感じなんだろう?

和樹のことだから……最初は胸を触ってきそう。


私はブラを外してそっと自分の胸を触ってみる。

和樹に触られてたらどんな感じなのだろうか?

もっと気持ち良いのだろうか?


って、何考えているのだろうと急に冷静になった私は恥ずかしくなり、またしてもベッドの上で悶え苦しむ。


しばらくベッドの上で悶えていると、ふっと可憐ちゃんの厳しい表情が脳裏に浮かび思い出す。


今日の可憐ちゃんの態度に困惑し私は理解不能。


それに、昨日のお母さんもどうしてそんなに私と和樹が一緒にいることを拒むの?


特に可憐ちゃんは川崎君を彼氏だと……紹介してから……あれ?

私に彼氏がいると不都合なことがある?


ううん、違う。


逆なのかな?


ちょっとまって……もしかしてだけど、私に彼氏がいることが不都合じゃなくて、川崎君に彼女がいることが不都合?


そうよね……川崎君って学校でも全校の女子生徒No.1の人気だったし……一目惚れなのか?


え?……どうしよう……


私は驚愕の事実に困惑してしまう。

可憐ちゃんに川崎君と別れたっていったら信じてもらえるかな?

それともいっそのこと、偽の彼氏だということをばらした方がいいのかな?


うーん、やっぱり可憐ちゃんのことは一番詳しい人に聞くのがいいのかな?


私は和樹のことを思い浮かべる。


そ、そうよね……それが目的で会いに行ってもいいよね?と自分に言い聞かせベッドから立ち上がる。


私は決心して、再び病院を訪れることにした。

そのための準備も行ったので少しばかり時間が掛かってしまった。



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