推しの子に推される私・気付いた時にはもう遅い!超スパルタな地獄の特訓の日々

安ころもっち

第1話

平凡地味系OLな私、田中直子は今日も書類を見ながらキーボードを叩き続ける……

人の三倍速く!正確にすべての書類を作成し終わると、即座にそれをプリンターへと送信する。


本日のお仕事、3社分の決算にまつわる全ての書類……所要時間4時間。そして私は鞄を手に席を立つ。


「高橋さん!今日予定の出しときました!んで帰ります!」

「えっ?もうですか?わかりましたー」

私は一つ先輩の高橋くんに残りを丸投げし、返事も聞かずに走り出す。


そして向かった先は……秋葉原ワンダー劇場。

会社から徒歩10分を全力疾走してたどり着く。


「まっ、まったー?」

心臓が爆発しそうなのをこらえながら、震える声を書ける。


「また無理してー。私がちゃんと並んでるんだから、気にせず時間までゆっくり歩いて来たらいいでしょ!」

目の前の素敵なお姉様が腰に腕を当て私に苦言を言い渡す。今日もへそ出し肩出し太もも出しでとてもセクシーです。


「だ、だってー少しでも早くカエデ様と同じ空気を吸いたくて……」

私はスーハーと、この場の空気を吸い尽くす勢いで深呼吸をする。残念ながらカエデ様たちの尊い香りの代わりに、土埃と周りにいる同胞たちの加齢臭を感じで少し嘔吐えずいてしまう。


「はあ。何やってるのよ。ほら、これでも飲んで!」

「あ、ありがとう美穂」

この素敵なお姉さん。美穂からドリンクを受け取ると、腰に左手を充てグイっと一口飲み込んだ。うん生き返る。


「ぷはー!やっぱり仕事終わりの一杯はうまいわね!」

「あんた、まだ19でしょ?おっさん臭いセリフ吐くのやめなさい」

さーせん。気分はもうおっさんなんですよ。


「それはごめん。それより、昨日のMアワ見た?カエデ様マジヤバ可愛すぎて悶えた!」

「見ないわけないでしょ!朝から20回は見たわ!やっぱりトバリ様は神!」

私たちは昨日やっていたミュージックアワーという音楽番組のことを思い出し悶えていた。


私たちがいるこの秋葉原ワンダー劇場は、私たちが推している『カラーズファイブ』というアイドルグループが所属する芸能事務所、ワンダーランドの所有する劇場である。

ここでは、カラーズファイブが火曜日と木曜日、夕方にライブをやっているのだ。4時から開園のため私は仕事を速攻終わらせて走ってきたのだ。8時出社、12時退勤。火曜木曜は毎週そのルーチンを繰り返す。


「ほへで、はへへはははひは……」

「食べてからしゃべりなさい」

私は鞄から取り出し口に咥えていた、某栄養補助食品を大急ぎで胃に流し込む。


「ふう。生き返った」

「何回死んでんのよ」

「私は何度でも蘇る!」

「あほか。で、なんだって?」

呆れる美穂。


「カエデ様たちはもう中に入ったの?」

「今日はまだよ」

「やった!」

どうやら今日はまだ劇場に来ていないというので、私はいつもメンバーが入っていくはずの、裏口前の方にある道路を凝視する作業に移った。

時刻は12時30分。おそらく2時から3時までには来るだろう。裏口の方には近づけないようにフェンスがある。しかしちゃんと入るのを見れるように工夫されている。運営の心意気にいつも感謝だ。


私は、16の頃にデビューしたカラーズファイブ、正確にはカラーズスリーというアイドルグループに一目ぼれした。母親に土下座をして土日にあるライブにたまに連れていってもらっていた。

もちろんそこからバイトも始め、自分で土日のライブ資金を出せるようになってから、どっぷりはまってしまって現在の私が作られた。


私は、センターを務めるカエデ様に一目ぼれで最推しで虜なのである。もちろんそれはメンバー追加でカラーズファイブとなった今も変わらない。


そこからは必死で勉強しながら、その劇場のすぐそばにあるところに就職したくて、今の株式会社ナンデモカモンに入社した。人材派遣なんでも引き受けますな会社だったが、経理を募集しているというので17の私は直談判して翌年の経理の枠を勝ち取った。

もちろん必要なスキルは必死で磨いた。


おかげでこの時短勤務も、土日は絶対に休むというシフトも認められた。その代わりライブのない月水金は遅くまで仕事をこなした。人の3倍はこなしている自信はある。

その証拠に2年目の今季からは給料が3倍まではいかないが倍以上に貰えるようになった。社長の奥さんである副社長の鳥子さんにも色々と目をかけていただいている。まああの人は私を通しての金しか見ていないだろうが……


そしてそんなことを考える私の目に、いつも使っているワンダーランド所有の車が映る。

ホントはフェンスギリギリでそのご尊顔を拝みたい。しかしこの場を離れるわけにはいかない。それはどのファンも同じであろう。みんな同じ気持ちでメンバーが車から降りるのを待っている。

運営はそこら辺も考えているのか、並ぶ列は裏口から離れるように並ぶのがルールとなっている。ゆえに先頭に並んだ人が一番近いのだ。


バタンと言う音と共にドアが開き、前の座席からマネージャーの喜愛さんが降りてくる。

今日も全員そろっての入りであった。そして私はカエデ様を見ていつものように絶叫する!


「カエデ様ーーー!愛してますーー!今日も素敵ですーー!」

隣の美穂も、周りのファンも叫び出す。


そして私は、カエデ様がこちらを向いて手を振った後、唇に手を充て放った投げキッスにより、意識を手放していた。


「はっ!」

私は自分で自分を確かめる。さっきまでの騒がしさはすでに無くなっていたが、隣の美穂も若干放心したようにだらしない顔をしていた。ちょっとときめいてしまう。


「美穂……今日もやばいね……」

「はっ!あ、ああ。やばいね、本当に何秒か死んでたわ……」

二人ともすでに誰もいない裏口をじっと見ていた。


そこからはひたすら美穂と推しトークを続け、会場と共に順調に中へと入っていく。流れるように今日のカエデ様のオフショット写真を全種購入する。もちろん今日もそのお姿は神々しい光を放っていた。

写真をすばやくファイルにしまい、眺めながら席に座る。今日はかなり前の方を取ることができた。最高の一日になりそうだ。


そして時間になり会場のライトが落とされる。


ステージにライトがともり……オープニングのイントロが流れ出す……デビュー曲でもある『カラーズ』のイントロに全員立ち上がり、手に持ったライトを振り上げる。

私も両手に持った真っ赤なライトを頭上で振り回す。


今日も……夢の世界の幕が開ける……


◆◇◆◇◆


私は座席で放心状態になっていた。


燃え尽きた……私は、真っ赤に燃え尽きちまったよ……もう、歩くことさえままならない……

全身全霊をかけての応援で全身びしょぬれで精も根も尽き果ててしまった私……


「直子!もう出てくるって!」

「ひゃっほー!」

美穂の言葉に疲れ切った体が嘘のように蘇る。急がなきゃ!


私は会場をでて通路を急ぐと、ある一室に続く列へと並ぶ。列とはいっても今日は26名ほどの列。この列は通称VIP部屋へとつながっている。

ファンの中でもプラチナパスを持っている選ばれし者だけが入れる部屋である。


年間12万円という中々なお布施を払った猛者だけが、月に一回この部屋に入室が許可されるのだ。


部屋に入ると、メンバーカラーに彩られた5つの席の前に並ぶファンたち。

私は当然のように真っ赤な席の前に並ぶ。今回は9名の仲間がいるようだ。やはり一番人気である。ちなみに2番人気は青で7名である。やはりマリン様の幼い体に魅了された者たちも多いようだ。

美穂が並んだ黒、トバリ様は4名である。美穂以外はみな男性ファンであった。


そしてガチャリというドアが開いた音と共に、室内が一斉に騒がしくなる。目の前にはカエデ様が……他のメンバーと共に登場してそれぞれの席に座る。それだけで気を失いそうになった。しかし私はそれを良しとしない。

ここで倒れでもしたら大迷惑な話である。それだけは避けたいと気力を振り絞る。そしてこちらに向けられるカエデ様の笑顔……私はダメかもしれない……


そんなことを思いながらも、私は自分の順番が来るのをまった。

ここで互いに話ができるのは約5分。


今日は……いや今日もだが、先月からの期間で購入した全オフショットから選んだ珠玉の一枚、この『カエデ様ちょっとお眠でぱじゃま着崩しショット』にサインをもらわなければ……


次は遂に私の番だ。

私は震える手で白手袋を鞄から出して装着すると、ファイルからそのお気に入りの一枚を取り出した。


いよいよお私の順番になり、震える足を一歩前へ踏み出した。


「カ、カエデ様!今日も素敵な時間をありがとうございましゅ!」

噛んでしまうのもいつものこと。私は微笑むカエデ様も見ながら写真を手渡した。


「ナオちゃん今日はこれにサインでいいのね?あっちょっとこれ!一番恥ずかしい奴じゃん!やめてー照れちゃうー!」

カエデ様は恥ずかしそうにしながらも受け取った写真にサインをスラスラと書いてくれる。というまだこんな私の名前を憶えてくれている。あの素敵な唇から私の名前が発っせられている。写真にはカエデ様の貴重な指紋が指紋が指紋がーー!


「ナオちゃん?いつも通りちょっと顔キモイよ」

「あっえっと、すいましぇん!カエデ様が可愛すぎて涎がとまらないんでふ!」

私は手で口をぬぐう。本当に涎が垂れてしまいそうに口元は、見苦しいほどに緩んでいることだろう。仕方ないここは夢の宴なのだから。


「ふふ。相変わらずのきもさね。でも毎回ライブにも来てもらってるけど……ちゃんと寝てる?体調だけは気を付けてよね」

「はひ!それはもちろん!」

私を心配してくれる!そして私の手を握ってくれる。というか白手袋をした私の手を……まって脱ぎたい。でも写真しまわなきゃ。


私は手袋越しのカエデ様の温もりを感じながら、纏まらない思考を巡らせたまま、思考が迷子になってしまった。


「あっとりあえず写真しまう?」

「は、はい!喜んで!」

私の居酒屋のような返事に噴き出して笑うカエデ様。やった!また笑顔ゲット!そう思いながらも慣れた手つきで丁寧に写真をファイルにしまい込む。そして白手袋も外してしまい込む。

そして私の手を握ってくれたカエデ様に涙する。なにこれ今日はすごいね私明日死ぬのかな?


「ふふ。ナオちゃんといるといつも元気貰えるね。いつもありがとう」

「光栄です!わ、私の方こそ、カエデ様に出会ってから必死で勉強して近くに会社でOL遣れてます!多分普通の給料より3倍ぐらいもらってます!カエデ様に会いたい一心で何をやっても頑張れます!だから今の私があるのは……カエデさまのおがげなんでしゅーー」

最後までは耐えられなかった私は、カエデ様の吹き出し笑いと共に、スタッフに剥がされ、横の休憩スペースへと誘導された。


座り込みしばし泣きながらカエデ様を見つめる。

隣にはすでに終わっていた美穂がいて、ヨシヨシと私の頭を撫でてくれる。ありがたい。惚れてまう。


「今日はいつにも増して感極まっていたね。どしたの?」

「わかんだい……なんだが、ぐす……今日もまたざいごうびうるわしいがごおもっでぅぁーん」

なんだこれ。自分でも分からないぐらい感情があふれてきていた。美穂が「よく分からないけどそっかそっか」とさらに背中をポンポンとさすってくれた。おい!もっと泣いちゃうぞ、いいのか?


私がそんなことを思っているうちに、スタッフがやってきて「こちらへ」と二人まとめて別室まで連れてこられた。


「私、何かやっちゃった感じかな……」

「いやー正直今日は死ぬほどやばかったからねーどうだろう……」

私は目の前が真っ暗になりどうだった。スタッフに迷惑をかけてしまった……ファン失格だ……


そこへ、ガチャリとドアの開く音がして、顔を上げた私が見たのは……笑顔を携えたカエデ様と、『カラーズファイブ』の他のメンバーであった。


「えっ?なんで?どうして?私死ぬの?」

私の言葉にメンバーがどっと笑う、隣の美穂はそれどころではなく、放心しているようだった。


「ほんとやっぱり面白いねナオちゃん」

そんなことを言うのはワカバ様。セクシーダイナマイトなお胸をお持ちのグリーン担当である。緑のストレートロングが綺麗ですね。


「うん。おもしろかわいい」

ブルー担当の幼い体をお持ちのマリン様が意味不明なことを言う。おもしろかわいいとな?


「そうね!それに磨けば光りそう。あと美穂もさっきぶり。やっほ!」

「ひゃい!」

ブラック担当の美穂が推してるトバリ様の言葉に美穂も思わず上ずってしまう。珍しい光景だ。

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