第14話 裏:マドンナとの新しい日常

僕と詩乃は歩いて彼女の家まで帰る。彼女の場合、登校は屋敷の執事が車で送り届けてくれる。下校は執事含めた召使達が諸々の事情で動けないため、僕が付き添うことになっている。


宗明家の主、宗明彰そめいあきらの収支のみで屋敷の経営はなりっており、思ったより自由に使える資金は少なそうだった。それでも新規の雇用者を迎える話はでたが、信頼性から却下された。


屋敷に着いたあと、まず始めるのは勉強だった。小一時間程度の復習だが、彼女の振るう教鞭は効率的だった。


僕の中間テストの結果は学年で見ても、下から数えるほうが早かった。当然だが、中学卒業まで裏稼業が生活の大半を占めていたので、勉強をする時間はなかった。いや、詩乃ならばできたかもしれないが、僕にはそこまでの器量はない。


勉強会の主催人は詩乃だった。僕の将来のためとそそのかされ、学校帰りに時間を確保している。彼女の部屋で催されるのだが、僕は気が気じゃない。同年代の女子の部屋は妙な居心地の悪さを感じる。嫌なわけではない。ただ落ち着かないのだ。用意されたクッションにあぐらか正座か、そんなどうでも良いことまで気になってしまう。


勉強会が始まってからまだ間もない。僕はいつも通りにクッションの座り方を考えながら彼女を待っていた。


「お待たせしました~」


彼女はルームウェアに着替えてから戻った。毎度のことだが、その度に違う服を着ている。今日は触れると心地よさそうなピンク色の綿生地で編まれたワンピースだ。


詩乃は恐ろしく要領がいい。全科目の予習復習、授業中に僕が復習しやすいよう作ったプリント。それらを済ませるのに2時間とかからない。学校では常にパソコンが使えるので、頭の中を出力するのも早い。基本的に授業中で勉学は完結している。


勉強会が終わると、僕はお礼を言ってから別れる。そのあとは家に帰る……わけではない。


「それじゃあ、またあとで」


「はい!」


僕は土曜の早朝にしか実家に帰らない生活を送っている。入学式前日から屋敷と学園との中間にある場所で平屋を借りている。郊外の草原に家が寂しく乱立している区域の一件。空き家しかないのか、近隣住民をみたことがない。僕が選んだ家は【隠れ家】と呼べる環境にあった。


一帯は低草が群体しているが、ある一点だけ木立ちと腰まで伸びた野草が茂っている。来訪者には背景に山を背負っているため、森の入り口に見えるだろう。実際は前居人の作った木の柵に草がまとわりついただけであり、木は街路で見かけるクスノキである。


(尾行はされてないな)


5曲ほど音楽を聴いていれば着ける場所だが、人気ひとけのなさは3曲目が始まるあたりで訪れる。この場所の決め手となったのはその静けさに尽きる。


「さてと」


僕は顔だけ洗って仕事着に着替えた。


上半身の着物風フードローブは表面を軽く防水加工がなされている。アームカバーのような手甲は中指と薬指だけ通るようになっており、肘上まで伸びている。下には裾部分が詰まった袴と足袋をはいている。


全て一新し、品質向上による軽快さを与えてくれた。狐のお面はデザインこそ変わらないが、額に無線の暗視カメラが埋め込まれている。


黒で統一された外装は【忍び装束】と【修道服】を掛け合わせたような格好になった。


耳に小型無線機を引っ掛けて外に出た。空を見上げると、月に叢雲がかかっていた。


(詩乃のお父様は間違いなく命を狙われている。あの一件以来、裏の掲示板で宗明彰の中傷スレッドが数倍立つようになった。けど、彼は自分より詩乃の安全を優先した……

詩乃は父の想いを汲んでなお、目に見える全てが傷つかないよう、笑っていられるように動いている。僕のことすらも……

僕の行動は二人の意図に反している。彼女のお父様が望むように、彼女を守るために僕は闘うつもりだ。けれど、それは同時に詩乃の想いを踏みにじり、彼女を危険に巻き込む形になった)


叢雲を払いのけて満月が顔をだした。その情景に思わず感嘆の吐息が漏れた。


(だから、せめて寄り添うよ。彼女が感じる孤独や苦悩を分かち合い、共に歩んでいくよ)


僕は無線機の通信相手に向けて言った。


狐桜こざくら、準備はいいかい?」


「えぇ、あなたの位置は完璧に把握できてるわ」


無線機越しの声は、やっぱり小鳥のさえずりみたいに聞こえる。お嬢様であり、クリエンティーであり、クラスのマドンナでもある僕のバディ。


「了解。じゃあ始めようか。鼠の尻尾を追う難儀な仕事を」


オペレーターは笑いながら言った。


「今夜は草の根わけるより、いぶすつもりかしら?」


僕も彼女に応えるように笑って言った。


「段取りは伝えてあるだろ。今夜も、草の根活動だ」


「ふふ。それ、本来の意味とはズレてますよ」


「君には伝わるだろう?それでいいのさ」


「そうね、だって私たち……」


僕たちは心をかよわせるように言った。


「バディなんだから」

「バディなんだから」








<<あとがき>>


最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。この物語をお楽しみいただけたこと、心より感謝申し上げます。


物語はここで終わりではありません。主人公たちの選択と決断、未知の真実に向かって進む彼らの歩みが、これからも続いていきます。新たな試練や謎、そして真実が彼らを待ち受けています。


憐と詩乃の物語は、これからも深まる友情と信頼、そして愛情が中心に織り成されていきます。彼らの成長や葛藤、絶え間ない戦いが、今後の展開を盛り上げていくことでしょう。


読者の皆さまには、どうぞ引き続き二人の物語にお付き合いいただければ幸いです。これからも彼らの冒険と情熱を共に感じ、共鳴していただけることを願っております。


また、感想や意見、ご質問がございましたら、どうぞお気軽にご連絡ください。読者の皆さまとの交流を通じて、物語がより一層豊かになることを楽しみにしています。


心よりお読みいただき、ありがとうございました。

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