第12話 桜の舞と守護の狐

入学式初日の放課後は質問攻めだった。主に詩乃さんとの関係性についてあれこれ聞かれて、僕は嘘が破綻しない範囲で切り抜けた。


彼女とは5歳の時に引っ越した土地で出会った幼馴染であり、その年のうちに親の転勤で離ればなれになった。一緒にいれた時間はほんの数日だった。という設定を貫いた。


(どうしてこんなことに……)


学園の校門付近で一日を振り返っていた。地面に溜まった桜の花びらたちを意味もなく足で払った。


「憐さん、お待たせ」


彼女は正門から僕に向けて手を振りながら近寄った。生徒の下校時間から外した時間に待ち合わせたのだが、それでも幾人かは残っていた。僕のクラスの生徒もいるようで、すでにグループが出来ていた。彼ら、彼女らは遠いところで声を上げて僕らの関係について憶測を語っている。


「行きましょう。ここでは目立ちます」


「あら、私は構わなくってよ」


僕は彼女の行動、思考が読めなくて困惑した。夕日がより濃い影を僕の顔に陰らせている。彼女は対照的に、その場の誰よりも光がさしているように見えた。


僕らは一緒の方向へ歩き出した。それを見送った外野のヤジが聞こえてくる。横を歩く彼女の表情を盗み見ると外界の反応は気にも留めていないようだった。


「二人っきりですね」


彼女は僕の視線に気づいたのか、こちらを見ると口角を上げていたずらっぽく言った。


「ようやくだね、ほんと。あんなに注目されちゃ、護衛に支障が出るところでしたよ。幸い僕らを追ってまで茶化しにくる子もいないみたい」


「残念」


「……それはどういう意図で言っているんですか?」


「分からない?」


「はい。僕はホームルームの時から、お屋敷での詩乃さんとは異なった印象を受けています。目的は何ですか」


「憐様のおっしゃったとおりに行動したまで、ですわ。自分の気持ちに正直に生きていますの」


(それって僕のことが好きってことなのかな)


そうだとしたら嬉しい。心臓の音がうるさくなるくらい、僕も彼女と一緒にいられて満たされている。


(このまま付き合うことも……)


そう考える一方で、冷めた気持ちも同時に内包している。


「ホームルームでの発言は僕と一緒にいたいから?」


「はい」


「ある程度の距離感があった方が護衛しやすい。特に今はまだ。敵を探るところから始めるんだ。僕が警戒されては相手もおいそれと尻尾を出してこない」


僕はあくまで下請け。君は客先のご令嬢。それが裏稼業としての僕の目線だ。


「べったり一緒だったら、一生顔を出さないかも」


「出し抜かれる危険性の方が勝る」


彼女は喉で唸ると次なる一手を考えているようだった。どこか緊張感がない。


(そういえば、彼女にはこういうところがあったな)


初めて会った日の夜も、同じ感想だったなと静かに笑った。


「ですがこうなった以上、一緒にいましょう。自然に距離を置けるならそれに越したことはありませんが」


「それは嫌です」


「……駄目ですか」


「嫌です」


彼女は人差し指同士を交差させてバツ印を作った。


「ねぇ、憐様。最後に会った日から、私考えたの、自分に何ができるんだろうって。初めはお父様の為に死んでも構わないと思ってたわ。でも今は違う。お父様の笑顔を隣で見ていたいの。お屋敷の人ともっと一緒にいたいの。新しい友達と楽しく遊んでみたい。それから……」


彼女は一瞬言葉に詰まった。斜陽が彼女の表情を隠してしまっている。足取りが徐々に緩やかになると、そのまま立ち止まった。いつの間にか伏せていた顔を上げて言った。


「憐様が怪我をしなくてもいいような、夢さえ新しくなる日々を送ってほしいの!」


(この人は、眩しいな)


西日が彼女の紅潮した頬をさらに赤く染めている。


「お父様から学校にいる間、私を守ってくれるよう頼まれているのは知っているわ。それ以外の時間は情報収集のために裏の仕事を続けていくことも」


「どうしてそれを知っている」


僕の顔色は瞬時に険しくなった。僕と彼女の父親しか知らない情報を彼女は握っている。前から思っていたが、彼女はどこからそれらの情報を入手しているんだ。


「お父様の書斎に盗聴器を仕掛けてあったの、憐様と対談する日にだけね」


(なにそれ怖い……けど)


僕は指先から身体の芯まで固まってしまうような感覚を覚えた。初めての経験だった。意識が身体から抜け出して、目の前の人間に釘付けになっている。


「……君は何ができる?」


僕はどうしてそんなことを聞いたのだろう。彼女の話声よりも、僕自身の心情に意識が向く。彼女に何を期待しているんだと心の中を見つめていた。


「……それから機械の扱いも得意です。使えそう?」


「まだ分からない。色々できるみたいだね」


「その、一緒に現場には行けないの?」


「足手まといです。今から訓練したとて遅い」


「分かりました。裏方でいいから、手伝わせてほしいです。あなたの役に立ちたいの」


「なんのために」


「私のやりたいことだからよ」


同じ【役に立ちたい】という気持ちでも、以前のものとは別物だ。それは善悪の判断はできないが、僕好みの結論だと思った。


僕は笑みをこぼしながら彼女に熱いまなざしを送った。


その日、僕たちはある決断をした。意識はしていなかったが、あとで振り返ると大きな分岐点だったと思う。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る