第10話 公爵夫人は夫の秘密を知り、ちょっぴりラッキーだと思った

 一方、リネットはというと。


「お嬢さま。使用人観察は、いつまで続けるおつもりですか?」

「え? ずっとするつもりだけれど? だめ?」


 今日も物陰にアンナと共に隠れ、使用人たちを伺っていた。


「ダメではありませんし、私もお付き合いするつもりではいますけれど……」

「うふ、ありがとう」

「もう商会は立ち上げられたし、商品も売れているのですから使用人観察は終わりにしてもよいのでは?」

「うふふ。甘いわね、アンナ」


 リネットはチッチと、立てた右手の人差し指を振る。


「どういうことでございましょうか?」

「商品というのはね、常に新しい物を提供していかなければならないのよ。そうしなければ、売上を維持できませんから」

「そうなのですか」

「新しい商品を出すためには、やはりヒントが必要でしょ? 使用人観察は重要なお仕事よ」

「そうなのですか……」


 侍女の不安そうな視線に気付いたリネットは先回りして言う。


「心配しないで、アンナ。私は正気だから」

「いえ、そんな心配はしておりません」

「え? ホントに?」

「うぐっ……」


 動揺する侍女を見て、リネットは楽しそうに笑う。

 

「うふふ。突っ込まれて言葉に詰まるなんて。まだまだ甘いわね、アンナ」

「お嬢さまぁ~」


 物陰に隠れてコソコソと使用人たちを観察するリネットたちだったが、話しながらであるから当然のように使用人たちにはバレていた。


「今日も見られていますね」

「とりあえず、しっかり働きましょう」

「そうね」


 などと、コソコソ話をしながら仕事に精を出すメイドたち。他の使用人たちも同様である。雑役女中であろうと庭師であろうと関係ない。女主人の目が光っているかと思えば、メイド長ですら気を抜くことなどできはしない。結果として、屋敷内の仕事はとてもスムーズに回るようになった。


「それにしてもお嬢さま。お嬢さまの商会で売り出したブラシ、便利ですよね」

「でしょ? ササッと払うだけで服が綺麗になるのよ」

「エプロンだけ着替えても、服に汚れが残っている時はありますからね。手で払うだけでは落ちない汚れも落とせるから便利です」

「ふふ。いいブラシを見つけられてよかったわ」


 洋服ブラシ、特に使用人用の洋服ブラシはリネットの商会においての売れ筋商品だ。


「はい。ブラシだけで、綺麗に出来るとは思っていませんでした」

「ええ、私も知らなかったわ。良いものを見つけられてラッキーだったわよね」

「それにしても貴族の方々が自分たち用だけでなく、使用人用にも購入されるとは思いませんでしたわ」

「ふふ。貴族向けにも丁度よかったわよね。使用人たちに楽をさせるのは嫌だけど、いつも身綺麗な使用人たちを自慢したい貴族たちの見栄っ張りな心にジャストミートな品物でしょう?」

「そうですね」


 仕事をすれば汚れるのはエプロンを付けている場所だけではない。エプロンで防ぎ切れなかった汚れをブラシでしっかり落とせば、洗濯物の取り込み時に汚れが移ってしまう心配もないので仕事の効率も上がる。


「職人さんたちの仕事も出来てよかったわよね。上質なブラシで便利なのに、今まではあまり注目されていなかったのが不思議」

「ふふふ。お嬢さまのおかげですね」


 洋服ブラシだけでなく、掃除用ブラシも各種絶賛発売中だ。リネットの商会では床ブラシだけでなく、窓の桟を綺麗に出来る物など様々な掃除用のブラシを扱っている。


「お掃除がしっかりできれば屋敷がピカピカ。使用人たちも身綺麗でなおよし、よね。我が国の物は、服の汚れを払うブラシだけでなく、他のブラシも人気ですからね」

「お化粧用のブラシも、あんなに良いものが国内にあるとは知りませんでした」

「でしょ? 情報がないと良い物もなかなか売れないのよね」


 リネットは王妃教育の資料をじっくり検討したところ、国内のあちこちで様々なブラシを製造していることを発見した。各地で小規模な商売をしていれると良い物であってもなかなか売れない。しかし、商会でまとめて扱えば話は変わってくる。


「お掃除ブラシも、お化粧用のブラシも売れて商売繁盛。よかったですね、お嬢さま」

「ええ、本当に。私も国に貢献できて嬉しいわ」


 リネットたちはニコニコしながら物陰を移動する。すると若いメイドと年長のメイドがコソコソ話しているのを発見した。リネットたちは反対側の死角になる場所にいて、珍しいことに気付かれる心配がない。


「あ、あの子たち。何か話しているわ」

「何の話をしているのでしょうね?」

「あら、あの子たち商会で扱っているブラシを持っているわ。もしかしたら、ブラシの評判とか聞けちゃうかもしれないわね? ちょっと盗み聞きしちゃいましょ」


 リネットたちは、話しをしているメイドたちにそっと近付いた。


「旦那さまが結婚されると聞いて最初は驚いたし不安だったけれど、よかったわよね」

「そうですよね。奥さまがいらしてからの旦那さまは楽しそうです」

「ふふふ。ちょっと変わった方だもの、奥さま」

「うふふ。そうですね」


 メイドたちはリネットの噂話をしているようである。


「あぁ、お嬢さま。聞かない方がよいのでは?」

「私は興味あるわ」


 リネットはアンナに黙るよう自分の口元に指を立ててサインを送り、耳を澄ませてメイドたちのおしゃべりに集中した。


「旦那さまの呪いは、誰かに愛されるまで解けないのでしょう?」

「そうらしいわね」

「結婚は、呪いを解くためにされたのかしら?」

「そうかもしれないわね」


「……っ」

「お嬢さま……」


 息を飲み言葉を失うリネットに、忠実な侍女は気づかわしげな視線を向けた。リネットはアンナに手を引かれるまま、そっとその場を後にした。


 だから、彼女たちは知らない。


「呪いは、旦那さまが愛され。そして、旦那さまが、その方を愛するまでは解けないのよねぇ~」

「旦那さまが奥さまを愛し、奥さまが旦那さまを愛して初めて呪いが解けるっ」

「あぁぁぁん、ロマンチックぅぅぅ~」

「あのおふたりなら、きっと呪いなんてすぐに解けるわよ」

「うんうん。そうよね、きっと。キャー素敵~!」

「ふふふ。素敵よねぇ。きゃ~!」


 などと、メイドたちがキャッキャウフフしていたことを。


「お嬢さま、呪いのことなど気にする必要はありませんよ」

「いいのよ、アンナ。私は気にしていないわ。むしろ、事情が分かって良かったわ」


(アスランさまの数々のアプローチは、呪いを解くためだったのね。私に愛される必要があるから……)


 素敵なアプローチの数々が呪いを解くためのものだと知ったリネットは、少し冷める自分を感じた。


(私が好かれているから? なんて。ちょっとでも思ってしまった自分が恥ずかしいですわ……)


「お嬢さま、気にされなくても……」

「大丈夫よ、アンナ。私は気にしていないわ」


(むしろ、アレね? 私、旦那さまを好きになってもいいし、愛してしまっても問題ないということよね? と、いう事は……ありがとうございます。私、むしろラッキーでしたわ!)


 リネットは自分の口元が緩んでいくのを感じた。

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