第28話 きあいましまし❤

 スマホの目覚ましアラーム音がなってもぼんやりとしたままで、まだ夢の中にいるようだった。


 目は覚めているのだが、起き上がろうという気がしない。身体からだはまだどこかだるく、妙に重たい。現実感がなく、まるでぬるま湯の中に浸かっているかのような気怠い感覚。


 元々、低血圧気味で寝起きがいい方ではないが、いつも以上に中々頭が立ち上がってこない。


 催促するように、再びアラーム音が鳴った。寝過ごし防止のスヌーズ機能。

 ついつい二度寝の甘い誘惑に負けてしまいがちの私には、必須の機能だ。


 分かった分かった。うっさいなー。


 重たいまぶたをゆっくり開けると、見慣れない天井が見えた。


 あれ? ここどこだっけ? 確かへんな扉をくぐって、月にいって……龍宮城が……それで。記憶が曖昧だが、これだけは覚えている。


 とにかく、月が綺麗だった。


 ゆっくりと視線を巡らせ周囲を確認しようとするが、頭がクラクラとした。ぐるぐると世界がゆっくりと回転している。

 私が視線を巡らしているのか、それともこの世界自体が回っているのか……どっち?


 時間をたっぷりとかけて身体からだを起こす。なんだか少し熱っぽい気がする。頬も火照っている。

 またアラーム音が鳴った。


「あーもう、うるっさい!」


 もーなにー? 今日、日曜じゃなかった?


 スマホを操作しスヌーズ機能を止める。ようやく目が覚めてきて、いろいろ思い出してきた。だんだんと昨日の記憶が蘇ってくる。


 確か昨日は久々の土曜授業があるから、いつもなら休日――つまり土日と祝日――はオフにしているはずのアラームの設定をいじったのだ。

 だから、日曜なのにアラームが鳴ったのか。そう思って日付表示を確認した。


 ん? あれ? 土曜? 昨日も土曜じゃなかったっけ? 確か半日授業受けたし――と思ったら表示がいきなり日曜になった。

 んん? あれ? やっぱり日曜日? ――と思ったらまた土曜に変わる。


 なにこれ? バグってる? でもこのバグり方、どこかで……そこでやっと、唐突に全てを思い出した。


 何を寝ぼけている!

 ここは……迷家まよひがだ。似非調娘えせつぎこが掌握する迷家。その客間だ。


 つまり、敵陣の只中!


 これから私は、やらなければいけないことがたくさんあるんだ。しゃっきりしろ!


 常夜とこよにある天神様の細道にいる間はスマホの時刻表示がおかしいことになっていたが、今や、日付や曜日の表示までめちゃくちゃになっている。


 ここが現世うつしよと常夜の狭間にあるという迷家だからなのだろうか?

 いや、おそらく少し違う。違うというより、それだけではまだ不十分。

 要するに『現世うつしよと常夜の狭間にあるという迷家で、夜明けを迎えてしまった』からだろう。


 ナツメが言うには、常夜は時間がループし続けているらしい。

 だがしかし、ツキミちゃんはこうも言った。

 調娘つぎこが許して迷家のある空間を現世うつしよ側に寄せさえすれば、ちゃんと時間は経過するし、朝は来る。


 事実、経過したからこそ朝になってアラームが鳴ったわけだ。


 つまりは、こういうことだろう。

 今は、時間が前へと進むのか、それともやはりループするのか、どちらの可能性もあり、その狭間で揺蕩たゆたっている。


 私は今、現世うつしよことわりと常夜の理、どちらにも片足づつ足を突っ込んでいるような状態。

 似非調娘風に言うならば、刹那せつな久遠くおんが交差する約束の場所。

 今まさに、そこに立っているのだ。


 まさに運命の分かれ道。

 この後、私が現世うつしよに帰還することが出来れば、日曜が来たことが確定し朝を迎えることが出来る。

 逆に、常夜に戻れば土曜の夜に逆戻り。


 ということは、だ。結界のこちら側は今、朝になっているはず。

 結界のこちら側は朝で、向こうは夜。結界を隔てて、朝と夜がくっきりと真っ二つに別れている異常な景色になっていることだろう。


 今頃、その不可思議な光景を目の当たりにしているはずのナツメとツキミちゃんは、結界のこちら側が時間経過したのを認識しているはずだ。


 つまり、ここまではつつがなく作戦が進んだということは伝わっているはず。


 黄泉竈食よもつへぐいの後遺症のせいなのか、少し頭が混乱していたが、ある意味でスマホのバグのお陰で現状の再認識がスムーズに出来た。改めてスマホ見てみる。

 ますます使い物にならなくなって来ているスマホは、当然のように相も変わらず圏外のままであった。

 

 もしかしたら持ち帰る道具とやらにスマホを選べば、常夜でもちゃんと使えるスマホが手に入ったりするのだろうか?

 いやそもそも、この迷家内にスマホがあれば、の話なのだが。


 ツキミちゃんの話では、迷家の中には古今東西のいろんな品物が置かれている、とのことであった。


 それらは、迷家が勝手に生み出しているものらしく、現世うつしよの時代の流れに合わせて自動的に品揃えが変わったりするのだとか。

 迷家の持つ『想像による創造』という妖言およずれごと――調娘が欲したものを、迷家がどこからか調達? して来てくれる――を転用しているものであるという。


 品揃えには調娘の趣味などの影響が色濃く出るようだ。

 迷家はあるじである調娘の行動パターンや会話パターン、思考パターンなどを通して時代の流れなどを把握しているため、調娘の影響を強く受けることになる、とのこと。


 黄泉竈食よもつへぐいの儀式を終わらせた稀人まれびとは、迷家の中にあるものなら何でも一つだけ選んで持ち帰っていい。

 それが自らの継白つくもとなるわけで、継白に何を選ぶかが、稀人の継子つぐことしての性質や資質を決定づけるものになるそうだ。


 ナツメ曰く。

 稀人とは、迷家にとって『新しい可能性』らしい。だからこそ、品揃えも時代に合わせて更新され続けているのだろう。


 行使できる妖言およずれごとは選んだ継白と、継子の性格や才覚などの組み合わせによって、千差万別に変わってくる。


 本来なら、じっくりと熟考して選ぶ必要があるのだが、私は何を持ち帰るか始めから決めている。

 悩む必要性が全く無いので迷家内の探索をまともに行っていない。なので一体何があるのかはよく知らないのだ。


 布団から抜け出し、立ち上がると、洗面所に向かう。これまた黄泉竈食の儀式の後遺症なのか、身体がふらつき足元がおぼつかない。やっとのことで洗面台の前に立ち、頭を蛇口の下に持っていき、思いっきり蛇口をひねる。


 勢いよく飛び出た冷水で急激に頭が冷やされると、ようやく頭が完全に覚醒してきた。メイクが少し乱れている。どうもそのまま寝てしまったらしい。


 ありがたいことに洗面所には質の良さそうなメイク落としや化粧水、乳液などが備え付けられていた。

 似非調娘特有の細かい気配りというか、丁寧な仕事の現れなのだろう。


 あの似非調娘、本当憎たらしいくらいにちゃんとしてんのなー……。


 顔を洗って、メイクを落とす。寝起きの不快な気分と一緒に全部落として、シャッキリしなければ。


 クレンジングを終えて、タオルで頭を拭き、鏡で顔を確認する。すっぴんだからだろうか? 

 目は覚めているはずなのに、まだ少し眠たそうな顔に見えたので、頬をぴしゃりと打って気合を入れてみた。しかし。


 うーん……。やっぱ、なんかちょっと足りてなくない? もう少し盛っとくべき?


 なんだか気合が足りてない! 今日は、気合マシマシで行きたいのだ。

 だって、似非調娘は、ツキミちゃんの姿をしている。


 あれはもうなんだ……かわいさの暴走列車である。あのかわいさは誰にも止められるものではない。


 一方私は、素材からして別次元のツキミちゃんみたいにはいかない。

 私が似非調娘と張り合い、戦うためには、いろいろ小細工が必要なのだ。いろんな意味で。

 布団の前に戻り、バッグの中から鏡やメイク道具を出して、気合を入れ直す。


 よし! イケる! 戦闘準備完了!


 鏡に写った盛り盛りの自分を見ながら決意を固める。


 さあ、予定通り黄泉竈食の儀式はなんとか終わらせ、継子になる資格はえた。

 似非調娘も私も双方ともにこの儀式を完遂したがっているのだから、ここまではさほど苦もなくいけるであろう――とかなんとかナツメは言っていた。

 ある意味ではその通りだったが、体調的にはかなり苦しいものがあった。


 ナツメ……あの駄猫めー。なーにが苦もなくだっつーの……ぜんっぜん、話、違うじゃん。後で絶対文句いってやる。


 とにもかくにも、私的わたしてきにはこれで開戦準備が整ったわけだ。

 後は継白を選びさえすれば、いつでも継子になれる状態になったのである。


 やっと勝負の土俵に上がれたってことだ。

 ここからが本当の勝負。気合十分に、お気に入りのボストンタイプのバッグを腕にかけ、客間の扉を開けたのだった。




――あとがき――

第6章まで読んでいただきありがとうございます。

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