第8話 憧れの護衛依頼

「Cランクだー!!!」

「おめでとう~!」

「って、ミリアはBに上がってるじゃねぇか!」


 レイドとミリアと私、ギルドの入口近くでいつもの3人でわいわいと騒ぐ。先日のワイバーン討伐がきちんと評価されたのだ。

 と言うことは護衛依頼が解禁となる。


「お姫様の護衛とかしてみたーい!」


 自分が公爵夫人護衛される側だといことはすっかり忘れていた。


「それはもうちょっと後かしらねぇ」

「ミリアは護衛依頼引き受けたことある?」

「あるわよ~。やっぱり女の子の護衛は女がいいみたいねぇ」


 依頼人であるご令嬢が、ワイルドでたくましい冒険者に恋に落ちてしまうことが少なからずあるんだそうだ。


(吊り橋効果ってやつ?)

 

「Bに上がると護衛報酬もよくなるのよねぇ。たまには受けようかしら」

「依頼内容偏ってるとなかなかランクが上がらないんだろ?」

「そうよ~強いだけじゃダメなの~」


 そう言って2人はこちらに視線を向けた。


「総合的にも私すごいわよ!? 強さが目立つだけ!」


 まぁ飛び抜けて強いだけじゃダメだってことはよくわかったが。

 その時、急に2人がいなくなった。


「ぶわぁ!」


 目の前が真っ白になる。ついでに体中も。白い粉が上から降ってきたのだ。

 

「ごめんなさーい!」


 キッと振り返ると小さな女の子が半泣きで立ちつくしていた。


(うぅ……怒れないやつだ……)


 女の子は依頼した真っ白な染め粉を受け取った帰り、他の冒険者にぶつかり、それが私の頭上へ。


「まだまだ不意打ちには対応できねぇよな~」


 笑うのを我慢しているレイドの顔が腹立たしい。

 大騒ぎしたせいで女の子にぶつかった冒険者を締め上げ、もう一度同じ素材を取ってくるようさせた直後、遠くから私を呼ぶ声が近づいてきた。


「おーいテンペスト~!」

「なに!?」


 声をかけてきたのは、冒険者ギルドの依頼窓口担当ハイネだ。私の剣幕にも真っ白になっていることも全く気にせず話し続ける。


「お前に護衛依頼が来てるんだが~今から出れるか~?」

「今から!?」

「この間のワイバーンを狩った奴ってご指名なんだよ」


(やったー! さっそく名前が売れ始めてる!!!)


 悪いこともあれば良いこともあるもんだ。と、喜んだのも束の間。


(うそ!? うそうそうそうそ!?)


 旦那様だ。旦那様が目の前にいる。髪色を茶色に変えているが、間違いなく旦那様だ。変装する気あるのか!?

 依頼人は隣領からの商人だと聞いていた。途中の宿場まで護衛を、という依頼内容で。


(もうちょっとランクを上げてからバレる予定だったのに!!!)


 まあいい。とりあえず一端の冒険者を名乗れるCまでは辿り着けた。離婚を言い渡されてもどうにか生活はできるだろう。


「名前は?」

「……テンペストですが」


 嫁の名前も忘れたのか。


「……そうか。よろしく頼むテンペスト」


 初めて名前を呼ばれた。


 ん?


(いや……この感じは違う!)


 こいつ! 私って気づいてないな!? 


 なにこの初めましてな感じ。

 

 確かに今の私は旦那様と同レベル低レベルの変装状態。先程の染め粉によって、髪の毛と睫毛が真っ白に染まっている。専用の洗剤でないと落ちないらしく、依頼に間に合わないため後回しにしたのだ。

 だが髪色以外は何も隠していない。何も変わっていない。


(名前まで名乗ったのに!?)


 気づかないなんてある!? かれこれ数ヶ月同居してるんだけど!?


 ウィッシュ家は黒髪黒目の一族だ。何ものにも染まらない、と言う家訓じみた格言にも使われている。まぁ今は真っ白に染まっているが。


(旦那様、私の認識が黒髪だけなんじゃ……)


 領主としてどれだけ頑張っていようと、夫としては本当にどうしようもない男だ。妻の顔も覚えていないなんて。


 目も初めてあった。


(ムカつくくらい綺麗な顔だわ~)


 この顔で大体のことは許されてきたのだろう。まぁ私は許さないけどね!!!


「よろしくお願いいたします。


 きっちり偽名で呼んでやった。


「君は随分魔術が得意だと聞いている。誰か師はいるのか?」

「いいえ。独学です」


 護衛だと言うのに旦那様と同じ馬車の中へ乗るように言われた。それでようやくわかった。これは探りを入れられている。ワイバーンを倒した私がどういう人物か確認しているのだ。


(優秀な冒険者をできるだけ長く街に留めたいって話だったもんね)


 とりあえず、私は順調に冒険者としての伝説を作り始めているということだろう。


「それほどの魔術が使えるなら宮廷魔術師も目指せただろう。なぜ冒険者に?」

「冒険者が宮廷魔術師に劣るとは思えませんので。より自由に生きられる方を」


 はい失言~! 前世なら炎上確実~! 冒険者のおかげで栄えてる街だろう。なのにだと!?

 せっかく今日は目があうので、これでもかと旦那様を強気に見つめてやった。旦那様もいつもと違って見つめ返してくる。


(これで気が付かないんだもんな~)


 いったい毎朝何を見てるんだ。


「失礼。決して冒険者を低く見たわけではない。冒険者の方が生活は大変で危険だ。その上でどうしてか聞きたかった」


 淡々と答える姿が彼らしい。


 旦那様の言う通り、宮廷魔術師であれば冒険者よりは安定したお給金が得られる。だが宮廷魔術師は実家の爵位肩書きが全て。私の実家もそれほど悪いわけではないが、トップにのし上がりたければ王族でなければ無理だ。


「冒険者にはロマンがありますので」


 ニヤリと挑戦的に笑いかけてみた。


 ロマンか。と呟いた後、旦那様はぽつりぽつりと話しはじめた。業務的でない彼の言葉も珍しい。


「私も……冒険者に憧れていた時もあるのだ。今でも冒険者達を見て羨ましく思う日もあるよ」


(へぇ~それは初耳)

 

「いやしかし言い訳だな。君達に失礼な物言いをしてしまった。すまない」

「いえ。私も何も知らずに失礼を」


 素直に頭を下げられびっくりした。今の私はしがないCランクの冒険者。片やブラッド公爵。身分差が凄い。いや、今はトゥルーリー商会の商会長か。それでもやっぱり、旦那様が頭を下げるのは変なのだ。


「……なぜ冒険者になられなかったのですか?」


 沈黙に耐えられずについ聞いてしまった。いつもの朝食は平気なのに。馬車の中が食堂より狭いからだろうか。


「年の離れた兄が急死してしまってね。跡継ぎが私しかいなくて……私よりよっぽど領……商会を愛していたんだが」


 旦那様はポロっと自分の設定を忘れて領主としての顔がのぞきかけていた。


(おいおい! 今日はしっかり商人のままでいてくれよ!)


 いや、そんなことは今はどうでもいい。


(兄がいたなんて知りませんが!?)


 仮にも公爵家だ。社交界への露出も多い。私は社交界と縁がないが、それでもブラッド家の概要くらいは知っていた。彼は1人息子のはずだ。兄がいたなんて一度も聞いたことがない。


(え? これは商人としての設定? それとも私の知らない兄がいたの!?)


 頭の中になんとも言えない気持ちがぐるぐると渦を巻き始めていた。普通に気になる、その『兄』のこと。

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