第6話 真夜中のお喋り

 今日はミリアと2人でダンジョンに潜っている。珍しい魔草の採取依頼があったのだ。それはダンジョンの中の薄暗い場所にだけ生える苔だった。


「これねぇ~」

「なんか……光ってる?」


 いったいどんな効力があるかは謎だが、これも急ぎの依頼ということで報酬金額が高い。ガリガリとナイフで削りとって袋へと入れていく。これを持ち帰れば依頼完了だ。


「来たわよぉ」


 ミリアがすぐさま斧を構えて体制を整えた。耳を澄ますと、ゴゾゴゾと地面を擦りながらなにかが近づいてくる音が聞こえてくる。


(どうやって気配を察知してるんだろ)


 私も彼女に習って戦闘態勢に入る。もちろん今回はこの時点で防御魔法を張り、敵がどこから攻撃をしかけてきても問題ない。


「うわっ!」


 バシャっと毒液が防御魔法に吹き付けられた。そしてジュウジュウと防御魔法を溶かし始める。かなり強力だ。


「ヴァイパー!?」

「あら~あの牙は高く売れるわぁ」


 ワニとコブラが合わさったような姿の魔獣が現れた。


「頭と尻尾を落としましょう~胴体の皮はなるべく傷つけずに広範囲持って帰りたいわ~」

「了解!」


 おっとりとなかなか過激なことを言うのがミリアだ。彼女は病弱な母と妹弟へ金を送るために冒険者として頑張っている。そのせいか魔物の買取価格は部位別で覚えていた。


「頭は私が!」

「ありがとう~」


 毒液があるなら魔術が使える私が対応する方がいい。巨大な体に2人で向かっていき、一気に倒しにかかった。


「テンペストといると自分が強くなった気になっちゃうわぁ」

「実際ミリアは強いじゃん」

「こんな一瞬じゃ無理よぉ」


 ほぼ同時に私は風刃を回転させ首を切りおとし、ミリアは斧を振り下ろしただけで硬そうな尻尾を真っ二つにした。そしてミリアはそれをとても手際よく解体していく。


「お腹のこの部分はね~刃が通るのよ~」

「勉強になります」


 ミリアはウフフと優しく笑う。先ほど斧を振り回していた彼女とのギャップが凄い。


「本当にいいの~? 後から返せないわよ~?」

「私だけなら粉切れにして値段つかなくなってたし、勉強代分は払うわ」


 ミリアの言う通り、ヴァイパーの素材は良い値段で引き取られた。通常冒険者は報酬は均等に分ける。だが今回は8対2で支払金額を分けた。


「……ありがとう。助かるわ」

「ん。次もまたお勉強させてください」

「フフ……そうしましょうね」


 昨日、ミリアの母親の状態が良くないという話を小耳にはさんでしまったのだ。母親の病気に有効な薬は高価という話だから、いくらあっても足りないのだろう。最近彼女が無茶をして高額の依頼や素材ばかり集めていた理由がわかった。


 今日は少し屋敷へと戻るのが遅くなった。辺りはすでに真っ暗だ。


「あら。旦那様の部屋、まだ灯りがついてるわね」


 屋敷の玄関から執務室の方を見上げる。


「最近またお忙しいそうですよ」


 エリスが慣れた手つきで私の冒険者用の荷物を受け取ってくれた。最近はもうごちゃごちゃ言わない。


「領主の鑑ね~」


 屋敷中が寝静まった後、私は珍しくこの屋敷の中で少々やることがあった。コッソリ部屋を抜け出し、屋敷の温室へと向かう。ここでは薬草も栽培しているのだ。私はその中の1つを少々いただきにきた。


(オキニセスの木、見た記憶があるのよね)


 ミリアの母親が使う薬に必要な薬草の1つだ。調べてみると、この時期はこの薬草がなかなか手に入らない為に薬の供給量が減り、価格も上がっていることがわかった。


(好きにしていいって言うくらいだから、ここの葉っぱを少し貰っても文句は言われないでしょ)


 ダメだと言われたら困るのでもするつもりはない。バレても面倒なので、月明かりだけを頼りに温室内を徘徊する。今日が満月だったのはラッキーだ。


(ん?)


 温室に設置されたテーブルとイスの側で小さな灯りが付いているのが見えた。見張りでもいるのかと、そろりそろりと近づく。何と言っても私は公爵夫人。それなりに権力はある……はずだ。


「誰だ」


 げっ! という声を我慢した自分を褒めなければ。


「……テンペストでございます」

「こんな夜更けに何故……いや、好きにしてかまわない」


 旦那様だ。自分の言った言葉を覚えているのか、追及はしてこない。表情までは見えないが、ぐったりとイスに体を預けている。


「では薬草を少々……」

「ああ」


 これで気が楽になった。超貴重なオキニセスの葉が減っている! と大騒ぎになっても、この屋敷の主人が許可済みなのだから。

 私はブチブチと葉をちぎって布袋の中に入れていく。


(このくらいでいいかな……?)


「薬に使うならその倍必要だ」


 急に声をかけられてビクっと体が震えた。私の手が止まったのが音でわかったのだろう。目は瞑ったままだ。


「よろしいので?」

「かまわない。またすぐに葉は茂る」

「では遠慮なく……」


 言われたお通り葉をちぎり、袋はパンパンだ。これで少しはミリアの役に立てるだろうか。


 そのまま帰ろうとすると、顔色の悪い旦那様が月明かりに照らされて見えた。


「……少々失礼いたします」

「?」


 私は彼の背もたれの方に立ち、肩をもむようにヒールをかける。夫としてはクソ野郎だが、領主としては頑張っているようだし、なにより借りを作りたくない。


(肩、こってますね~)


 なんて冗談ぽく言える間柄になれたらよかったのに。


「それではお先に」

「……助かった」


 相変わらずこちらの方を見ることはなかった。

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