第2話

 僕が助けた少女であるサーシャ。


「……ッ。美味しそう」

 

 彼女と共に僕が入学試験を受けるため、学園の方へと向かっていた。

 

「待ってください!時間ないんですよぉ!」

 

 美味しそうな匂いがする屋台に吸い寄せられるようにしてふらふらっと足を動かす僕をサーシャが慌てて止める。

 

「むぅ」

 

 美味しいものを食べる。

 人類三大欲求の一つである食欲を満たす……これの何がいけないと言うのか。

 

「むぅ、じゃないですよ!本当に時間がないんです!早く行きますよ!」

 

 だが、サーシャはそんな僕のことを急かす。

 

「今日。死ぬかもしれない……なら、人生にゆとりを持ち、楽しく暮らす。これ、大事」

 

「ノーン君がふらふら歩き回るせいで時間がないんですよ!受験の開始時間に遅れてしまいそうなんですよ!」

 

 サーシャは僕が教えた僕の偽名を呼びながら僕を叱る。

 

「美味しい食べ物を売っているお店がいけない。異端審問にかけた方が良い」

 

 僕は叱られるほど悪いことはしていないだろう。

 悪いのは美味しそうな匂いを常に漂わせている屋台の方だと思う。

 

「はいはいそうですか!早く行きますよ!」

 

 サーシャはそんな風に駄々をこねる僕の手を引っ張ってずんずんと先へ先へと進んでいった。


 ■■■■■


 しばらくの間、サーシャに引きずられる形で歩いていると僕たちは一つの大きな大きな建物に辿り着いた。


「着きましたよ」

 

 サーシャはその建物の前に立ち止まり、目的地への到着を告げる……ふむ。

 全然地図と場所違うではないか。

 まさか爺ちゃんが地図も書けないほどに衰えていたとは……後で叱ってあげないといけないのかもしれない。

 あの爺ちゃんも色々ときな臭い教会のトップに立っているのだ。

 しっかりしてもらわないと困る。

 

「……私、大丈夫かな」

 

 僕がそんなことを考えていると、ここにまで僕を案内してくれたサーシャがポツリと呟く。

 

「何が?」

 

「いや、あの、その、こんなたくさんのお貴族様がいる中で私のような平民なんかが受かるかどうか……」

 

 学園と思われる巨大な建物の入り口、校門の周りへと集まっている多くの貴族たちを眺めながらサーシャは弱々しい声で話す。 

 

「問題ないだろう。僕はスラムの孤児だが、必ず受かる。スラムの孤児である僕が受かるのだから、平民であるサーシャも受かるよ」

 

 サーシャから感じる魔力量は貴族に匹敵するどころか、普通に貴族の中でも天才と呼ばれるほどだ。

 これほどの才能であれば落ちるほうが難しい……この国の学園は血統主義ではなく徹底された実力主義。

 権力がほとんど介入されない珍しい場所なのである。

 

「は、ははは。ノーン君のその絶対の自信は何なんですか……そう、ですね。迷っていても仕方ありませんよね」

 

 サーシャは僕の言葉に対して苦笑を浮かべながらもやる気を少しずつみなぎらせていく。

 

「ん」


「私!頑張りますよ!」

 

「ん。その意気」


 僕はやる気に漲らせるサーシャを見て満足げに頷くのだった。

 

 ■■■■■

 

 国立国教騎士学園における入学試験は全部で3つ。

 

 筆記試験、魔法試験、物理試験。

 

 合否をこれらの合計点で決めるのだ。

 とはいえ、この学園は落ちる方が珍しいが、貴族の連中は大体受かるし、ここの学園の入学試験を受ける権利を与えられるような平民は誰しも何らかしらの天賦の才を有している。

 平民は入学試験を受けられると判断され、学園の門を叩く権利を認められた段階でほぼほぼ合格に値する才能があると判断されていることが常である。

 ゆえに貴族も平民も基本的に落ちることはない。

 

「こちらが筆記試験会場となります」

 

 そんな試験において、まず僕は筆記試験のために教室に連れて行かれた。

 そして、何故か僕が案内された教室は僕一人しかいなかった。


「……ん?」

 

 何故僕は一人なのだろうか?

 

「それではここでしばらくお待ちください」


 何故、他のクラスには多くの受験者がいる中、僕一人だけが別教室で一人なのだろうか?

 それを聞こうとするよりも早くにここまで案内してくれた男性が僕の元から足早に立ち去っていく。


「……ひどい」

 

 僕が現状に対して首を傾げながら教室で一人待っていると、白髪と白髭を蓄えた一人の老人が教室の中へと入ってくる。


「失礼しますのじゃ」

 

 その老人と直接面と面向かって顔を合わせたことはないが、それでも僕にはその風貌には見覚えがあった。


「……学園長?」

 

 その老人の相貌を確認した僕はぽつりと言葉を漏らす。

 間違えているはずがない。教室の中へと入ってきた老人は紛れもなくこの学園の頂点に立つ学園長だった。

 

 どういうこと……?

 学園長は仕事で忙しいはずだ。

 学園には通常業務に加えて、僕らの組織の方から幾つも仕事の数々があるはず……こんな試験如きに顔を出していて良い人ではないはず。

 なんでこんなところで試験監督なんかやっているんだ?

 

「……テスト用紙をお配りするのじゃ」

 

 そんな僕の疑問をよそに学園長は震える手で僕にテスト用紙を渡し、試験の開始を告げる。


「……むむぅ」


 色々と疑問点はあるが、それでも僕は自分の疑問を隅に追いやりテストに取り組む。

 一応合格は確約されているとは言え、試験であるのだから真面目に受けた方が良いだろう。

 

「……」

 

 ということで本気で試験に取り組んだ僕であったが、まず初めに出てくる感想は難しくない……?ということである。

 

 歴史と地理は理解できる。

 それらに関してはしっかりと教育も受けているし、仕事でも使うために詳しく知っている。

 

「……うぅ」

 

 だがしかし、他の教科が全然わからなかったのだ。

 他の教科のほとんどの問題を解くことができなかったのだ……もはや問題文の意味すらも理解出来なかった。

 こんな問題を解ける人が同年代にいるのか。

 

 そう考えると心が震えた。

 僕はこの学園入って大丈夫なのだろうか……?

 よくよく考えてみれば僕は算術などの教育をまともに受けた記憶はない……もしかして、僕ってば結構馬鹿だったのだろうか?

 こ、このままでは将来結婚してくれる彼女を作る前に授業を理解するのに追われて作る暇なんかないのではないか。


「……」


 そんなことを考え、僕は一人。

 内心、震えるのだった……最悪ずっと学園に拘留されることもありうるの、か?


 

 

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