ろくでなし、半端な青春

ぽりまー

第1話

 大人っぽいことがしたい。大学受験という戦いを終え、晴れて大学生になった俺は、そんなことを思っていた。だって今年で十九歳だぞ? もうほぼ大人の仲間入りをしている年齢だ。多分同い年の奴は皆そう思っているはずだ。

 では大人っぽい事とはなんだろうか。お洒落なバーで綺麗な女性とお酒を飲むとかが例に挙がるだろうが、そういうのはまだまだ早い気がする。そもそも俺まだ酒飲めないし。それよりも、ちょっと悪いことをするみたいな方向性がいいな。例えばたばこを一本吸ってみるとか、本屋とかにある暖簾の向こう側に行ってみるとか、そういう手を出しやすくて、高校生までの俺の手が届かなかった様な事からいきたい。まあ、たばこもまだ出来ないんだけどね。

 そこで、俺は今からでも出来るちょっと大人っぽいことを思いついた。パチンコだ。あれは十八歳以上しか入れないが、俺はその条件をクリアしている。更に、イメージ的になんだか悪いことしてる感じがする。よって大人で悪っぽく、条件にぴったりだと思うわけよ。

 というわけで、俺は今、パチンコ屋の前に来ている。国道沿いにあるパチンコ屋で、まあデカい。地域最大級と書いてあるのぼりが沢山あるが、そうであるならばデカくて当然だな。

 高校の時から隠れて乗っているリトルカブを駐輪場に停めて、パチンコ屋の入り口に立っている。あ、カブは高校に黙って乗ってた訳だが、高校は原付の免許を取る事すら禁止だった。でも別に不良とかだったわけじゃない。無いとちょっと不便だからだ。別に自転車でも良かったが、やはり漕がなくて良いのは強い。高校の近くに住んでる友達に頼んで、家に原付を置かせてもらい、自宅から友達の家まで原付で、そこから歩いて登校したものだが、いやー懐かしいな。

話を戻すが、今俺はとても緊張している。心臓バクバクだ。財布には一応一万円入れてきてはいるが、足りるのだろうか。

 いや。せっかく来たんだ。こっから帰るってのもアホらしいし、飛び込んでみれば案外行けるだろ。そう自分に言い聞かせて、俺は自動ドアを反応させた。

 外は大量の車がすぐ近くを走っていたのでうるさかったが、店内はそれを軽く超えるレベルの爆音だった。こんなにうるさいのか。きっと大きな声を出さないと会話出来ないだろうな。

 店内は全体的に明るい。明る過ぎて眩しい位だ。入店してすぐ左側にカウンターがあり、その反対側にパチンコの台がいくつかの二列配列のブロックに分かれて無数に並んで、ピカピカ光っている。

 ここで思い出したのだが、俺パチンコのやり方を知らなかったわ。まあ初めて来たし、当然なんだけど、調べてこなかったのが悔やまれる。ただまあここで突っ立っててもしょうが無いので、とりあえずどれか適当な台に座ってみることにする。出来れば既に座っている人の隣に座って、どうやってるのかを見ながらやるのが良いな。

 いくつか店内を回って、台を見る。「空のヒストリー」って台が結構多いな。まあ初心者の俺ですら知ってるくらい代表的なやつだし人気なんだろう。動画サイトとかで見たことがある位だし。あ、あとおじいちゃんおばあちゃんがやってるっていうイメージだ。

 三ブロックほど見たところで、俺は最近の記憶にも新しいパチンコの台を見つけた。歌って戦うという設定が印象的なアニメの台だ。これは有名な芸人がネタで真似していたのを見たことがあって、結構印象深い。

「これでいいか」

 俺は複数ある台の内、人が座っている台の隣の台に座ることにした。背もたれのついた黒い椅子に座り、台と向き合う。さて、隣はどんなものか。

 隣を見てみると、台よりも先に打っている人に目がいってしまった。びっくりするぐらい美人だったからだ。二重のはっきりした目、高くて筋の通った鼻、綺麗な色と形をした唇と、可愛い系というより美人系というイメージの整った顔立ちだ。それに座っていても分かるくらい足が長いし、きっと身長も高くてモデルみたいに綺麗なんだろうなと予想できる。

 しかし俺はドキッとはしなかった。いや、決して俺にそっちの気があるわけじゃ無いぞ。その女性は、髪の毛が少し痛んでいるように見えるし、金髪に染めていたのだろうが、しばらく染め直していないのか生え際から少し進んだあたりまでが地毛の黒になっている。そして服装は着古してそうな黒いジャージとサンダル。どうみても美容に気を使ってい。いや、気を使える金が無いんじゃないか? どことなく金回りが悪そうな雰囲気だ。だから、「美人さんだ!」より、「ヤバそうな人だ!」が勝ってしまう。勿体無いなあ。

 そんなヤバ美人さんは、死んだ魚のような目で台の画面を見つめている。やがて玉を全て打ち切ると、俺の方に顔を向けてきた。

 目があった。ドキッとしなかったとは言ったが、流石に顔をしっかり合わせると、少し恥ずかしいというか、照れくさいというか。

 しかし凄く俺の目を見つめてくるな。死んだ魚のような目から涙ぐんでうるうるとした、何かを訴えるような目に変わってもいる。なんだろう、絶対違うけど、もしかしたらほら、所謂一目惚れされて……みたいな。まあ無いか。もしそうでもこの人はなんかヤバそうだし。いやでももしかしたらあるかも知れない。

「頼む。金貸してくれ!」

「あ。え?」

 そんなあるはずも無い想像をしていた俺に、そのヤバ美人さんは俺の想像をいろんな方向で超えてくるような事を言ってきた。

 びっくりして言葉が出なかった。なんて言った? この人。いや、いったん落ち着こう。…………うわ、マジでヤバい人じゃん。変なのに絡まれたんだけど。やっぱりこういうちょっと悪そうな所には悪い人が集まりやすいんだろうか。いやえぐいって。

「頼む!」

 ヤバ美人さんが頭を下げて言ってくる。

「いや、どういうことですか?」

「あ、そうだよな。お前、名前は?」

「え。藤井拓也ですけど」

「拓也だな。私は稲葉香澄。よろしく」

 さっき稲葉香澄と名乗ったこのヤバ美人さんは、俺の手を強引に掴み、握手してくる。どう見ても頭のおかしそうな人なのにドキッとしてしまった俺の女性耐性の無さが憎い。

「はい握手。これであたしと拓也は友達な! ツー訳で、金貸してくれ」

「いや、そうはならんでしょ」

 いやマジで何言ってんだこの人。もう勘弁してくれよ本当に。

「いや、友達になったらいけるかなーと思ったんだけど」

「友達相手でもそうそう貸さないと思いますけど。それにまだ友達じゃ無いですし」

「ま、なんでもいいけどよ。金は貸してくれ!」

「無理ですって!」

 今ちゃんと無理だって言ったのに、この稲葉さんとか言う人、全然引き下がらない。……困ったな、こんな所来るんじゃ無かった。

「あ。そういえばお前初めてか?」

 稲葉さんは何か思いついたのか、急にそんな事を聞いてきた。

「え、まあそうですけど」

 俺がそう返すと、稲葉さんは含みのある笑みを浮かべた。……え、これパチンコが初めてって事だよな。もしかしてアレな経験があるのか聞かれたのか? だったら素で答えちゃったよ恥ずかしい。 いや、そんなはずはないか。文脈的に違うもんな。それに仮にそうだったとしても別に間違いじゃ無い、残念だが。いや、そういう、こう、エ……アレな経験をさせてやる代わりに金よこせ的な感じか?

「じゃああたしが教えてやるよ」

 え、もしかしてマジでアレなやつ⁉ お、落ち着け。そんな都合良くそういう話になるわけが無いだろ。え、いやでもマジでワンチャンあるか? 俺、早くも大人になっちゃうのか⁉

「パチンコの打ち方をよ」

 ほらな。まあ分かってたけども。いや、打ち方も知りたかったし、良いんだけどさ。まあそうそう上手い話なんか無いわけよ。いやいや、やりたかったわけじゃないよ?

「なんだよその顔。残念そうにしやがって」

 稲葉さんは怪訝そうに俺を見てくる。変な事考えてたとか思われないようにパッと適当に返事しとこっと。

「あ、何でも無いです」

「あ、そう。まあ教えてやるよ。じゃあ一回お金貸してみ?」

「だからそれは無理ですって」

「まあまあ。やり方教えてやるだけだって。千円分しか使わないから、な?」

「良く分かりませんけど、それなら」

 やり方を教えてくれるだけみたいだし、千円は授業料と見ればまあよし、というところか。そう思って俺は財布から一万円札を取り出し、稲葉さんに渡した。


 結局、その行動は間違いだった。あの人、千円とか言っときながら、「いやこれは当たる」とか「もうちょいなんよ」とか言いながら打ち続けて、とうとう全額もっていってしまった。そしてそんな稲葉さんは、店の外の喫煙所でプカプカたばこを美味しそうに吹かしている。罪悪感とか無いのかこの人は。

「なあタク」

 そんで何故か既にタク呼びになってるし。なんて人だ。

「お前、もう少し人を疑った方がいいぞ」

「一番言って欲しくない人が言わないでください」

 俺がそう言うと、稲葉さんは「そりゃそうだ」とケラケラ笑う。本当に笑顔がもの凄く綺麗だ。だが他がなあ。あと一万円の恨みの方が大きい。

「一万円、返してくださいよ」

「分かってるって。けど今日は無理だぞ、金ないし。あ、そうだ。連絡先交換しとこう。そうすれば金で来たときに返しに行けるだろ。あ、でもそうすると催促の電話とかきそうでめんどいな」

「交換しましょう」

 俺は食い気味に返す。絶対一万円返して貰う、そのままサヨナラでは逃がさん。

「お、おう。交換するか。絶対返すからよ、早くしろとか連絡そんなしてくんなよ?」

 稲葉さんはスマホを取り出し、連絡を取り合えるアプリを起動させる。

 こうして俺は、人生で初めて親親族以外の女性の連絡先を手に入れた。借金の取り立て用だけど。

 だがまあ、多分返ってこないだろうな。こういうのって大体そんな気がする。こんな変な人が世の中にはいるという経験への授業料だと思えば、少しは気が楽か。

うーん。俺が思っているより、大人というのは危険で厳しいものなのかもしれない。




大学生になればアルバイトをする。高校生からやってる人もいるだろうけど、校則で禁止されてる事が多いからやらないか隠れてやるアルバイトだが、大学生はそんな校則も無く、遊ぶことも増えるのでほぼ必ずアルバイトをする。

 だから晴れて大学生になった俺は、アルバイトを探した。探した職種は、車が好きで一度やってみたかったガソリンスタンドだ。楽らしいので出来ればセルフが良かった。

 原付を持っているので多少遠いところまでは行けるが、出来れば遠くても十五分圏内が良い。

 と、条件を絞って探してみると、幸運にも一つ良いところがあった。大学付属高校が面している長い坂をずっと下っていったところにある交差点の角に位置するセルフガソリンスタンドだ。家から原付で約十分と近く、時給も良い。そこで俺はすぐに応募し、そして見事採用された。此処まではパチンコ屋に行く少し前の話で、今日はその初出勤日だ。

 制服は着てきても休憩室で着替えてもどちらでも良いと所長さんが言っていたのだが、制服でその辺をうろちょろするのもどうかと思い、とりあえずは早めに行って着替えることにした。

 ガソリンスタンドに着いてから、邪魔にならないよう端のほうに原付を止める。挨拶も無しに休憩室で着替え始めるのは流石に良くないかと思い、俺は所長を探した。休憩室が何処か分からないし。

 所長はピット内で車をいじっていた。客の車のオイル交換でもやってるのだろうか。

「おはようございます!」

 俺が挨拶すると、所長は忙しいのか作業したまま「おう」とだけ返した。

「休憩室ってどこですか? 着替えたいんですけど」

「あ? ああ、右の方にあるぞ」

 所長は最低限の事だけ言って、また作業を始めた。いや、右の方と言われても分かんないって。

 いや、分かったかも知れない。右の方へ実際行ってみるとドアが一つだけあったから、きっとこれのことを行っているんだろう。入ったら不味い所なら謝ればいいや。そんな軽いノリで、俺はドアノブに手を掛ける。

「あ、先に着替えてるやつがいるから気ぃつけろよ」

 所長がピットから大きな声を出した。……もう少しで開けそうだったぞ、危ないなあ。

「着替え終わったぞー」

 外の会話が聞こえていたみたいで、中から誰かが教えてくれた。なんか聞いたことある声だったな。

「じゃあ入りますよ」

 俺は今度こそ休憩室の扉を開けた。

 中はそこそこ綺麗だ。でも煙草臭いな。奥によくわからない機会とシンクがある。あとはウォーターサーバー、冷蔵庫、電子レンジ、簡易机があり、休憩や昼飯を食べるくらいなら全く困らなさそうだ。

「ゲッ」

 という声が聞こえた。そういえば休憩室の内装に目が行ってて中にいる人をよく見てなかったな。まああとでいくらでも自己紹介するだろうし、後でいいかなって気もあったんだけど。てか何が「ゲッ」だ、失礼だろ。

 そんな失礼なやつの顔を拝むため、俺はその人の方へ目を向けた。

「あっ」

 そして思わず声が漏れてしまった。ごく最近に見たことある人だったからだ。

「あー、いや……」

「一万円返してください」

「うぐ……。やっぱそうなるよなぁ」

 俺はあの時の稲葉さんの仕打ちを忘れてはいない。俺がパチンコデビューするために持ってきた一万円を全部使いやがったのだ。だがここであったが百年目! というやつだぜ。

「お、おっけーおっけー。でも後でな」

「後っていつですか」

「今は無理だ。すぐ仕事だし金がねえ。ほんとごめんけど、もうちょい待ってくれ。な?」

「うーん」

 ない袖は振れんてことか。じゃあ仕方ないのか?

 なんて考えてたら逃げられてた。……取り立てていつかしっかり返して貰う。

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