38話 飯は大事

結果からいうと、勝負は俺たちの勝ちだった。


俺たちの方が先に帰っていて、獲物に逃げられた二人が戻ってきた。


「もう! アイザックさんがガサツだからですよ!」


「姉御! すまねぇ!兄貴の愛人に迷惑をかけちまった……こいつは腹を切って詫びるしか」


「腹を切るんじゃない」


「切らないでください」


この二人も一緒にいることは少ないから、今回は良い機会だったかもな。

戦闘面でも領地の幹部として、これから長い付き合いになるわけだし。


「ニール、アルスとはどうでしたの? 何か無茶なことを言われたり……」


「おい、俺をなんだと思っている?」


「貴方は、時折変なことをしますわ」


「そうか? ニール、俺たちは相性が良くて上手く狩りができたよな?」


「ひゃい!? わ、わたしは、その……」


何故か、ニールの顔が赤くなっていく。

俺は何か、変なことを言っただろうか?


「アルス! ニールに何をしたんですの!?」


「むむむっ、ご主人様! これは何やら嫌な予感がします!」


「お、俺は何もしてない!」


「では、何故ニールの顔が赤いのですか! 貴方のことです、また無自覚に何かしたのではありませんの?」


「そうですよー、ご主人様に無自覚に女性を口説きますから」


「そんなことしとらん!」


ニールを見るが、オロオロして使い物にならない。

あの勇敢な狩人はどこに行った?

あの狩りで仲が深まったのではないのか?


「まあ、兄貴は無自覚に男も口説きますし」


「ふむ、それはわかる。我々も主人に口説かれたようなものだ」


「まあ! 男の人まで!」


「ご主人様ったら!」


「ええい! ややこしくするな!」


結局、ニールが何も言わないので俺は酷い目にあった。


……あれ? 俺って勝者なのでは? どうして、こんな目に遭っている?


……アイザックと組んだ方が良かったのかもしれん。





アイザックが料理を作っている間に、みんなで手分けして残りの魔石を発掘する。


流石に前回では一気に持って帰ることはできなかった。


「あれですよね。運搬についても考えないと」


「その辺りもドワーフ頼りになるか。荒地でも走れる荷馬車を作って、森の中を整備すればいけると思うが」


「あとは、本当に森周辺に村でも作っちゃうかですね」


「多分、両方ってことになるとは思う。幸い、ここまでの街道整備はできてきた。あとは建物を建てるなり、人を集めていけば良いだろう」


「各方面にある関所はどうするんですか? 西には祖国アスカロン、南にはわたしの祖国もある亜人国家エデン、東には教会がありますし」


そう、これからはそこも含めて考えなければいけない。

流刑の地とはいえ、当然各国から監視はある。

今は良いとはいえ、いずれ何かしらの接触は測ってるかもしれない。


「そうだな……いずれは、耳に入るだろう。その時の対策は立てるべきか。俺としては、平和に行きたいが」


「えへへー、そんなこと言わずに……征服しちゃいます?」


「しねえよ! 物騒なこと言うなって!」


「えぇ〜? でもでも、攻めてきたらどうします?」


「攻めてくる……のか?」


俺が大地を、魔の瘴気から癒しているとはいえ……この広い大陸全部ってなると、数年どころじゃ効かない。

ここが豊かになるのは、数十年先の未来の話だ。

そもそも、俺が生きているうちにやれるとかどうか。


「だって街道が出来て、町や村が出来て、産業とかもあったら……気にはなりますよね。瘴気があるから、教会はエデンとかアスカロンに攻め込まないわけですし」


「……それはあるな。しかし、今更蒼炎を止めることはできん。そうなると、教会とエデンには注意を払っておくか」


「アスカロンは良いんです?」


「流石に弟が王位を継いでるうちは馬鹿な真似はしまい。そんなことになったら……俺が何

のために必死になったのかわからない」


記憶を思い出してから数年、俺が生き残りつつ国を滅ぼさないように徹してきた。

もし、アスカロンが俺を倒そうと動くなら……その時は。


「ご主人様……大丈夫です! 私達がいますから!」


「おいおい、不安にさせたのはお前だろうに……だが、備えあれば憂いなしか。その辺りの対策も練るとしよう」


「ですね! そのためにはダンジョンを見つけないと!」


「そうだな。ダンジョンがあれば、色々なことが早く進むことになる」


そして、丁度作業を終える頃……アイザックの方も準備ができたようだ。

なぜなら、鼻腔をくすぐるいい香りがしてくるからだ。

案の定、戻ると……夕食の準備が整っていた。


「兄貴っ! お疲れ様です!」


「アイザックもな。おっ、今日は鹿焼きか」


「へい! 元々脂が少ないんで、油をひいて焼きすぎないように気をつけましたぜ」


「うんうん、色もいいし美味そうだ。アイザックは、相変わらず料理が上手いな」


「へへっ、あざっす! ですが、これも物の状態が良かったからですぜ。兄貴とニールのおかげってことです」


その切り口はほんのり赤く、まるでローストされたような感じだ。

鹿肉は脂肪分が少なく、淡白で癖がないのが特徴だと聞いたことがある。

焼きすぎると肉本来の脂が出てしまい、硬くなってしまうとか。

ある意味で、料理人の腕が試される食材だという。


「ほら、イチャイチャしてますよ」


「まあ、男同士ですわ……」


「そういう世界もあるんですね」


「聞こえてるからな? そんな世界線はねえよ」


前の世界でも、友達と仲良くしてたら女子がキャーキャー言ってたのを思い出した。

どこの世界でも、変わらないものはあるってことか。

その後、見張りも呼んでみんなで食事を囲む。


「それでは、ひとまず無事に拠点までつけた。明日以降、ダンジョンを探すための英気を養うとしよう。それでは……いただきます」


「「「いただきます!」」」


「兄貴、まずはそのままで召し上がってくだせい」


「ふむ、それでは……ほう」


思わず、口から息が溢れた。

しっとりとして柔らかい鹿肉、それでいて野性味を感じる味わい。

まさしく匠の技でないと、この味は出ない。

焼きすぎても硬くなるし、生過ぎてもいけない……絶妙な塩梅だ。

何より、ニールに従って良い仕留め方をしたからだろう。


「ど、どうすっか? こっちに来てからは、より研鑽を積んできたんですが……」


「美味い——語彙力がなくてすまないが、とにかく美味い。戦闘面でなく、こっち専門にしてもいいくらいだ」


「うしっ! その言葉さえあれば良いっす! へへ、戦いもしっかりやりますぜ」


「ああ、そうしてくれると嬉しい助かる。全く、探索には欠かせないな」


「では、あとはお好みで醤油か味噌をつけて召し上がってくだせい」


「ああ、そうしよう」


次に醤油をつけて食べてみる。

すると、噛むほどに口の中で脂が醤油と共に溶けていく。

次に味噌をつけて食べてみると、こちらは米が欲しくなるような味がする。


「ほら、どうした? フーコも食え」


「……コーン……」


尻尾が垂れ下がり、落ち込んでいる。

どうやら、洞窟についてすぐに寝てしまったことを反省してるらしい。

狩りにも出てないし、食べて良いのか迷ってるかもしれない。


「食べて良いんだよ、ここまで頑張ってついてきたんだ。次は、もう少し楽にこれるだろう」


「……はぐはぐ……コンッ!」


「おっ、美味いか。よしよし、沢山食べて明日頑張るといいさ」


ふと女性陣を見ると、物凄い勢いで食べていた。



「ん〜!! 私は味噌ですかね!」


「私は醤油ですわ。さっぱりとして、とても上品な味わいがしますの」


「どっちも美味しいですぅー!」


「まだまだあるんで、どんどん食べて良いっすから!」


女性達は作り気もなく、アイザックに肉を焼かせている。

別に女性だから料理しろなんて、時代錯誤なことをいうつもりはないが……これはちょっとなぁ。

そんな女性陣達の姿を見て、俺は思わずアイザックの方を掴む。


「あ、兄貴?」


「お前を仲間にしてよかった……よくぞ、俺についてきてくれた」


「も、勿体ないお言葉ですぜ! これからもついていきやす!」


「ああ、お前だけが頼りだ」


「あれれー? おかしいですねー?」


「なんですの? ……私も料理を覚えたほうがいいかしら?」


「はわわっ……熱い友情ですぅ」


何やら三人が言っているが気にしてはいけない。


それほど、飯というのはスローライフにおいて大事な要素なのだ。





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