第2話 ジャックと聖の穏やかな日々

 夜通し家を守るジャックは、一睡もしないまま聖の身の回りのケアも担当する。まずは当然のように朝の目覚ましだ。彼がまだ布団にしがみついている時に、ジャックは頭部を外して耳元で甘くささやく。


「起きてください、朝ですよ」

「むにゃ……もうちょっと」

「ふむ。では、私が添い寝いたしましょう」


 ジャックはそのかぼちゃの大きく開いた口からおぞましい気配をまとった生ぬるい息を吹きかける。常人にはただの人肌温度の微風にしか感じられないものの、霊感のある人にはかなりの嫌悪感を抱く代物で、聖はひどい頭痛を覚えてしまうのだ。


「やめろやああ!」

「お、起きましたね」


 彼が目を覚ますと、そこにはかぼちゃの置物が至近距離で転がっている状態。いきなり目前に広がるシュールな光景に、彼は顔を青ざめさせながら叫び声を上げる。


「うわあああ!」

「んふふ。もう二度寝は出来ませんね」


 聖は脅された腹いせにジャックの顔を掴んで放り投げた。しかし、人の頭部ほどあるかぼちゃは空中で彼の両手がキャッチして合体。すぐに腰に手を当てて、ドヤ顔を披露する。


「さ、起きたら支度して。朝食にしましょう」

「起こすのはいいけど、普通に起こしてくれ」

「それじゃあつまらないでしょう?」


 ジャックは腕を組んで右手の人差し指を天井に向ける。そんな感じで、彼はいつも聖をからかって日々を過ごしていた。



 ある日の事、勉強の様子を見に来たジャックに聖は振り返る。


「ねえ、ジャックはどうやって父さんと知り合ったの?」

「知りたいですか?」

「教えてよ」

「そうですねえ……アレはまだ私がただのかぼちゃだった頃……」


 彼いわく、市場で適当な大きさのかぼちゃを見つけた瑞希は、それを買ってハロウィンの置物にしたらしい。最初は何の力もないただのかぼちゃ。上手く顔が彫り上がったところで瑞希を襲う悪霊が宿り、彼を殺そうと襲いかかったのだとか。


「実は、それが私なのでございます」

「じゃ最初は悪霊だったの?」

「今でも悪霊ですよ?」

「えっ?」


 ジャックは意味ありげにクククと笑いながらその作り物の顔を小刻みに揺らす。それがまるでバカにしているのかのように見えて、聖は頬を膨らませた。


「真面目に聞いてんだよ!」

「私も真面目ですとも。それに、今はマスターの忠実なしもです。ご安心を」

「悪霊なんて言われて安心出来る訳がないよ」


 相変わらず不機嫌そうな彼を見て、ジャックはまたクククと不気味に笑う。本心の見えないカボチャ頭に、聖は不信感だけをつのらせていた。


 聖が寝ている間がジャックの本来の仕事の時間ではあるけれど、いつも悪霊がやってくる訳でもない。何も襲ってこない暇な夜は、こっそり彼の部屋に忍び込んでその様子を見守ったりもする。

 謎の違和感を覚えた聖がまぶたを開けると、天井に器用に張り付くジャックの姿が目に入った。


「うわああああ!」

「ども。坊っちゃん、こんばんわ」

「やかましい!」


 放り投げられた枕を余裕でかわして、ジャックは音も立てずにしなやかに着地。それはまさに熟練の忍びのような鮮やかな所作だ。興奮の収まらない聖は、この不法侵入者に向かって厳重に抗議する。


「なんで入ってきてんだよ!」

「少し暇でしたもので」

「出てけー!」


 聖にポカポカ殴られてジャックは部屋を追い出された。ジャックはニンマリと満足そうな表情を浮かべると、スキップをしながら任務に戻る。結局その夜は何事もなく終わったようだ。



 ある日、聖が学校から返ってくると、玄関にジャックとそっくりのかぼちゃを発見する。顔の造形もそっくりで、しかもこの時に限ってジャックの気配が全く感じられなかった。

 彼は、恐る恐るそのかぼちゃの置物を触ってみる。触り心地からしても普通のかぼちゃのようだ。霊感自体はある聖は、このかぼちゃの置物におかしな気配がない事に胸を撫で下ろす。


「なんでハロウィンでもないのにこんなのがここにあんだよ」


 彼はそのままこのかぼちゃを持ち上げる。しかし、それがスイッチになっていたようだ。かぼちゃ自体の重さも変に軽く、重いと思って力を入れていた聖はオーバーリアクション気味に両腕を上げる事になり、高くかぼちゃを掲げる形になる。

 そして、そのかぼちゃと目が合ったかと思うやいなや派手に爆発。突然発生したその炸裂音に彼は大声を上げる。


「うわああああ!」


 しかし、爆発した破片などは玄関のどこにも飛び散っていない。衝撃を直に浴びたはずの聖にも全くダメージはなかった。どうやらこのかぼちゃ自体が幻覚だったらしい。ただ、ショックを受けた彼は驚いて派手めに尻餅をつく。

 そんなドタバタ劇が終わったところで、ニコニコ笑顔のカボチャ頭の紳士が姿を表した。


「ドッキリ大成功~」

「ジャック! お前の仕業か~!」


 事実が判明したところで聖がキレる。マジで殴ろうと襲いかかる彼を、ジャックはひょいひょいと軽くいなしていくのだった。



 そんな感じで、聖とジャックは少しずつ親交を深めていく。出会って数ヶ月で、会う度に軽口を言い合うほどに打ち解けあっていた。その様子を百花は微笑ましく見守っている。季節は厳しい冬から優しい春に向かって歯車を回していた。

 春休みのある日、朝食を食べ終えた聖はぼうっと外の景色を眺めてため息をつく。そのリアクションに気付いたジャックはすぐに彼の顔を覗き込んだ。


「坊っちゃん、何をお悩みで?」

「いや、何でもない」

「そんな事ないでしょう? 私に嘘は通じませんよ?」

「じゃあ当ててみろよ」


 いつものようにおどけるジャックに聖は少しだけキレた。ただ、この反応は想定内だったようで、カボチャ頭は顎に手を当てると少しだけ首を傾げる。


「坊っちゃんは自分にエクソシストの才能があるのか不安なんでしょう?」

「えっ?」

「分かりますよ。だって今の坊っちゃんはそう言う顔をしてますもの」

「……」


 呆気なく悩みを言い当てられ、聖は黙り込んでしまう。その沈黙が正解だと理解したジャックは、またいつものようにクククと笑った。


「心配する必要はないですよ。必ず坊っちゃんは目覚めます。この私が保証しますよ」

「なんでお前に分かんだよ!」

「それは、私もまた悪霊だからでございます。坊っちゃんの中にある白き気高き力が確実に成長しているのが分かるんですよ」

「そ、そうなんだ。へぇ~」


 ジャックに力を認められた聖は、顔を外の景色に向けると頬を緩ませる。この素直な反応に、ジャックはまたクククと不気味に笑ったのだった。

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