第6話 因縁の関係 

 男の子ってやっぱ女の子とは違う。特に剣士は、島育ち、自然児でエネルギッシュだし、頭で考えるよりとにかく行動だもんな。自分とはかなり違う生き物のような気がしていた。

 夕方帰ってきた剣士は上機嫌で、ご飯をパクパク食べて友達の話をしていた。みんなでバンドを作るらしい。

「みんなってお前、もうそんなに仲がよくなったのか?」

と父さんが聞くと、

「前から文通してたんだ。自分の曲作って、カセットで送り合いしてた。高校はこっちにきてバンドやらないかってずっと言われてたんだ」

 口の中にいっぱいほおばって、話しをする度に目を白黒させた。

「あの子達と前から知り合いだったの?」

「ああ、偶然一人は同じクラス、ひみこ見てたのか?」

 またこれ……いちいち呼び捨て。父さんでも呼び捨てにしないのに……こいつにかかったら我が家の幸福で平凡で穏和な暮らしなんてみんな一撃って感じ。私はお祝いのスープに目を落として、もう口きかないぞと思った。

「おばさん、ロックとか作ってるんだろう」

「まあね、詩だけ作ってるからどんな作品になるかは曲次第だけどやっぱ、向こうも天才だよねまったくイメージの違うものになって帰ってきたりするから、驚きの毎日だよ」

 そういえば母さんもそんなことしてたんだ。剣士と気が合うかもしれないな。学校でのあの態度といい、こっちに来るつもりだったことといい、まったくなんてちゃっかりしてるんだかと私はあきれた。

「だけど、お前は学生なんだから、やることはちゃんとやるんだぞ」

 って父さんがまた釘をさしていた。父さんの釘はだんだん太く、長くなる。


 新しい学校での毎日。私は右も左もわからぬ世界にも漸く慣れて、クラブに毎放課後顔を出すようになった。

 私は文芸部に入った。文芸部ってなにをするところかよくわかってないんだけど本を読むの好きだし、読んだ本の感想をだれかと話したいと思っていたし、あんまり深く考えないで決めてしまった。

毎日部室に通ううち、先輩から声をかけてもらうようになってだんだん文芸部ってなにかわかってきた。

「ねえ、新入部員の紹介記事書きたいね。この部に入った動機とか、やりたいこととかあるでしょ。少しづつ集めて載せようよ。巻邨さん書ける?」

「え、私、あんまり文章うまくなくて」

「リラックスしてなんでも書くといいよ。書くと自分の考えもまとまってくるから」

 て、高良先輩が言った。先輩はいつも静かで優しくて、笑ってる。私が毎日文芸部に通うの先輩に会いたいからかもなって、思ったりした。

「あ、はい。うまく書けるかわからないけど一度書いてみます」

だれにも言わない秘密だけど私は高良先輩に憧れていた。

「じゃあ、私帰ります」

「あ、そこまで一緒に行こう。僕ももう帰るから」

「あ、はい」

 先輩より半歩後ろを歩いた。

 先輩背が高い。大きな背中で前が見えなくなった。

「本読むの好きみたいだね」

「え?」

「時々図書館で見かけるから」

「あ、はい」

 それは気が付かなかった。

「僕は小説を書きたくてね。前からずっと文芸部で本を出そうって言ってたんだ。今はパソコンも性能良いし、今年こそいいのが出来ると思うよ。君はどんなものを書くの?」

「私、書くのは苦手なんです。古典を研究したいなって思ってて、そのころの人が何を考えてたか研究してみたい。今よりかえって豊かだったんじゃないかって思うから」

「へえ~おもしろいね。そういう思ってることを文章にできたら楽しいね。あ、名前なんていうんだっけ。僕前に聞いたっけ?」

 ううん、と忙しく首を振った。名前なんて自分から名乗ったことなんてないよ。笑われるか、不思議がられるか大抵はそう。

「なんて名前?」

 もう一度先輩が聞いた。私が勇気を出して返事をしようとしたとき、

「ひみこ!今帰りか~」

 と叫ぶ声がした。あちゃ~なんでこんな時に…剣士が自転車の後ろに友達を乗せて、私の前を右から左へ威勢良く手を振って走り過ぎていった。先輩と二人無言で見送る。後ろ姿も見えなくなった頃。

「二人乗り…まったく豊の奴」

「え!」

 突然先輩があきれた顔をして言った。

「あれ、僕の弟なんだ。後ろに乗ってるの。まったくよく受かったと思うよ、この学校。結構レベル高いと思ってたんだけどな」

 弟さん剣士と仲がいいの……か、それはちょっと複雑。

「あれ、従兄弟なんです。サルみたいではずかしいんだけど……」

 サル以外に表現できないよ、茶パツだし。私たちは二人で同時にため息をついた。これってもしかして同じ種類のため息なのかなあ。

私は先輩と思わず顔を見合わせた。

「君、ひみこっていうの?」

やっぱちゃんと聞こえてたんだ。

「うん」

 私は浮かない返事をした。

「いい名前だね。巻邨ひみこ。良い名前だよひみこは漢字?」

 ううんと頭を振ると。

「そう、僕は高良宗司」

 と言って爽やかに笑った。良い人じゃん。かなりいい人だよ。話す前から感じの良い人だって思ってたけど。この爽やかさ、なんか温かい人で益々気に入ってしまった。図書館へ通うささやかな楽しみと、先輩に会えるひそやかな幸福の中で私の高校生ライフはしっとりと虹色の幕を開けた。

 学校の校門に下りる階段の手前で足を止めて先輩が言った。

「ここから真っ直ぐの赤い屋根見える?ずっと向こう。ちょっともこもこって緑のある中なんだけど」

「あ、はい。見えます」

 先輩は指をずっと遠く伸ばして照準を合わせたまま、

「あれ僕の家。バスで一区とちょっと。歩いて来てるけどね」

 あ、あれが先輩の家。赤い屋根が木からのぞいてる。気がつかなかったけどここからの眺めすごくいいんだ。町が一望。こうやってわざわざ言われないとわからない。私いつも下ばっか見て歩いてるんだな……

「弟は高校に入ったら軽音部作るんだってずっと張り切っていたよ。なんか遠い島から友達が来るとかなんとか」

「そ、それ従兄弟のことです。私のいとこ、小笠原に住んでたの。さっき自転車こいでた奴なんだけど」

「へえーあの子小笠原から来たの。頼もしそうな子だねえ」

 先輩は面白そうに笑った。そうか……バンド作るって張り切ってたけどそういうことか、じゃあ中学の時からの友達って高良先輩の弟だったんだ。あの赤い屋根の下で先輩と一緒に大きくなった弟か~

 え!でも、今自転車に乗ってた子剣士より綺麗な頭してなかったっけ。

「髪染めてましたね。弟さん……」

 あ、言ってはいけないことを口にしてしまったかなあと先輩の顔を見ると、

「ハ、ハ、今年から学校の方針が少し変わってね。あんまり厳しく言わないらしいんだ。家の母さんはそんな例外作るなって怒ってたけどね。僕にとってはちょっと悩める弟なんだけど、いい奴だよ、明るいし、はっきりしてるし」

そう言う先輩の心の広さこそ太平洋みたいだと思った。あ、でも、ポッカリ小笠原……あ~絶望的。

「あ、じゃあ私バスに乗って帰ります」

「あ、またね。明日」

 爽やかに手を振って離れていく先輩の後ろ姿にそのまましばし見とれていた。

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