第2話 剣士朗の部屋

 突然、春から従兄弟の剣士が我が家に来ることになって、手につかない日常を前に、うろうろと家中を点検して、剣士の部屋をどうしようか、片付け苦手な家族三人で頭を悩ましていた。

 毎日リビングでごろごろされるのもかなわないし、住所不定ではこちらも扱いにくい。いっそ庭に一部屋建てるかという案が出たけど。これには父さんが消極的。

「そりゃあ、寂しいから駄目だろう」

 と、言った。寂しい…?高校一年がそれはないよ。勝手気ままに出来て良いんじゃない。……と私は思うのだけど。頑として譲らない。ここ十年、会ったことのない甥っ子のことをどう考えているんだろう。まさか、父さんの頭の中の剣士は5歳の子供から成長してないんじゃないのかな…多分、きっとそうだ。

 次の案は私の隣のさらら姉さんの部屋を使ったらどうかって事だった。これは母さんから大クレーム。

「年頃の子どもを隣同士なんて駄目よ!それに、さららが帰ってきた時、部屋がなくなったってガタガタ言われるのはごめんだわ」

 だって。父さんと違って母さんは剣士を年相応に思っているらしい。

 だけど、そうなるとうちにはもう残念ながら他に部屋は無い。父さんと母さんの部屋はかなり大きいんだけど、仕切って使う訳にもいかないし、リビングもダイニングも駄目。さんざん考えたあげく、

「あ~屋根裏部屋があったじゃない」

 と、思い出したように母さんが言った。

 誰よそんなこと言うの。母さんなんて剣士のこと、少しも親身になって考えてないでしょ。屋根裏部屋なんだから、日当たりは良くないし、風通しは悪いし、おまけに熱がこもるっていつも自分が文句ばっかり言ってる所じゃない。

 それに……それに、あそこは、いつか私がもらって優雅に星を見ながら暮らそうって計画してた秘密の場所なんだ……ずっと狙ってたんだ…

「二階の踊り場にホールがあるじゃない。あそこはどう」

「何言ってるのよ。さららの部屋と変わりないでしょう。開けっぴろげで部屋とは言えないし」

 私は自衛のために猛反対してかなりしつこく食い下がった。ここは死守しないと将来に関わる。私の大事な屋根裏部屋を従兄弟ごときに譲る訳にはいかない。粘りに粘って、本気で反対したのに、私の意見なんてまったく相手にされず…まるっきり無視して、二人で意気投合し初めた。ちょうどいい大きさだの、あそこならゆっくり勉強出来るだの、ロマンチックだの私一人のけもの……

 家族会議も終わりにさしかかる頃には、そっちの方向に話がまとまって、屋根裏部屋の居住権は私には数ミリも残されてはいなかった。

 長年溜まりに溜まった父さんの研究の本とか、私の小さい頃の思い出とか、こんなにたくさんの荷物どうするんだろう?

 今度はそれについてさんざん悩んで話し合った挙げ句、それを納めるための物置を庭に造ることになった。

 なんかそれって話しが変じゃない……本末転倒だよ。だったら剣士の部屋が離れでいいじゃない。荷物だって動かさないでいいんだし…

 もちろん父さんは独立には大反対。目が行き届かなくて麻子に申し開きが出来ないって押し切られて、庭に物置移動計画が採用になった。


 そんなに時間もないのに、新学期までに間に合うって言うのか…

 勢いで急いで造った物置なのに、突貫工事とはいえ、大切なものばかり入れる物置だから、床もある、壁もある、エアコンも完備されている。それなりに、それは立派な造り。隠れ家にもってこいの小さな図書館が庭の片隅に出来あがった。

 そして、今度は俄然、そこへ急いで引っ越し。秘密基地を失った私にそんな力は残っていないのに…

 なにもかも運び出されてがらんどうになった屋根裏部屋は天井が少し低めで私にぴったりだ。手に入れそこねた床に、一人寝っ転がって天窓を見ていた。案外広い。大の字になってこうしてよこになれる。

 でも…もっと凄い星空が見れるのかと思っていたのに、わずかに少し光る物があるだけの灰色の夜空。現実はこれなんだよね。

 でも目を閉じると、どっかで見たことのある、記憶の片隅に存在する怖いような星空が心の中にどこまでも広がっていた。

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