第2話

 『NoneTypeナンタイプ


 概要

 2020年4月 メンバーが中学二年生の春にYouTube上で「NoneType」バンド活動開始。

 

 初投稿であるオリジナル曲「ギビング」が界隈で脚光を浴びる。

 中学生らしからぬ強烈な歌詞や曲調。そして演奏のクオリティ。

 はたまた中学生らしい無編集・直差し生音での演奏動画。

 これらの要素が集まり、NoneTypeは一躍注目の的となった――


 ――というように、その後も動画は投稿され続けられたが、2021年6月の投稿を最後に更新が突如止まった。

 今でもその詳細は解明されていないが、時期的にメンバーの高校受験を機に活動が休止してしまったのではないかと噂されている。


 現在、本名と素顔が割れている(動画内参照)のはリーダーでドラム担当の『道永』とボーカル担当の『隅田』の二名であるが、彼らが今どこで何をしているのかは明らかにされていない。



◇◆◇◆◇◆



 「……何だこのWikipedia」


 昼休み、俺はスマホを眺めている。

 昨日のことを引きずっている訳ではないが、なんとなく調べてしまった。

 

 忘れようと思っていたのに、現実はそう上手くいかない。

 バンド活動にだって同じことが言える。


 もう俺はあの頃の『道永康太郎』じゃない。


 「――おい、おい。コータロー!」

 「うおっ、何だよ」

 

 急にクラスメイトに話しかけられたので、慌ててスマホを隠す。


 Wikipediaには『脚光を浴びた』なんて誇張表現をされているが、実際にはそんなことはなかった。

 NoneTypeを知らないのなら知らないままでいてほしい。

 だから、高校の同級生にも知られてほしくない。 


 「なんだよって、廊下からめっちゃ見られてるぞ」

 「廊下?」


 そう言われたので廊下に目を向ける。

 そこにはドアの窓から飛び出ている一つの頭があった。

 そして、目が合う。


 百瀬風華のその視線は、とても主張が激しい。

 こっちが視線を逸らしても彼女は睨み続ける。


 「こっち来いって言ってんじゃねえの」

 「……そうだな。ちょっと行ってくる」


 重い腰を上げてドアに向かう。

 恐る恐るドアに手をかけて、左へ引く。


 「あの、百瀬さん。今日はどんなご用件で――」

 「お弁当、食べました?」

 「いや、まだ食べてませんけど……」


 そう言うと彼女は力強く俺の手を掴んだ。


 「じゃあ、一緒に食べましょう!」

 「嫌です」

 「えぇ……!?」


 食い気味に答えると、彼女は残念そうな声を出した。


 申し訳ないけど、俺にそんな義理はない。

 義理というか何と言うか、する必要がないと思う。


 何故、俺にそこまで構うのか。


 「なので、手を離していただけると――」

 「知りたいんです。道永くんのこと」


 手を握られる力がさらに強くなる。


 そう言った彼女の視線はさっきとは違う、優しく訴えかけるような視線。

 何をそこまで望み、願い、頼んでいるのか。

 今この場で理解出来ない。


 俺を知って、何が……。


 「NoneTypeの活動休止の理由、受験勉強だからじゃないんだよね?」

 「……え?」


 思わず口を押さえる。

 言葉が無意識に口から出てしまった。


 「……実はNoneTypeのこと元々知ってたんだ。昨日嘘ついちゃってごめん。でもさ、こんなところで何してるんだろうって道永くんのことが気になって……」


 少し悲しげに、しかしはっきりと俺の目を見て彼女は言った。


 「……つまり、何が言いたい?」

 「……無理してまで言ってもらおうとは思ってない。でも、道永くんがそこまで言うなら……ごめんね、無理言っちゃって」


 彼女の掴む力が緩む。

 離れて行く。


 離れていくのなら、それでいい。

 それでもいい。


 ……それでもいいのか?

 

 「待って!」


 気づくと俺は、反対の手で彼女の腕を掴んでいた。

 

 これは無意識ではないかもしれない。

 明確に、この行動を理解できてしまった。


 自分のどこかで、聞いてほしいと思っていたのかもしれない。



 「中庭で誰もいないところにしよう」

 


 踵を返し、机に置いてある弁当を取りに行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る