非美少女戦士

おなかヒヱル

第1話

西暦2060年の東京、私は20年前からこの街を襲い始めた異形たちと今日も闘っていた。

「ふー、これでだいたい片付いたかな。早く帰ってシャワー浴びたい」

異形の頭蓋をヒールで粉砕した私はコスチュームのブローチをタップしてモニターを出力した。

You Tubeを開いてコメント欄をチェックする。

アンチのクソコメはあるものの好意的な意見が大半だった。

最近は苦戦続きで炎上気味だったからとりあえずひと安心といったところか。

中継用のドローンが無数に飛び回る中、私はアキバヨドバシのてっぺんに移動してケツに食い込んだハイレグを直した。

「もうほんとにこのコスなんとかならないかな。年齢的に厳しいんだけど」

なんでも昔流行ったアニメのオマージュとかで上層部のおっさんたちが趣味で採用したこの衣装。

セーラー服を元にデザインされたタイトなコスチューム、こんなもんを着てとっくに三十路を過ぎた女が税金で正義のヒロインとかこの国はきっとどうかしている。

『異形種別【絶】西新宿上空に異界ゲートレベル[3]開きます』

ジュエリーが光ってティアラが無線を知らせた。

「了解、30秒で行くわ。歌舞伎町タワーで迎え撃つ」

ブーツの踵を2回鳴らしてモーターを駆動、私は跳躍で夜を飛び越えて新宿を目指した。

「あー、また残業か。しかたない、ちゃっちゃと終わらせるか」

私が歌舞伎町タワーの尖塔に着地した瞬間、停電になった新宿は闇に包まれた。

「まだまだ帰れそうもないわね」

都庁の上空に降り注ぐ無数の落雷、闇夜はゆっくりとめくれて一匹の異形が姿を現した。

「デカい……」

アラブの魔人を思わせるその巨体はゆっくりと闇の縁に手をかけた。

民家に侵入する熊のように新宿を睥睨する。

そしてビルの上に立つ私と目が合った。

それを合図に全長百メートルを超える魔人は私との距離を一気に詰めた。

「なっ、早い!」

ラリアット。西新宿から歌舞伎町まで思いっきり助走をつけた一撃は見事に私をとらえた。

「あッはあぁぁんッ!!!」

彼氏とベッドの上でも出さないような声で私は飛んだ。

無数の雑居ビルを貫通した肢体はバルト9に激突してやっと止まった。

「痛ったぁ……」

肩倒立の体勢で開脚してコンクリートにめり込む正義のヒロイン。

ここぞとばかりに寄ってくる中継用のドローン。

こんな無様な姿を全世界に配信されるぐらいならさっさと引退しておけばよかった。

「あーあ、大丈夫ですか先輩。ものすごい格好してますけど」

股間ごしに私を覗き込むショートウルフの眼鏡ヒロイン。

コスチュームは私と色違いのタイトなセーラー服。

眼鏡はドローンを抱えて私の半泣きの顔面を容赦なく世界に晒した。

「あんた今まで何やってたのよ。私がこんなにやられてんのにまた遅刻?! もういいかげんにしてよ」

「女子高生はいろいろと忙しいんですよ。勉強に恋愛、時間なんていくらあっても足りないんです。さぁ立って立って、早くあいつをやっつけないと東京が壊されちゃいますよ」

眼鏡は開脚した私の足を両脇に挟んだ。

「ちょっと、何やってんのよ」

「いいですか先輩、技の名前はアドリブで行きますから、あとはカッコよく決めちゃってください」

「だから何をどう決めるのよ。こんなズタボロの私をどうしたいの」

「あっそうだ、先輩の身体を治すのが先でしたね」

眼鏡はビルにめり込んだ私を強引に引き剥がして逆エビの体勢になった。

「ねぇちょっと、何してんのよ。ちょっと、ねぇ、聞いてんの、ねぇって、おい!」

「では行きます。サソリ、固めぇぇえっ!」

「うぎゃあぁぁあっ!」

バルト9の音響用マイクに乗った私の絶叫はドルビーサラウンドとなって全世界に響きわたった。

「ふぅ、これでよし。じゃあ先輩、本番いきますよ」

白目を剥いて悶絶する私。

かつて最強と謳われたヒロインの面影はもうどこにもない。

「もうやめて、死んじゃう」

「正義のヒロインがこんなことで弱音を吐いちゃダメですよ」

クソ眼鏡は私の足を再び両脇に挟んだ。

「あんた、私にトドメ刺そうとしてるでしょ。マジでやめて、お願いだから、ねぇ」

「いいですか先輩、技の名前はアドリブでいきますから、あとはカッコよく決めちゃってくださいね」

「だから何をどうカッコよく決めんのよ。私はボロボロなんだからあんたが闘いなさいよ、お給料もらってんでしょ」

「では、行きます!」

ジャイアントスイングで私をぶん回すクソ眼鏡、迫りくる魔人に向けて投擲した。

「行ってこい、クソババァあぁあッ!!!」

「うわあぁぁあ! 技の名前それかよぉ!!!」

勢いを保ったまま空中で体勢を立て直す私。

「しゃーない、やるしかないか」

魔人の右ストレートをかわしてガラ空きになった心臓を狙う。

「もうちょい、貫通するまで」

ブーツのモーターを駆動、光につつまれた私の身体は魔人の心臓を突破した。

魔人は咆哮を上げながら膝から崩れ落ちて消滅した。

「お疲れさまです、先輩。さ、帰りましょう」

新宿PePeの宝くじ売り場の前で大の字になる私。

それを見下すように覗き込むクソ眼鏡。

「もう動けないから抱っこして」

クソ眼鏡は何も言わずにボロ雑巾のような私を抱きかかえた。

熱気と群衆が渦巻く中、頭上のユニカビジョンが淡々とニュースを伝えた。

『先ほど、防衛省直轄のロクスソルス研究所は対異形用の新兵器を開発したと発表しました』

戦歴20年で無敗。

しかし、今年37になる私は確実に老いていた。

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