第5.5話:森に潜む魔女の聖夜

 クリスマスイブの前日、尉はマーキュリー達を連れてムー連邦の南東部にある森林地帯の林道をZiL-157HPHE高馬力水素燃料エンジントラックの荷台に乗っていた。


 薬草魔法に関する専門書を読むヴィーナスは目の前にいる同じ様に種族民謡本を読み尉に話し掛ける。


「ごめんねパパ。わざわざ私達の冬休みの宿題の為に」


 すると尉は本を読むのをやめ、笑顔で首を軽く横に振る。


「いいんだよ。それにこれから行く集落には用事があってなぁ。丁度よかった」


 尉はそう言うとカウボーイハットを脱ぐ。するとカウボーイハットを持つ右手が突然、痙攣したかの様に震え始める。そして後ろを振り向き走り流れる森を無表情で見る。


 それから数分後、尉達を乗せたトラックは数件の木製の家が建つ小さな集落に着く。


 荷物を下し荷台から降りた尉達はトラックを運転しているエルフの中年男性にお礼を言い、そして尉は革ジャンの内ポケットに入った30万ルーブル日本円で約50万円が入った茶封筒を運転手に渡す。


「ありがとう。助かったよ」


 茶封筒を受け取った運転手は笑顔になる。


「いいんですよ。世界的な先生のお役に立て俺も光栄でした。それでは」


 運転手は軽く尉に向かって手を振りトラックを走り始める。そして尉も去って行くトラックに向かって手を振る。


 その集落の開けた場所では多くの男女や子供達が楽しんでおり、家の玄関や窓には何かの魔除けがぶら下げっていた。


 辺りをキョロキョロするマーキュリー達の元に黒い服に身に纏に腰が曲がり、長い鼻にしなげた顎の老婆が右手に木製の杖を持ち歩いて来た。


「おやぁ、尉の坊やのせがれだね?聞いていたよりも若いし生意気そうな小娘達だ」


 それを聞いたマーキュリー達は少しプッツンする。そして彼女達の後ろから尉が荷物を現れ笑顔で老婆に言う。


「おいキザイア婆さん。初対面の義娘むすめ達に向かって攻撃的な発言はやめてくれ」


 尉からの指摘にキザイアは笑い出す。


「すまんね坊や。でも見た目とは裏腹に知識と勇敢に溢れているね」


 するとマーキュリーが尉に近づき少し不機嫌な表情で問う。


「ねぇパパ、このおばさんは誰なの?」

「ああ、このばあさんはキザイア・メイスンだ。G∴T∴魔術研究部の部長で著名な魔女で別名は・・・」

「別名、『時空の大魔女』だよね?」


 マーキュリーが言った異名に尉は関心しながら少し驚いた表情で頷く。


「そうだ。よく知っているなぁ」

「うん。私達、魔術の歴史にも興味があるから色々と知っているわよ。かつてはアーカムを拠点に活動し、その後は各国を転々として現在はここ、『ゼリュバ超古代語で魔女村』に定着する。また使い魔のブラウン・ジェンキンを従えている」


 自分自身を詳しく話すマーキュリーと同じ様に詳しく知るヴィーナス達をキザイアは笑顔で大変、気に入る。


「嬉しいね。生意気と言った事は悪かったよ。さぁ、立ち話はなんだし泊まる為に用意した家に案内するよ。付いて来な」


 キザイアはそう言うと歩き始め、尉達は彼女の後を追う様に荷物を持って付いて行く。



 その後、尉達はキザイアが用意した少し広めの家の中で薬草と魔法鉱石、化学薬品が沢山、置かれた大きなテーブルで細かく切ったり砕いたしながら臼鉢で掻き掻き混ぜていた。


 すると錬金術本を読みんでいたマーズは何が何だか分からず頭をかきながらイライラする。


「あーーーーっ‼ダメだぁーーーーーーっ!こうなったら適当に入れれば何とかなるか!」


 そう言って色々と集めて臼鉢に入れようとすると尉が後ろから現れ、彼女の左手を笑顔で優しく掴み止める。


「マーズ、落ち着け。イライラすれば逆に失敗するぞ。パパが教えてやるから何が分からないんだ?」


 マーズは本に書かれている部分を指で指す。


「ここなんだけど、全くピントこないのよ」

「あーっここはな、この瓶に入っている薬草液を入れるといいぞ」


 マーズは笑顔で尉が寄越した瓶を受け取ると蓋を開け、ピペットで薬草液を吸い上げ数滴、臼鉢に入れて臼棒で混ぜる。


 すると今度はネプチューンとプルトが手を上げる。


「パパ!」

「パパ上!ちょっと来てくれおくれ!」


 尉は少し駆け足ですぐにネプチューンとプルトの元に向かう。


「どうした二人共?何が分からないんだ?」


 尉は笑顔で問うとまずはネプチューンが薬草図鑑を開き、とあるページを見せる。


「この薬草なんだけど、いくら探しても見つからないのよ」


 尉はページに描かれている薬草を見て、瞬時にネプチューンが求めている薬草を見付ける。


「これだよ、モジビベ花超古代語で聖星は。一年を通して咲き続ける虹の花弁が特徴の薬草花だけど、冬の時期だけは花弁は黒くなるんだ」

「花弁の色は変わっても効果は変わらないよね?」

「ああ、むしろ効果は虹の時よりも黒の方が高いんだ」


 それを聞いたネプチューンは感心する。


「さてとプルトは何かな?」


 するとプルトは尉に小石サイズの色とりどりの魔法鉱石を見せる。


「この魔法鉱石じゃ。グラム数はどの位なのじゃパパ上?」


 プルトの問いに尉は彼女の臼鉢を見て瞬時に答える。


「ああ、これはな火の鉱石は三つ、水の鉱石は四つ、あとは地と風の鉱石を一つずつ入れて磨り潰しながら混ぜればいいさ」


 尉の説明に関心するプルトは言われた通りに楽しく鉱石を入れる。

一方、尉はなぜか後ろにある窓の方を振り向き、少し恐怖した表情で森を見る。すると右腕が痙攣するかの様に震え始めた為、左手で止める。


 いったん静かに深呼吸をした後、尉は笑顔で前を向く。


「さぁ皆、宿題のタリスマン制作もあと少しだ。今夜の夕食はキザイア婆さん特製のチキンキエフだ」


 それを聞いたマーキュリー達は大喜びし、気合を入れ直す。


 その後、マーキュリー達は薬草や鉱石を混ぜた素材を大釜で熱した緑色の薬草液に入れて行く。そして最後にマーキュリーが粉末のマグネシウムを大釜に入れ、マーキュリー達は錬金魔法を唱える。


 すると大爆発するかの様に大釜から大量の煙が発ち込み、皆は急いで窓や扉を開けて煙を外に出す。


 そしてウラノスが釜に近づき中を覗き込むと釜底には虹色のクリスタルが何個も転がっていた。


「やったーーーっ!パパ!お姉ちゃん!出来たわ!タリスマンが出来たわよ!」


 ウラノスがそう言いながらタリスマンを手に取り、皆に見せる。


 タリスマンも見たマーキュリー達は完成を大喜びする。


 そして尉は柏手をして笑顔で言う。


「はい!皆、よく頑張ったなぁ偉いぞ。それと皆、一つだけ守ってもらいたい事があるんだ」

「何?パパ」


 ジュピターの問いに尉は開いた窓から見える森の方に指を指しながら答える。


「いいか、クリスマスとイブの日は絶対に入るなよ」

「それって夜はってことでしょ?」


 尉は首を横に振り、ジュピターの問いに答える。


「いいや、昼間もだ。あの森には邪悪な魔女が居るんだ」

「邪悪な、魔女?」


 尉は椅子に座り、マーキュリー達にも椅子に座る様に手ぶりをする。

 マーキュリー達が椅子に座ると尉は話を続ける。


「そうだ。その魔女の名は・・・」


 笑顔を消した尉は突然、震え出した右腕を左手で抑える。


「静かなる霧と闇の住人、ババヤガ」


 そして尉はマーキュリー達に自分がパーティー時代にこの森で自分の身に起きた恐怖体験を話し始める。



 尉がマーキュリー達と出会う前の12月21日、彼が所属していた冒険者パーティー、エクスプローラーズ英語で探求者達は村を拠点、この森で眠っている旧支配者達の遺物の探索をしていた。


 三日目の早朝、尉達は装備を整え森へ向かうと後ろからキザイアが彼らを止める。


「お前達、まさか森に入るきか?」

「ああ、前日に発見した遺跡を調査したくてな」


 尉の答えに普段は怪しげながらも温厚なキザイアも怒りを露わにした様な険しい表情をする。


「いかん!イブの前日からクリスマスが終わるまで森に入ってはいかん!」

「なっ!何でだよ?」

「いいか!この時期の森はとても危険じゃ!一度入ると生きては帰れんぞ!」


 それを聞いた尉は笑顔で言う。


「ははっ!婆さん、危険って言っても冬眠が出来なくって気性が荒くなったモンスターや野生動物だろ。問題ないよ」


 するとキザイアは持っていた杖で尉を勢いよく指す。


「違う!気性の荒くなったモンスターや野生動物なんて可愛い物じゃ。この森にはもっと恐ろしい奴がおる!」

「恐ろしい奴って?」


 尉の問にキザイアは彼を指していた杖を森の方に向ける。


「闇と霧の魔女、ババヤガじゃ。いくら女神に遣わした勇者でもかなう相手ではない」


 それを聞いた尉は軽く笑う。


「聞いた事はあるが、ただのモンスターだろ?心配ない、例え現れても倒せば問題ない」


 尉がそう言うとパーシー達は連れて森へと入る。そんな尉達をキザイアは哀れな表情をする。

森に入ってから一時間が経ち、目的の遺跡に到着し調査を行っていたが、森の奥から突然とモンスターに襲われ何とか撃退したが、戦闘で尉はパーシー達と逸れてしまい森を彷徨っていた。


「くそ!方向を失った。しかも日が暮れ始めてやがる!」


 尉はすぐにカバンから軍用のレンザティックコンパスNO.1を取り出し方向を確認するが、コンパスの針はなぜかグルグルと回っている事に驚く。


「そんなバカな⁉この地域には磁気はないはずだ!」


 やむを得ずコンパスをカバンにしまい先に進む。


 歩き続ける事、四~五時間が経ち夜となってしまったが、尉は双眼鏡で夜空の星座を見て方角を確認する。


「よし北はあっちか。しかし、いきなりマナ電磁波が発生するなんて。魔力が干渉されて魔法を使えないや」


 双眼鏡をバックにしまい北の方へ進む尉であったが、急にどこからか濃い霧が現れ、キョロキョロと辺りを見渡す。


「おかしいなぁ?気候も安定しているから霧が発生するはずないのに」


 そう言う尉であったが、今まで感じた事がない寒気と緊張感が全身を襲っていた。


 霧の中を先へと進んで行くと血が滴る音と何かを引くずる音がし、尉はすぐに身を低くし小さな丘からそっと音のする方を見る。


 そこには右手に大鎌おおがま、左手に何かの動物の死骸を持った200cmセンチはある高身長に手足が酷く痩せ細り、着ている服は色とりどりの柄ではあるが、ボロボロでしかも至る所に血が付いている。そして顔付きは女性であるが、まるで復讐の鬼の様な表情で笑っている。


 今まで見た事もない存在に尉は言葉を失い脂汗を流しながら、強烈で未知の恐怖が彼を覆っていた。


(あ・・・あれは・・何だ?まさか!・・・あ・・あれが・・キザイアが・・・言っていた・・・バ・・・ババヤガ?)


 尉は息を殺し、ゆっくりと後ろに下がろうとするが、足元に落ちていた小枝を踏んでしまった事で音を立ててしまう。


 それを聞いたババヤガは音のする方を向き、瞬時に尉を発見するやいなや持っていた死骸をその場に捨て大鎌おおがまを両手で持つ。


 見つかってしまった尉は顔面蒼白となり、強烈で未知の恐怖が彼の理性と常識を殺した。気付いた時は霧が覆う森の中を息を切らし、何度も何度も振り向きながら無我夢中で走っていた。


(殺される!殺される!奴に、ババヤガに!不老不死の俺でも分かる!あいつに捕まったら命はない‼戦っても無駄だ!今は奴から出来る限り逃げないと‼)


 尉の後ろには何もない誰もいない。ただあるのはこの世の物ではない未知の殺気が彼の背中に取り付いていた。


 走る尉は丸太を見付け、滑り込む様に中に入り両手で口を塞ぎ、息を殺す。丸太の外ではババヤガがゆっくりと歩きながら尉を探す。


 見当たらなかったのか、ババヤガはその場を去り気配が無くなった事に尉は安堵する。だが突然、丸太を突き破る様に大鎌の先端が入り込み、尉は再び恐怖に支配さる。


 何度も何度も入って来る大鎌に尉は子供の様に喚き騒ぎながら這いながら丸太を進む。


「やめろ!やめてくれ‼あぁーーーーーっ!嫌だ!嫌だぁーーーっ!死にたくない!頼む‼やめてくれーーーーーーーーーっ‼」


 何とか丸太の外に出て一目散に走る。そして倒れた木を飛び越え、浅い川に入り対岸に渡る。途中、小さな窪みで転んでしまうが、何とか立ち直り走り続ける。


 そして目の前に巨木の樹洞を見付け飛び込む様に入る。音もなく追って来たババヤガは右手を樹洞に入れて尉の胸ぐらを掴む。


「やめろ!放せ‼やめてくれ!」


 尉は何とかババヤガの手を振りほどこうとするが、痩せ細った腕からは想像出来ない力で掴む為、逃れる事が出来ない。


 そしてババヤガは尉を外へ引きずり出そうとするが、尉は両足で樹洞の入り口の淵に引っ掛ける様に踏ん張る。


 一巻の終わりと思われたが、どこか遠くから狼の遠吠えが響き渡り、ババヤガは何かを感じ取り掴んでいた尉を放し、どこかへと去って行った。


 安堵した尉は全身の力が抜け、深い眠りへとついた。翌朝には尉はパーシー達によって発見され無事に森を出る事が出来た。


 両肩をパーシーとロイによって担がれた尉はそのままキザイアの家に入り、ベッドに寝かせられる。そしてキザイアは邪悪な魔女の様な笑顔で話し掛ける。


「分かったじゃろ。人の警告は素直に聞き入れよ。今回は運がよかったものの命は無かったぞ」


 それを上向きで寝ながら聞いていた尉は放心状態の様な無表情で頷く。



 椅子に俯きながら尉はマーキュリー達に話を続ける。


「それからパパはその恐怖のせいで精神を病んでしまってね。完全に精神が回復するのに五ヶ月はかかったし、治療中はクエストに行けなかったし森にも入ることが出来なかった。だから、お前達にもパパと同じ恐怖を味わわせたくない」


 尉の過去と想いを知ったマーキュリー達は深く、そして重く受け止めた。


「そうなんだぁ。分かったわパパ、クリスマスが終わるまで私達は絶対に森には入らないわ」


 マーキュリーから約束を聞いた尉はホッとしてゆっくりと立ち上がる。


「ありがとう。それじゃ宿題の続きをやろうか?」

「「「「「「「「「はーーーーーーーーーーーーーい」」」」」」」」」


 返事をしたマーキュリー達も立ち上がりタリスマン完成に至るまでのレポート制作を始める。


 その夜、レポート制作を終えたマーキュリー達は夕食の為にテーブルの片付けと食器の用意をしながら飾り付けされた小さなクリスマスツリーを置く。


 一方、尉はギザイアと共にキッチンで料理を作っていた。


 尉はフライパンで炒め物をしていると木のおたまで鍋で煮詰めているチキンキエフを回すキザイアは笑顔で尉に話し掛ける。


「なぁ尉よ、昼間のあんたと娘達との会話を使い魔を通して見ておったが、青臭かったお前が今じゃ一人前の父親か」


 それを聞いた尉は図星を突かれた様に唾が混じった様な息を吹く。


「おい!婆さん、いつの間にブラウン・ジェンキンキザイアに従う使い魔をこの家に忍ばせたんだよ?」

「ずっと前からじゃよ。しかし子を持つと人は変わるのはわしら魔女や学者にとって最大の謎じゃ」


 出来た炒め物を大皿に移しながら聞いている尉はフッと笑う。


「婆さん、それは謎じゃないぜ。あんたも子を持つと分かるぜ。心の変化と子と過ごす事で得る喜びを」

「そうかい。でもわしは当分、子や弟子を取る気はないね」


 キザイアはそう言いながら出来たチキンキエフを一つずつ器に移すし尉と共に料理をトレイに乗っけてテーブルに運ぶ。


 そしてキザイアを混じって夕食を食べ始める。


 一方、森の奥では美しい月明かりの元でババヤガが丸太に腰を置き、焚き火でさっき獲ったと思われる狼の肉を木の棒に刺して焼き、食べていた。するとババヤガは月を見て弱々しく擦れた様な声で言う


「メリ~~~~クリスマ~~~~~~ス」


 尉に恐怖を与えた闇の魔女ですら今日、この日は楽しむのであった。



あとがき

クリスマスとイブが近づく時期となりました。皆様はどのように当日をお過ごしなりますか?

寒いこの時期にピッタリなSFホラー映画、『遊星ゆうせいからの物体ぶったいエックス』とその前日談『遊星ゆうせいからの物体ぶったいエックス:ファースト・コンタクト』は南極を舞台としたクトゥルフ神話の影響を受けたオススメの作品です。是非、観て下さい。

メリークリスマス、皆様、楽しいクリスマスを。

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