#3 試しに、うちに花子さんを呼び出してみた

 交渉の末、とりあえず花子さんの紹介動画を作るべく、一通り撮影をさせてもらった俺。帰る前に古出高校の中を探索して、災害時用備蓄倉庫に残されていたいくつかのダンボールの中から、一つの簡易トイレを拝借。それを持ち帰ることにした。


 帰りついた頃にはすっかり深夜を回っていたものの、花子さん消滅の危機という一大事を前に、そのまま眠りに就けるはずもなく。大学が夏休みであることをいいことに、急いで撮影した動画を編集。演出を加えて、次回からダンジョン生配信を始める旨とともにYuiTubeで公開する。


 翌朝。早速動画に対する反応があった。アカウント名を見るに、俺のチャンネルを初期の頃から見てくれている視聴者さんからである。


『ダンジョン配信? 心霊スポット巡りはやめちゃうんですか?』


 心配になるのも無理はない。いきなりの方向転換だ。場合によっては付いて来てくれない可能性だってある。しかし、それでも俺は、花子さんがこのまま消えてしまうと言うのが我慢出来ない。一人のオカルトマニアとして、この手で救える怪異がいるのなら、出来る限り救いたいのだ。


 俺はコメントに対して、『心霊スポット巡りはしないけど、ダンジョンが心霊スポットになるので大丈夫です!』と返信して、とりあえずYuiTubeを閉じる。ダンジョン配信をするとなれば、それなりに準備が必要だ。


 現実のダンジョン配信に、ファンタジーな装備品などは存在しないが、それでも身を守るために使える道具は、いくらでも揃うのが現代と言うもの。もちろんそれらを揃えるのにはお金がかかるので、金銭的に余裕がある訳ではない大学生には限界がある。だとしても、花子さんのためになるのなら例え最低限の装備だったとしても、ダンジョンに挑む覚悟が、俺にはあった。


 最初の段階としては、まずは花子さんが、古出高校以外のトイレに出現出来るかどうかの検証。古出高校から持ち出した簡易トイレを部屋の中に置いて、アンパンをお供えする。


 花子さん曰く、彼女を呼び出す条件は「縁の強さが足りるかどうか」だとのこと。同じトイレでも、各民家のトイレには出現出来ないというのは、その辺りに理由があるらしい。


 今回用意したのは、花子さんお気に入りのアンパンではないが、用意したトイレは古出高校に縁のある物。それに実際に花子さんと出会い、縁を結んだ俺がいることで、条件としてはかなり満たされているように思うのだが、果たして結果はいかに。


「花子さ~ん」


 簡易トイレとアンパンに向って正座をし、俺は花子さんに呼びかける。もし条件が充分であれば、花子さんが答えてくれるはずだが。


 直後。部屋の中に風が吹いた。窓は閉めているし、エアコンは今は室温が一定なので停止中である。それに、その風は、簡易トイレとアンパンを中心に発生しているように思えた。これはひょっとして。


 不意に、俺以外の人影が、目の前に現れる。やや低めの身長。艶やかな黒髪ボブヘア。身長に似合わない豊満の胸と、肉付きのいいお尻と太もも。間違いない。古出高校のトイレの花子さんだ。


「……何とかなった、わね」

「そうだね。これでダンジョンにも行けそうだ」


 これで、元のトイレ以外に出現出来ることが確定。何が最低条件なのかはまだわからないが、とりあえず、比較的簡単に花子さんを呼び出すことが出来るというのがわかっただけで、大きな収穫と言える。


「久しぶりに、あのトイレの外に出たわ」


 感無量と言った感じで、花子さんが目を潤ませていた。それもそうだろう。あの高校が廃校になって、約二十年。花子さんは廃校になる前からいるとのことなので、実際にはそれ以上、あのトイレで過ごしてきたのである。外の世界に出られたと言うことが、彼女にとってどれほど大きなことなのか、想像すると俺も泣けてきた。


「……ありがとう、宮村。あ、孝志って呼んだ方がいい?」


 そう言って、花子さんは少し意地の悪い笑みを浮かべる。どうやら俺をからかうつもりのようだ


 見た目年下の女の子に名前を呼び捨てにされるなど、普通に考えればそうそうない。しかし、俺はその例外なのである。


「名前で呼ばれたくらいでどぎまぎすると思ったら大間違いだよ? 妹にすら名前で呼び捨てにされていた俺だからね。女子に名前で呼ばれるのには慣れてる」

「それ、言ってて悲しくならない?」

「いいんだよ、俺のことは! それよりも、何か違和感とかない?」


 通常とは異なる環境での出現。何が起こるかわからない。花子さんに、何か致命的な影響がないといいのだが。


「違和感? そうね~。胸がちょっと苦しいかも?」


 花子さんは自らの両腕で胸を持ち上げるようにしつつ、俺に見せつけて来る。少しはだけた胸元からは、下着のものなのか、白いレースがちらりと顔を覗かせていた。


 彼女は自分の魅力に気付いている。そして、それを見せびらかすのに、躊躇がないタイプらしい。いくら妹が下着で家の中をうろつくタイプだったとは言え、流石の俺も、これには反応せざるを得ない。


「は、花子さん! そういうのは配信ではやらないでね! YuiTubeはそういうの厳しいから、下手したらチャンネルが消されちゃうよ!」

「何々~。独り占めしたいってこと?」

「そうじゃないよ! とにかく、そのポーズやめて!」


 高校生とは思えないほど色気たっぷりの花子さん。相手が幽霊であるとは言え、下手に家に呼ぶんじゃなかったと、今更ながら後悔した俺だった。

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