第4話 吉報

───────DAY 7。17:35。


 俺は、心を入れ換えた。幽霊は自分の望むものに積極的に殉ずるようになる話が本当で、俺自信が飲み込まれかけていたから。

 ただ待った。恋を吹き消さないように、愛を絶やさないように。話していてものめり込みすぎないように。

 彼女と居られるなら幽霊のままでいい。そんな考えは捨てなければならない。肉体を取り戻して、もう一度会いに行く。それが俺の、幽霊としての俺の目的だ。


 そんな日々が続いて、ついに屋敷に誰かがやってきた。俺達はこの屋敷から外に出られない。だから別として可能性を運んでくる人間が必要だった。

 しかし、玄関の扉を開いてやってきた姿に、俺は驚きを隠せなかった。


「ここ...だよな。」


「なぁやっぱ意味ないって...」


「一応!俺気になってんだよ...」


 山口ヤマグチ瀬尾セノオ佐伯サエキ。あの日夏祭りを一緒に回った友達だ。

 なんでこんなところに。しかし話を聞く限りでは、あまりに唐突すぎる俺の死を怪しみ、この幽霊屋敷がなにか悪さをしたんじゃないかと疑っての探索らしい。

 だが、その目的が死の真相を暴く意味合いであった推察は見事に外れることになる。


「蛍ちゃん、今も意識戻ってねーんだろ...?」


「大丈夫だって!トラック事故の怪我にしては軽い方って言ってたろ?」


 その会話に、喜びと驚きが同時に押し寄せる。俺は死んでない。死因は交通事故で、今身体は病院にあること。

 疑念が確信に変わった。そしてなにより、こいつらが俺のためにできることをしてくれている事実が嬉しかった。

 やはり一時的に魂が抜け出ていただけだったんだ。それを知れただけでもう十分だ。「馬鹿馬鹿しい」と帰ろうとする三人についていこうと開いた扉に突っ込んでも、案の定身体は弾き返される。


 外に出たい。身体を取り戻すんだ。そして、夏目にもう一度、正しい姿で会いに行く。

 そう強く願った時、俺は自身に起こりつつある変容に気がついた。身体が、半透明になっていた身体が消えかかっている。

 さらに透明になるわけじゃなく、細かな粒になり霧散していくよう。駆け寄ってくる夏目。


「これ...これは...!?」


「大丈夫。信じて。」

「今から戻るはずだから。」

「...大丈夫...だよね。」


 安堵した次の瞬間、夏目は俺の両頬に手を添えて顔を寄せた。唇と唇が触れ合う。幽霊になっていても、その柔らかさが伝わった。

 どこか恥ずかしくて、ずっとしてこなかった。幽霊だということを再認識したくなくて、手すら繋いでこなかった。

 初めてのキスだった。二人の瞳から流れ落ちる涙の味が幽かに混ざった、不慣れな。

 決意に澄み渡った心は、引き戻されない。早まらない。想いを伝えるのはこの後だ。


 消え行く幽体。感覚が希釈され、触れることすらできなくなった腕を必死に伸ばし、彼女を抱き締めようとする。

 しかし、ノイズがかったように視界が白く染まっていく。そこに映る夏目の姿。

 大丈夫。俺は君を信じる。きっとすぐ戻るから、どうか待っていてほしい。

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