第2話 遭遇

────────DAY 2。11:36。


 ベッドから身体を起こし、靴を履いて家を出る。なぜか両親は家にいなかった。

 あいつらと別れてからずっと考え込みながら歩いて帰って、一旦それを振り切ろうと枕に顔を沈めた次の瞬間には、日が替わってしまっていた。そんな感覚だった。

 珍しいな。両親が俺になにも言わず家を空けるなんて。でも今はとにかくあのトンネルを抜けなければならない。


 昨日と同じ道。すっかり祭りの活気も消え失せた町。草むらの中に投げ捨てられたかき氷の空き容器に、ベタついた涼を見た。

 決心はしていたけど、一人で来るのはやっぱり心細いものがある。所詮インドア派。家から出て町を歩き回るだけでも未知の世界に出会えてしまう。

 そして、例のトンネルの前で立ち止まる。大丈夫。「変な感じ」がしたのは俺以外、このまま普通に歩いていけば。


「.....いけた...」


 拍子抜けなことに、なにもなく通り抜けられてしまった。やっぱりあいつら、俺の霊感を知った上で結託して嵌めようとしてたんだな。

 息を吐きだし、道を行く。生い茂る草木が射し込む日の光をいくつにも分け、心地いい風と共に抜けていく。

 山をぐるっと回るような道程だった。普通に暮らしていては見えない場所に、確かに古ぼけた屋敷がぽつりと建っている。


 外壁はツタに覆われ、至るところにヒビが入ってる。もし人の手が入っているなら取り壊されるのも時間の問題だろう。

 だって見るからに誰も住んでいない。ただボロいだけの民家が幽霊屋敷呼ばわりされているパターンだったらどうしようかと思った。

 最早廃墟。これなら心置きなく土足で入り込めるってもんだ。それにしても、一体誰が俺に話しかけてきたんだろう。

 俺は意を決して、あからさまに恐ろしく軋む音を立てる玄関の戸を開いた。


 中はおよそ予想通り。物が散乱していて、至るところにホコリの塊や蜘蛛の巣が点在。そして屋敷と言われているだけにそこそこの広さがある。

 洋風の装い。すっかり褪せて汚れてしまってはいるが、赤いカーペットも敷かれている。

 こんな度胸試しみたいなことはしたことがなかったから、迫力とリアルさに気圧されている自分がいた。

 天井に穴が空いていたりなんてことは案外なくて、窓も閉め切られたまま。だから熱と湿気がこもって外より暑い。


 あいつらに連れてこられたならここで辞めていただろう。でも今回は自己責任、自分の意思でここに来た。だからまだ、もう少し頑張る。


「とりあえず...部屋回ってみるか...」


 こんな屋敷がこんな近くにあったなんて。古さに悲鳴を上げる床板を踏み締めながら、ゆっくりと進む。

 昼に来て正解だった。夜で暗かったら探索どころじゃない。幽霊を見る前にビビり上がってUターンしていたところだ。

 しかし、ところどころに目当たるものがあった。色鮮やかな包装。お菓子の空き容器や空のペットボトル、缶などが捨てられている。


 もう誰かが入り込んだらしい。よく見ればくだらない落書きもあるし、何時来たか顕示するための日付、年代物の相合傘まであった。

 普通ならこういうとこ、彼女と来たりするのかな。幸せそうにキャッキャウフフしながら、腕でも組んで歩き回ったんだろうな!

 友達はいる。いるけど、それはそれ。チリトリで隅っこに寄せられるだけの俺みたいな人種は巡り合いの機会を自分で捨ててる。

 寂しくない。寂しくないぞ。彼女は出来ないんじゃなく作らないんだ。


「クソぉ...」


 こんな明るい時間帯に、幽霊なんぞにビビらないで当然の男が一人で来て粋がってる現実を俯瞰して見てしまい、沸き立った苛立ちを足下の空き缶にぶつける。

 軽く爪先を当てた缶は簡単に転がっていき、柱の角にぶつかって止まった。

 その時。再びあの風が。冷たく湿った気味の悪い風が俺のいる廊下を吹き抜けた。昨日と同じものだ。


 風は少し渦を巻き、俺の周りを撫で回した後、塵を巻き上げながら階段を伝って二階へ通り抜けていった。

 それはまるで、俺を二階に誘い込んでいるみたいだった。窓が閉まっているのに風なんて、という当たり前の疑問もなく、ふんわりと舞い落ち、光を受け輝くホコリの柱を身体で掻き分け階段に足をかける。

 軽くなる足取り。意気が消えないうちに上りきると、外観を見渡した時には見向きもしなかった小さいバルコニーがあった。


 そこにものに、俺は息を呑んだ。入り込んでくる風で舞うホコリは紙吹雪、窓の外で揺れる枝は祝福の鐘。

 柵に両肘を置いて、気だるげに外の風景を眺めているセーラー服姿の少女がそこにいた。年は同じくらい。首の付け根あたりで切り揃えた黒い髪。

 そして、首に巻いている季節外れの真っ赤なマフラー。陽光も手伝ってか、取り囲む全てが美しく見えた。

 そんな顔が、手すりに体重をかけたまま固まっている俺の方を向く。眩しさにすぼめた、しかし綺麗な瞳だ。


「......」


 少女はなにも言わず、ただこちらを見つめる。しどろもどろに目を泳がせる俺。というか、そのうちに一つ気づいたことがある。

 この子が着てる制服、うちの中学のものになんだか少し似ている。多少のデザインの差でしかないが、他校の女子か?

 人のことは言えないけど、なんでわざわざ制服でこんなところにいるんだろう。

 とりあえず話しかけるか。もしかしたら同じ目的を持ってここに来たのかもしれないし。


「あ、あの...こんにちは...」

「俺、小椋オグラ ケイっていうんですけど...」


「知ってるよ。」


「君も肝試しとか...」

「...えっ?」


「知ってる。小椋君。」

「君をここに呼んだの、私だもん。」


「呼んだ、って...え!?」

「あの声が君...ってことは...」


「そう。私が幽霊。みんなが噂して、好奇心でやってくるこの屋敷の幽霊。」

「でも...から来ちゃうなんて。なんでかな...」


 少女は涙を流した。しゃくり上げもせず、ただ頬にツーッと、一筋の雫を伝わせる。

 次々と告げられる要領を得ない言葉、泣かせてしまったかと狼狽える俺が、どうにか慰めようと伸ばした手。

 身体が、光を透かしていた。透明人間。幽霊。頭の中を巡り巡る怒涛、答えを弾き出すことなく俺は口を開けたままだった。

 助けを求めるように頭を上げても、少女は悲しそうにこちらを見下ろすばかり。


「えっ...なッ、なん...」


 ローファーの靴音が近づく。目の前まで近づいてきていた少女は、尻餅をついた俺にしゃがみこんで目線を合わせ、優しい声色で囁く。


「君は、死んじゃったの。」

「どういうわけかはわからない。でも、君が今幽霊になってこの世をさまよっているのはわかるの。」


「死ん...だ...?」


「心当たりはない?なにか、死ぬ前にやり残したこととか。」


「死ぬ前って....ッ、そんなの知らない!!」


 叫び、少女を振り切って階段を飛び降りるように下り、玄関の戸を開こうとする。

 が、動かない。軋みこそすれさっきまで動いていたはずだ。いくら体重をかけてもびくともしない。

 窓もダメだった。そもそも解錠できないし、叩き割ろうと物をぶつけても弾かれる。なぜだ。なぜ俺はこんなところに閉じ込められなければならないんだ。

 幽霊になったから?物に干渉できなくなった?それはフィクション、いくら霊感があっても自分が幽霊になるなんて思いやしない。


 絶望し、立ち尽くす。そこへ悠々と階段を下りてくる少女。俺はそちらに向き直り、この事態の詳細を問いただした。


「なんだッ、なんだよこれ!?」

「なんか知ってるんだろ!?早くここから出してくれよ!!」


「...だからさっき聞いたよ。なにかやり残したことがないかって。」

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