第41話 準備は念入りに

 終業式を明日に控えた日の昼休み教室の中は、2学期も終わりという解放感と明日からは冬休みという期待感で、いつもより会話が盛り上がり賑やかになっていた。

 いつもどおり葵たちとお弁当を食べているが、茜や佐野っちはいつもより口数が多い。


「あ~、明日から冬休みか。夕貴にセクハラできなくなるのは、ちょっと寂しいな」

「ほんと、毎日の楽しみなのに。部活前に夕貴の胸触ると、気が出て頑張れるのに明日からないなんて、考えられない」

「あっ、そうだ。いいこと思いついた。夕貴、冬休みでも朝だけ学校にきてよ。それで私たちに、下着見せてお尻触られた帰ってもいいし、学校で勉強してもいいし」

「それって、全然いいことじゃないから」


 僕と佐野っちと茜は3人とも声を出して笑っているが、葵は子供の遊びを見守る母親のような優しい笑みを浮かべているだけだ。


「どうした葵?私が作ってきたお弁当美味しくなかった?」

「いや美味しいよ。とくにこのピーマンとじゃこの炒め物、ちょっとピリ辛で好きな味」

「そう良かった。葵、ちょっと辛めの方が好きだから鷹の爪入れたんだ」

「葵、愛されてるね」


 茜に冷やかされた葵は少し笑みを浮かべただけだった。僕が黒タイツを履くようになってから、葵は少し元気がない。

 岩崎さんのアドバイスで自分の意思を持つようになり、葵に相談もなく黒タイツを履き始めたのが、気に食わなかったのか心配したがそうではなさそうだ。

 いつも通りを演じつつ何か悩んでいそうな葵がちょっと心配だった。


「葵、24日って何か用事ある?良かったら、中央公園でやっているクリスマスマーケット一緒に行かない?」

「珍しい、夕貴の方から葵を誘ってる」


 冷やかすように茜から言われて気づいたが、たしかに僕の方から葵を誘うのは初めてだった。

 葵も僕からの意外な展開に驚いているようで、どう返事してよいか悩んでいるようだ。


「ま……、まあ、今のところ、何もないから、暇つぶしに付き合ってあげてもいいけど」


 いつも通りと言えばいつも通りの葵の返事だが、表情が少し浮かない。


「もう、彼氏がいない私の前でそんな話しないでよ」

「そういえば、佐野っち、私の彼氏の友達が彼女欲しがっているようだから紹介しようか?」

「うん、お願い。えっ、いつ?」

「25日とかどうかな?場所は……」


 佐野っちと茜の二人の話が盛り上がり始めた。そんな二人の会話とは対照的に、僕と葵は目をあわせて微笑みあうだけだった。


◇ ◇ ◇


 12月の駅ビルはどのテナントも歳末のバーゲンセールで派手にディスプレイされており、多くの人々が慌ただしく行き交い興奮と騒がしさに包まれていた。

 そんな華やかな雰囲気とは対照的に、お小遣い全部をもって買い物に来ていた僕は途方に暮れていた。


 バーゲンセールで半額になったとしても、高すぎて手が出ない。財布の中に入っている予算だと、スカート一着買うのがやっとだ。

 今まで葵が何でも買ってくれていたので値段を気にすることはなかったが、いざ自分が買うとなると予算が足りない。


 明日のデート、いつもと違うコーデで葵を驚かせようと服を買いにきたのに計画が早くも破綻してしまった。

 仕方ない、スカートだけでも買ってあとは手持ちの服と合わせることにしよう、そう思ってもう一度お店に戻ろうとしたとき突然声を掛けられた。


「あら、夕貴。夕貴もお買い物?」


 振り返ってみると、茜と佐野っちだった。二人とも買い物した後みたいでアパレルショップのロゴの入った袋を手にぶら下げていた。


「うん、二人も?」

「そう、今度茜に彼氏の友達紹介してもらうから、その時着ていく服を買いに来たの」

「ひょっとして夕貴も明日の葵とのデート服買いに来たの?」


 何か面白そうなことが起きそうと期待する茜は、目を輝かせている。


「そうだけど、本当はトータルコーデ考えていたけどちょっと予算が足りなくて、スカートだけにしようかなと思ってたところ」


 裕福な二人の前でお金が足りないことを話すのは恥ずかしかったが、一人で買い物するよりは茜たちと買い物した方がアドバイスがもらえそうなので、恥を忍んで正直に話した。


「あっ、それだったら、いいところがあるよ」


 茜と佐野っちに連れられてきたのは、リサイクルショップだった。

 電化製品、楽器などカテゴリごとにフロアが分かれており、レディースファッションのフロアの5階に上がると、1フロアまるごと女性服ばかりが並んでいた。


 手近にあったスカートを手に取ってみると、数百円程度とかなり格安でこれなら僕のお小遣いでも足りそうだ。

 安心している僕の顔をみた茜は得意げな表情を浮かべていた。


「ほら、ここならいっぱい買い物できるよ」

「夕貴はどんな感じがいいの?」

「大人っぽい感じがいいかな?キレイめな感じ」


 イメージに合ったのはこの前会った岩崎さんだった。あんな感じでシンプルだけど上品できれいな感じのコーデが着たかった。


「じゃ、まずはスカートから見ていこうか?」

「大人っぽい感じだと、ロング丈だね。プリーツがいいかな、マーメイドも大人っぽいよね」


 二人とも楽しそうに服を選び始めた。


―——2時間後


 僕は試着室で着替え終わりカーテンを開けると、待ちかねていた二人からの視線が突き刺さった。


「やっぱり、さっきのスカートの方がよくない?」

「う~ん、そうだね、ちょっと何か違うね。次これ着てみて」


 アドバイスをもらえると思って二人と一緒に買い物することにしたのだが、二人にアドバイスどころかむしろプロデュースされている。

 試着ももう何回目なのか数えきれないぐらいしたが、まだ二人の納得するコーデは完成していない。

 

 佐野っちの持ってきたグレーのフレアスカートを着替えて、鏡の前に立ってみる。Aラインがウェストを細く見せて、男性特有のくびれの少なさをカバーしてくれていい感じだ。


 試着室のカーテンを開け二人にも感想を聞いてみたが、二人とも好印象だった。


「じゃ、これにするね。今日は買い物付き合ってくれてありがとう」

「ありがとうって、まだスカートしか決まってないじゃない!トップスもコートも靴も買わなきゃ」

「そうよ、たしか駅の反対側にもリサイクルショップがあったから、あっちも行ってみよ」


 プロデュースする楽しさに目覚めた二人の目は、新しいおもちゃをを手に入れた子供の様に輝いていた。

 そんな二人の迫力に押されて、僕の買い物は夜遅くまで続くのであった。

 

 

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