第24話 バイト

 夏休みが終わった始業式の朝、学校に向かう生徒たちは友達との久しぶりの再会にテンションが上がっている子や、夏休み中夜更かししてばかりだったので朝がけだるそうな子など、その様子は様々だ。


「下野さん、おはよ。夏休み、初日は何色かな?」


 教室に入る早々、佐野さんが僕のお尻を撫でまわしながら下着の色を聞いてきた。この感触も久しぶりだ。


「初日だから、気合入れて赤だよ。今日のラッキーカラーだよ」


 佐野さんとのこのやり取りも久しぶりで懐かしい。


「あっ、葵、おはよ。久しぶり」


 佐野さんが手を振りながら葵との再会を喜んでいる。


「佐野っち、久しぶり。プール誘ったとき、海外にいるからって言ってたけどどこ行ってたの?」

「フランスとイタリア。ルーブル美術館良かったよ」

「あっ、私も一昨年行ったことあるよ。いろいろ見て回ったけど歩き疲れて、中庭のカフェが良かったことしか覚えていないよ」

「あっ、そこ私も行ったよ。奇麗だったよ」


 葵と佐野さんがルーブル美術館の話題で盛り上がっている。夏休みは葵とプールに行っただけの僕とは違い、お嬢様たちの夏休みはスケールが違うようだ。


「あっ、そうだ。夕貴、土曜日バイトしない?」

「駅前のベニーズよ。最近、バイトが辞めたみたいで大変みたい。でも、バイトテロとかあるから誰でもいいわけじゃないから、なかなか代わりが見つからないんだって」

「そうなんだ」

「夕貴なら、お客さんの料理をつまみ食いしたり、冷蔵庫の中に入ったりしないでしょ」

「まあ、そうだけど」

「じゃ、決まりね。時給は弾むようにお願いしておくから、10時からのシフトだけど初日だから9時半にはベニーズに行ってね」


 いつものように葵に一方的に決められてしまった。まあ、バイト代ももらえるようだし悪い話ではなさそうだ。と、この時までは思っていた。


 土曜日の9時半、約束通りベニーズに行きレジにいたスタッフに声をかけると、控室に案内された。


「下野さんね。店長の山田です。よろしくお願いします」


 葵の紹介ということもあり、バイトにもかかわらず丁寧にあいさつされた。


「聞いていたけど、本当に女の子みたいだね」


 女装を始めて5か月が経ち、男なのに「女の子みたい」と言われ、僕は嬉しく感じてしまうようになった。

 山田店長は僕の方へと歩みより至近距離で僕の顔をジロジロと見始めたかと思ったら、僕のミニスカートの上から股間の部分に手を当てた。


「ついてる~。本当に男の子なんだね。でも、言われなきゃわからないから、これなら大丈夫かな。はい、これ制服、着替えてきて。この部屋の向かいが男子更衣室だから」


 山田店長は制服を手渡してくれた。キッチンスタッフ用の白衣ではなく、チェック柄のホール用の制服だった。


「えっ、ホールなんですか?」

「あら、聞いてなかったの?まあ、何でもいいから早く着替えてきて」


 店長に背中を押され、控室を出て向かいの男子更衣室に入った。

 手渡された制服を広げてみると、案の定スカートだった。ベニーズは店長が着ていたようなパンツスタイルの制服もあるが、葵が絡んでいるからにはそれは叶わぬ望みだった。

 着てきた服を脱いでロッカーに入れ、茶色のチェック柄のスカートを履いて、白のブラウスを着てリボンを付けた。


―——ガッチャ


 ドアが開き、男性が入ろうとしたが僕の姿を見て一歩下がりドアのプレートを確認した。

 まあ、仕方ないよな。更衣室のドア開けて、スカート履いている人がいたら女子更衣室と間違えたと思ってしまうよな。


「大丈夫ですよ。ここ男子更衣室です。今日から、お世話になる下野です」


 事態が呑み込めずあっけにとられている男性の横を通り過ぎて、再び店長の待つ控室に戻った。


「似合ってるじゃない。かわいいよ」

「ありがとうございます」


 かわいいを誉め言葉として受け入れられるようになったのは、いつからだろう。永久脱毛も終わり、髪も伸びた。女の子らしい歩き方や仕草も無意識のうちにできるようなった。女の子らしい何かを手に入れるたびに、男としての何かが失われていくようだった。


 そのおかげで、街中で男と気づかれて嘲笑されることもなくなった。

 女の子らしくなるほどに葵が喜んでくれるので僕も嬉しいが、それと同時に男から離れていく自分に寂しさも感じてしまう。


「シフトは10時から16時までで、仕事にきたらこのパソコンの出勤ボタンを押して、終わったときは退勤ボタン押してね。休憩は交代で30分休憩とるから、その間に昼ご飯食べてね。それで、仕事のやり方は……」


 僕の思いとは関係なく、店長は仕事の内容を説明し始めた。


―——トン、トン、


「店長、おはようございます」


 ドアが開き、一人の女性が部屋に入ってきた。


「あっ、中野さん、ちょうどよかった」

「店長なんですか?」


 中野さん!?すっかり忘れていたが、このベニーズは前の学校のクラスメイト、ついでに言うならば僕に告白してくれた中野さんのバイト先だった。

 

「今日からバイトに入る、下野さんよ。同じホール係でシフトも同じだから、教育係お願いね」

「下野さん!?下野さんって、下野君?」

「あら、知り合い?だったら、ちょうどよかった。じゃ、私夜勤明けだから、帰るけどよろしくね」


 そうして、店長は部屋から出て行ってしまった。


「この前、会ったときよりも女の子らしくなったね。制服のスカートも似合ってるし、かわいいよ」


 中野さんは話しながら僕に近づき、僕のスカートを掴むと一気にめくりあげた。慌てて、下着が見えないように抑えた。


「男でも、下着見られるの恥ずかしいのね」


 中野さんは、僕の耳に口を近づけてそっとつぶやいた。


「ピンクって、意外と乙女チックなのね」


 中野さんが浮かべている小悪魔な笑顔を見ていると、葵のことを思い出してしまう。


「さあ、シフト始まるから、仕事するよ」


 中野さんは僕の手を引っ張っり、部屋の外へと連れ出した。この、強引さもなんとなく葵に似ている。



 

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