第9話 デート!?

 ようやくたどり着いた金曜日、夕飯を食べ終えお風呂から上がり自室に入るとすぐにベッドに飛び込むように倒れ、寝転がった。


「あ~やっと、一週間終わった」


 女子高生生活を1週間終えた解放感から、思わず独り言がもれてしまう。

 なれない転校先での生活に加え、女の子を演じるのはすごく疲れる。

 週末の宿題もあるけど、今日はもう寝てしまおう。そう思った瞬間、スマホからメッセージが届いたことを知らせる着信音が鳴った。


 くつろいでいた気分を邪魔されたことに腹を立てながらスマホをみると、葵からのメッセージだった。


「明日、13時に駅前ね」


 こちらの都合を聞くこともなく、一方的に予定を入れられてしまった。ちょっと腹立たしいので、文句の一つも言ってやろうと通話ボタンを押した。


「勝手に予定いれるなよ」

「いいじゃない。どうせ、やることないんでしょ。一緒に遊ぼうよ」

「まあ、そうだけど」


 転校したばかりで同じ学校に葵以外の友達はいないし、かといって前の学校の友達には今の姿は見せられない。

 それに授業のレベルが高いので、土日は勉強して過ごそうと思っていた。


 でも、まあ、二日とも勉強ばかりじゃ退屈だし遊ぶのも悪くないと思い始めた。その瞬間、心配なことに思い当ってしまった。


 慌てて葵と通話しながらクローゼットを開けた。そこには、今まで着ていた服はなくスカートやワンピースといった女物の服だけが並んでいた。 

 転校初日に葵に部屋を女の子仕様に変えられたときに、以前の服は全部捨てられ入れ替えられていた。


「明日、スカート履いて行くの?」

「当たり前でしょ。スカートしか持ってないでしょ。あと制服着てきたら、ダメだからね」


 そこで通話が切れた。諦めた気持ちでクローゼットの中を再び見つめた。

 そこに並んでいるのは、膝上5cmの制服よりさらに丈の短いスカートしかない。

 

 学校の行き帰りだけなら学校に着いてしまいさえすれば、学校の中では表立って僕を馬鹿にする人はいない。

 男とバレて恥ずかしい思いをするのは登下校の時だけだったので、少しの辛抱と我慢できたが、外でミニスカート履いて葵と遊ぶとなるとまた話は別だ。


 明日のことを考えると絶望的な気持ちになったが、葵の言うことをきかないという選択肢はない。

 考えても無駄だと諦めて、ひとまず眠ることにした。


 いつもなら学校がない日でも7時には起きていたが、慣れない女子高生生活の疲れがあったのか、目を覚ますと9時を過ぎていた。

 お腹がすいたのでリビングに行ったが両親ともにおらず、テーブルの上に書置きと朝食用のおにぎりが置かれているだけだった。


 おにぎりを頬張りながら書置きを読むと、父親は上園電工との接待ゴルフに、母親は親せきの家に行っているようだった。

 午前中に宿題や予習をすませ、約束の時間に間に合うように家を出た。


「何なのそれは?」


 葵は僕を見るなり、駅前にもかかわらず大きな声をだした。周りの人も振り返って視線を僕の方に向けている。


「そんなに怒るなよ」

「怒るわよ。水色のチェック柄にピンクの花柄のスカートってどんなセンス?普通、柄物を重ねないものじゃない。お母さまは何も言わなかったの?」

「お母さんは出かけていなかったから、適当に着てきた」


 葵はまだ怒っている。葵の服装をみると、白地の水玉のフリルブラウスに黒のスカートを合わせてある。柄物はふたつ使わないのが常識のようだ。

 それによく見ると、化粧もしているし、髪はスカーフを使ってリボン結びしてある。女の子として、すっぴんでおしゃれもせずに来てしまった自分が恥ずかしくなってしまった。


「いろいろと教えることありそうね。こっちに来て」


 葵は僕の手を引き、駅前のサトーココノカドーに入っていった。お店に入るエスカレーターに乗り、2階にある衣料品売り場へとむかった。


「何するの?」

「決まってるじゃない、夕貴の服を買うのよ。そんな変なコーデの人と一緒にデートできないでしょ」

「デートなの、これ?」

「夕貴も一応男なんだから、男女が一緒に遊ぶならデートでしょ」


 ちょっと前まで「普通の男」だった僕を、見た目女の子な「一応男」にしたのは葵だろという不満げな僕に構うことなく、葵は服を選び始めた。


「これなんか、いいかな。リボンついていてかわいいし。夕貴は、黒と白どっちがいいと思う?」


 葵は、黒と白のミニスカートを交互に僕に当ててどちらがいいかで悩んでいる。膝上15cmぐらいで、今履いているのよりさらに短い。


「黒がいいかな」


 どちらでも良かったが、できるだけ地味な方が目立たなくていいと思い黒を選んだ。


「やっぱり白かな。ちょっと、試着してみて」


 僕の意見を無視して、白を選んだ葵は僕の背中を押して試着室へ向かわせた。試着室に入り、スカートを着替えてみる。

 やっぱりスカート丈が短く、膝どころか太もも見えている。そんなスカートの短さに、恥ずかしいというよりも防御力ゼロの心細さを感じてしまう。


「ねえ、まだ?」

「ごめん、リボンが上手く結べなくて」


 共布のリボンベルトに苦戦して手間取っていると、しびれを切らした葵が更衣室のカーテンを開けた。


「スカートの位置、もう少し上だよ。スカートは腰で履くの」


 スカート丈を気にしてなるべく下げていたスカートをおへその近くまで上げられた。

 葵は膝をついて腰に手を回して、リボンを結んでくれた。


「女の子、なんだからリボンくらい結べないとね。似合っているし、いいんじゃない?」


 満足したのか葵は店員さんを呼び、「この服をこのまま着て帰りたいので、タグを取って貰えますか?」とお願いした。

 店員さんは僕の方に近づいて、タグを切った。そのとき僕と目があって、僕が男だということに気付いたような表情を一瞬見せたが、すぐに営業スマイルにもどり、「よくお似合いです」といって、葵とレジへと向かっていった。


「お待たせ」


 会計を終えた葵がもどってきた。


「ほら、猫背だと目立って逆に恥ずかしいよ」

「えっ、でも恥ずかしい。それに、こんなに短くて大丈夫なの?」

「男でも気にするんだ」


 恥ずかしがる僕の姿を見て、葵が小悪魔な笑みを浮かべている。学校では優しくされて気を許していたが、やっぱりこいつは悪魔だ。


「周りは気にしなくても大丈夫だよ。意外と他人の姿なんて誰も見てないものよ。それに一部の変な人以外は、ミニスカートだと逆に視線を外すでしょ」


 たしかに以前の僕も、ミニスカートの女性とすれ違う時、見たい衝動には駆られるが見てしまうと下心が見透かされそうで、逆に違う方を見るようにしていた。


「慣れてくると逆に面白いよ。見たいけど見ちゃダメって感じで視線が動くのわかるから」


 中身はともかく、見た目がアイドル並みにかわいい葵は、誰かに見られることには慣れているようだ。


「じゃ、手始めにプリクラでも撮ろうか?あと、本屋にも行かなくっちゃ」

「本屋?参考書でも買うの?」

「夕貴のよ。ファッション誌買って、少しは勉強しなさい。」


 葵は明るい笑顔を見せ、僕の手をひきサトーココノカドーの3階にある本屋へと歩き始めた。


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