33.「こうして大人になっていく」


「おつ、颯真」

「おつかれ。さっきのナイスパスだった」

「いやいや。シュート決めたのは颯真だから」


 現れたのは、試合の最後に颯真へパスを送った男子だった。見事な連携プレーで、思わず鳥肌が立ったくらいだ。

 背丈のある颯真に比べて小柄な彼は、颯真の姿を見つけると手を振りながら小走りでやってきた。

 お互い背中をたたきあっている姿は、これまで重ねてきた信頼が感じられる。

 片方は気兼ねなく笑っているけれど、颯真の方は指先から緊張している様子がびりびり伝わってきた。


 私はつばを飲み込んだ。


「どしたん。話って」

「それは……。これ、書いてきたから、ヒナタに渡したくて」

「手紙?」


 ヒナタと呼ばれた男子は、目をくりくりさせて驚いている。

「びっくりするよな、俺が手紙とか。嫌じゃなかったら、ここで読んでもいい?」

 颯真がおそるおそるといった様子で聞くと、ヒナタは一瞬驚いたように体を硬直させたあと、静かにうなずいた。


 肩にのしかかる熱がなくなったのを感じて隣を見ると、サナはぎゅっと目をつぶって両手を組み合わせていた。私も真似をして、颯真の行く末を祈る。


 颯真の手紙は、どこをとっても瑞々しく輝いていた。好きという純粋な気持ちで満ちていた。

 颯真の気持ちを間接的に受け取って、改めて恋ってきらきらしていて素晴らしいものだなと思っていた。


 手紙を読み終わると、颯真はゆっくりと手元から顔を上げた。

 遠くからで良く見えないけれど、ヒナタの表情をじっとうかがう。


 ヒナタは、静かに涙を流していた。

 正確には、そう見えた。颯真が手紙を読んでいる間、彼は緊張した面持ちの颯真を見つめていた。読み終わるころには、手の甲で目元をぬぐっているようだった。

 これはどっちだろう……。息が苦しくなる。

 ヒナタは一度こらえきれず下を向いて息を吐いた後、意を決して前を向いた。


「ありがとう。でもごめん颯真、おれ……」


 そこまで聞いて、私は目の前が真っ白になった。

 それサナも一緒で、そっと私の腕に触れる。触れた指先はしんと冷たくなっていた。


「どうしよう、おしず……」

「とりあえず、今はそっとしておいてあげよう」

 気が付くと、どちらともなく手を強く握っていた。



「おいおい、なーに辛気臭い顔してんの」

「おわっ、颯真」


 競技場の入り口で待っていると、帰り支度を済ませた颯真が私たちの肩をたたいた。

 さっき振られたとは思えない、今日の天気みたいな晴れやかな表情だ。


「見ててくれてありがとう。すげー心強かった」

「颯真、あたし、なんにもしてないよ……」

 ついにこらえきれなかったサナが、大きな瞳いっぱいに涙を貯めている。


「あー泣くなサナ、私も泣きそ……」

「なんで二人が泣きそうなんだよー!」

「颯真ぁ~!」

 サナが泣きながら颯真に突進していったので、私もサナの後ろに続いてくっついた。三人で友情のハグをする。

 颯真は「よしよし」とふざけながら私たちの背中を優しくさする。その声は少し鼻声交じりだったので、涙腺に拍車をかけた。


「なんかー、同じクラスに好きな人がいるんだってさ! じゃあ、しょうがねえよなー! アッハッハ!」

「ちくしょー、こんないい男がいながら~!」

 サナも泣きながらヤケになって叫んでいる。


「あー、でもよかった、伝えられて。言えなくて後悔するよりよっぽどいい」

 颯真は涙を腕で豪快にぬぐうと、赤くなった目をまぶしそうに細めた。

「こうなったらさ、あたしと颯真の次なる恋愛成就のためにお参り行かない?」

「え、今から?」と私。

「お、いーじゃん。俺調べるわ」とノリノリの颯真。


 そこで、サナは私の顔を見ると思い出したように、口を開けた。

「あ、おしずはもう成就したからいっか。よし、二人で行くべ!」

「ね、なんでハブんのよ! 私も行くし!」

 サナと私が軽く言い合いをしていると、颯真が驚いたように私を見ていた。そうか、颯真には隼人とのことをまだ伝えていなかった。


「あの、隼人とはつまり……そういうことになりました。今は幼馴染、兼、彼氏」

「やっぱり、そうなるんじゃないかと思ってた。おめでとう、静葉」

「ね~ほんと、ヤキモキさせられたわこっちは」

 三人でふざけて肩を組んで歩く。もう涙は乾いていた。


 みんな、知らないうちに大人になって、少しずついろんな気持ちを知っていく。

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