7.「おまじない、みたいな……」

 ある日の休み時間にサナが定例のノロケ報告をしていると、同じクラスの女子が静かに近寄ってきた。


「ねえ、青木さん」

 私のことだ。

「なに?」

 振り返ると、りんごみたいな爽やかな甘い香りがした。

 ていねいに手入された肩までの黒髪と白い肌が印象的な、白雪姫みたいな子。

「お願いがあって……」

 黒目がちな目をふせて、彼女は言った。消え入りそうな声だった。


 普段話したこともなかったので驚いていたけれど、その表情からぴんときた。

 サナが最初に相談したときと同じ、少し恥ずかしそうな、なんかほわーんとピンク色の空気をまとった色。

 ああ、恋をしている子だなあ。とわかった。

 話を聞いてみると、案の定ラブレターを書いてほしいという相談だった。その場にはなぜかサナも同席した。しかも私よりもなぜか誇らしげだ。


吉沢羽衣よしざわういです。羽に衣でういと読みます」

「え、名前かわいい~! 私サナ。羽衣ちゃんって呼ぶね」

 同じクラスだけど、学年が上がってすぐだから、こんな清楚で可愛らしい子がいるなんてわからなかった。それに、いつもサナと二人でいるし。


 相手は同じ吹奏楽部の先輩。吉沢さんはなんと華奢な見た目によらずサックスを吹いているそうだ。

「え~かっこいい~」

「いえいえ、結構肩がこって大変なんです。でも、先輩もテナーサックスを吹いているから、楽譜とか教えてもらえるので得をした気分になります」

「テナーサックス?」とサナが首をかしげる。


「あ、えっと……、わたしが吹いているのがアルトサックスっていって、それよりも少し大きいサックスなんです。音も低くて渋いしかっこいいです」

 吉沢さんは照れながらそういうので、最初私は恋の相手がサックスだと勘違いしそうになった。それだけ、楽器にかける想いも大きいのかな。


「それで、わたし本当にあがり症で、いまだに先輩の顔を見て話せないんです。その代わり、手紙だったら落ち着いて自分の気持ちを伝えられる気がして……」

「あ、クラスメイトなんだし、敬語じゃなくてお互いタメで大丈夫だよ」

 私が口をはさむと、サナもにこっと笑って同意した。

「うんうん、羽衣ちゃん、そんなにかしこまらないで!」

 吉沢さんはうつむいて、こくりとうなずいた。ほほのあたりに、さらさらした黒髪が垂れた。


「でも、どうして私にお願いしようと思ったの? サナの時は、字を綺麗に書ける自信がないからだったんだよね。でも吉沢さんはそんなことないじゃん」

 さっき名前を書いてもらったとき、吉沢さんは小さいけれどゆっくりと丁寧に字を書いていた。

 特段読みにくい字ではないはずだ。むしろ優しそうな人柄が感じられる、なめらかで素敵な字だなと思った。


「おまじない、みたいな……」

「おまじない」

 私もサナも同じ言葉が出た。


「昼休みに二人の会話が聞こえちゃって。そしたら、青木さんが書いてくれたからパワーをもらえたみたいなこと、サナさんが話してたから……。わたしも勇気をもらいたいなって思って……」

 私は机の下でサナの足をつついた。ほれみろ。すぐに広まるぞ。

 サナは「ごめ~ん」って感じで舌を出しているけれど、全然悪気がない顔。

 吉沢さんはひざの上に乗せた手を見て黙ってしまった。


「私は大丈夫だけど、手紙の内容は吉沢さんが考えてほしい。だから書く時に中身を私も知っちゃうけど大丈夫?」

「うん、大丈夫。よろしくお願いします」

 吉沢さんは、今度は私の目をまっすぐ見て言った。

「あ、やっぱ私も羽衣ちゃんって呼んでいい?」

 ふわふわ柔らかそうで、それでいてしなやかな羽。まさにぴったりな名前だと思った。

 すかさずサナが茶々を入れる。

「あ、おしず真似した~。羽衣ちゃん、この人はお・し・ずって呼んであげてね」

「いえ、えへへ……静葉ちゃん」

 羽衣ちゃんのはにかんだ顔にえくぼが浮かんで、私たちはノックアウトされた。


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