3.「ご所望の品をお持ちしました」

『いちご、食う?』


 夜、髪も乾かさずにベッドでごろごろしていたら、スマホがポロンと鳴った。

 横着してベッドから机に手を伸ばす。差出人の名前を見て、一気に手汗がじわっとにじんだ。


『うん』

 自分の気持ちに反してそっけないメッセージを打ち返すと、すぐにスタンプが送られてきた。三白眼のちょっと目つきが悪い黒猫。私が彼に似ているからとプレゼントしたものを、ずっと使ってくれている。

 といっても、自分であれこれ使うタイプじゃないから、あるものをずっと使っているだけだろう。


 はやと。

 声には出さずつぶやいてみる。胸の奥にあるやわらかい場所が、ぐりぐりと押されるような気持ちになる。


 小学校からの幼なじみで、ずっと一緒だった隼人はやとは、高校生になって初めてクラスが分かれてしまった。逆にこれまでが奇跡だったのだ。


 クラス発表を一緒に見たときに、ショックで愕然としている私の隣で、隼人は「じゃ」と言ってあっさり隣の教室へ行ってしまった。新しい制服に身を包んだ隼人は、このまま知らない世界へ行ってしまうように思えた。

 私だけ寂しがるのもなんだか悔しくて、「じゃーね」なんてぶっきらぼうに返したら、少しだけ笑っていた。


 そしたらその夜すぐにメッセージがきた。

 高校になって勝ち取った、親元を離れての念願の寮生活。 

 そのはずが、なんだか物寂しくなって、ぽつんと座り込んでいた時だった。

『ばあちゃんが、週末飯食いにこいだって』

 去り際のあの笑み。すべてわかっていたのだ。

 クラスが離れても、何も絆が消えたわけじゃない。私はスマホをぎゅっと抱きしめて、少しだけ泣いた。


 隼人はおじいちゃんとおばあちゃんと一緒に住んでいる。

 今年の春も、おばあちゃんの畑で真っ赤な宝石みたいないちごがたくさん採れたのだろう。

 隼人は家から電車で通っているけど、私は家を出て今は学校の近くにある寮暮らし。それでもこうして何かしらのつながりを作ってくれるのが、日々のささやかな幸せだった。


「あ、おしずの旦那来てね?」

 翌日の休み時間、二人でお手洗いからクラスに戻る途中、サナが耳打ちする。

「ちょ、旦那ではない!」

 また、背が伸びた。後ろ姿ですぐにわかった。

 高校に入ってさらにがっちりした肩幅、制服のブレザーは着崩さずにちゃんと着ているけれど、最近は少し窮屈そう。

 私たちの教室の前で隼人がクラスメイトの男子と話している。私がいるか聞いているに違いない。


「あ、どもども町屋まちやどの」

 サナは隼人を名字で呼ぶ。名前で呼ぶのは私の特権だと思っているらしい。

「あ、どもども」

 隼人も慣れた様子でサナに手を振る。

 女子の前では特にむすっとしている隼人だけど、最近はサナに対しても私といる時みたいに笑ったり冗談を言ったりするようになった。


「今日はうちの姫にどういったご用件で?」

「姫がご所望の品をお持ちしました」

「もういいってば」

 私が割り込むとサナが嫌なにやけ方で避けた。

 隼人がレトロなパッチワークの巾着を手渡す。おばあちゃんお手製のお弁当入れ。もう小学校の時から使っているものだ。


「二人で分けて食って」

「え、あたしも食べていいの?」

 サナが目を輝かせる。こやつはいちごに目がない。

「なんかいっぱい採れたらしい」

「やったー町屋氏あざす! おばあちゃんいただきます!」

 すっかり私は置いてけぼりだ。サナは小躍りしている。


「いつもありがとう。……っておばあちゃんに」

 語尾が小さくなってぼそぼそ話す私に、隼人はやれやれみたいな顔をした。

「たまには顔見せにこい。……ってばあちゃんが」

「は、真似しないで」

「はい、授業始まるから座って~」

 サナが茶化すように、担任の真似をした。

 小粒のいちごは、一粒食べるごとに懐かしくて甘酸っぱい味がした。

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