短編ホラー フリーライターゆかりのホラー体験

@isse2007

大学の思い出 夜の田んぼにて

カタカタカタ


洋室の一角に設けられた、パソコン用のディスクで妙齢の女性が作業をしている。

仕事の作業であろうか?

パソコンに向かい、真剣なまなざしを向けている。


“コンコンコン”


文字を打つ音しかなかった部屋に、控えめなノックが聞こえた。


「ゆかりさん、お茶が入りましたよ。」


中学生くらいだろうか?

幼さの残る顔立ちをした少女が、部屋を訪ねてきた。

その手には、入れ立てだろう湯気を上げる紅茶と、小さ目のお皿にクッキーが乗っている。


「ありがとあかねちゃん、そこに置いといてもらえる?」


パソコンから顔を上げて席を立つ。


「そういえば、今度また関西の方に行くみたいじゃない。ちゃんと準備はできてるの?」


女性はふと思い出したかのように、少女に尋ねる。

あかねと呼ばれた少女は、トレイを中央のテーブルに置き、椅子に腰かけながら答えた。


「ああはい、姉さんたちにも手伝ってもらったので大丈夫です。初めての京都ですし今から楽しみなんですよ。」


あかねは嬉しそうに答える。


すると、ゆかりと呼ばれた女性も、思い出にふけるような顔をして答えた。


「そう、あそこはいい町よ。私の旅好きも、もとはといえば京都観光が切っ掛けだったの。きっとあかねちゃんも楽しめるわ。」

    

ゆかりも嬉しそうに話しだす。


「それはそれとして」


ゆかりはそう前置きをして、続ける。


「一人じゃあぶない所もあるから、あおいさんたちからはぐれないようにしなさい。」


「はーい。そういえばゆかりさん、以前京都に住んでたことがあるんでしたっけ?」


小うるさい話題を避けるように、あかねが問い返した。


ゆかりは苦笑いを返して、自身の思い出を語る。


「ええ、大学の4年間ほどね、最も市内じゃなくて田舎の方だったけど。」


「ふーん、時間があればゆかりさんが住んでたところも見てみたいですね。」


それを聞くとゆかりは、表情を真剣なものに変える。


「・・・あかねちゃん、念を押すけど、遠出する時は十分に注意してね、あそこは良くも悪くもいろいろある街だから。」


今までにない剣呑な声色にあかねは身構える。


「人も・・・・それ以外も」



「・・・それ以外?」


予想外の一言に、あかねは思わず聞き返した。

雰囲気的に話ずらそうな内容なのだろうが、聞かずにはいられなかったのである。


「まあ、あなたになら話してもいいでしょう。」

    


つまらない話だけどね。 そういって彼女は、かつての思い出を語りだした。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ゆかりの回想

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


あれは私が、京都に住む大学1年生だったころ。


地元は大阪で大学と同じ関西圏だが、大学までの片道に時間がかかるため、1年の春から生まれて初めての一人暮らしをしていた。


1学期が始まりこちらでの生活も慣れてきたころ、一人暮らしを始めた家の近辺を散策することが私の日課となっている。


こちらに越してきて数カ月たったとはいえ、全く知らない土地での生活はまだまだ私をワクワクさせてくれた。


他県からくる人や京都人であってもそうなのだが、京都というと京都市内、特に四条河原町から清水寺、もしくは京都駅周辺や伏見神社をイメージする人が多い。


なので、京都は神社仏閣が多く、同時に都市としても発達していると思われがちだが、市内から離れると、とんでもない田舎に早変わりする。


私が住んでいるここも、もとは盆地だったそうで、主要駅周辺こそいろいろあるものの、大学近隣には見渡す限りの田園風景が広がっていた。


受験に訪れた冬の時期こそ閑散としていたものの、春から夏にかけての水田は涼しげで夏から秋にかけては青々とした風景が広がる。


もう少しすれば、一面黄金色が広がる、見事な景観が拝めるだろう。


自然豊かなこの風景を見ながらの散策は、忙しい日々を送る私の癒しとして、有意義な時間となっていた。


ある一点の問題を無視すれば






その日も私は、もはや日課ともいえる周辺の散歩を続けていた


最も暑い時期は過ぎたとは言え、まだまだ残暑が続く中、自然と散策時間は日が傾いてからの開始になる。


家を出た時こそ薄暗い程度だったが、もうすっかり日が暮れ、辺りは月明りに照らされていた。


周りの木々からはセミの声が聞こえ、風が揺らす草木の音が耳に心地よい。


主要道路から離れているためか、街灯もなく空の月と数少ない民家の光しかない道を進んでいく。


朝や昼の素晴らしい景観も好きだが、喧騒からは程遠いこの空気も私は気に入っていた。



ふと気が付くと、私は大学へ向かう田んぼ道まで足を運んでいた。


月明りがあるとはいえ、光源が一切ない田んぼ道は独特な不気味さがある。


「これだけは苦手なのよね。」


早朝や昼間の風景とは異なり、この夜間の田園風景だけは、好きになれなかった


左右に広がる田畑は暗闇に覆われ、まるで夜の海に一人でたたずんでいるような錯覚すらおこす。


(よく昔話で田んぼが舞台の怪談が出てくるが、なるほど納得な不気味さだ。)


そんなことを思いながら、早くこの場を離れようと歩を進めた時、目の端に人影が見えた。


どうやら農作業をしている用だ、麦わら帽子をかぶったその人影は腰をかがめて作業をしている。


「農家が大変というのは聞くけど、暗くなってまで作業があるのね」


わたしは少しの気まずさを感じ、足早にその場を離れようと歩き出そうとして・・・


「・・・・まって」


おかしい


暗闇の中、いくら月明りがあるとはいえ、何のあかりもつけず、農作業などできるものだろうか?


ましてや私がいる道路側ならまだしも、人影がいるのは田んぼの真ん中


手元を見る事すら怪しいだろう


ふと立ち止まり、あらためて人影を見る


最初に見た状態と全く変わらず、人影はそこにあった


というか全く動いていない


全く動かず、腰をかがめたまま


こちらをじっとみつめている


「・・・・つう!」


止めていた足を急いで動かし、足早にその場を離れる。


できるだけ人の多い道を使い、息を切らせながら家まで駆けこんだ。




結局、その日は何もする気が起きず、ただただ震えながら布団にくるまった。


布団の中であの人影のことばかり考えてしまい、一向に眠ることもできず。


結局眠りについたのは、明け方近くになってからだった。





翌日


私はあの人影がいた田んぼ道に来ていた。


昨晩の出来事が夢なのかどうかの確認と、近所の中学校の通学ルートなので、昼間ならば怖くはないだろうと考えたからだ。


学生たちがチラホラといる中を昨日と同じルートをたどり、歩を進めていく。


目の前に広がる田園風景は、日の光を反射し青々とした景観を見せている。


人影を見た場所まで近づくと、田んぼの真ん中には人型のカカシが立っていた。


カカシといってもマネキンに服を着せた精巧なもので、一見すると人に見えてしまうほどである。


青年男性ほどの大きさがあるそのカカシは、麦わら帽子をかぶり田んぼの方を向いて立っていた。


「なんだ、ただのカカシじゃん。」


幽霊の正体見たり枯れ尾花とはよく言ったものだ。


これだけ精巧なカカシなら、あの暗闇で見れば人にしか見えないだろう。


「いや、そもそも昨日だって、あの人影動いてなかったじゃん、気づけよわたし」


ちょっとした自己嫌悪に陥るが、何はともあれ、人影の正体が分かったことに、私は安堵した。


「かえろ」


そのまま、来た道を戻る。


午後からは講義があるため、帰ったら準備をしなければいけない。


昨晩から何も食べていないし、大学に行くまでに、食事もしなければ、持たないだろう。


「あれ?でも」


ふと、昨日のことを思い出して、とある疑問が浮かんだ。


昨日の私は、なぜ人影を農作業している人と思ったのだろう?


(今見たカカシは立ってたのに?)


昨日の私は、なぜ見られていると思ったのだろう?


(カカシは田んぼの方を向いてたのに?)


昨日のカカシは


あんな形してたっけ?

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