第49話 終焉の刻


「...きろ...おきろ...」


「...んん...」


 俺は微かに聞こえる声に意識を取り戻し目を開けると真っ暗な空間だった


「起きろ...」


「あれ...もしかして...」


「久しぶりじゃな」


 

 そこには真っ暗な空間に似つかわしくない白いローブに包まれ背中には黒い翼が生えている見覚えのある顔だった━━━



「ルキ...」


「コラッ! 久々に会ったと思ったら呼び捨てか!」


 ポカッ!


「いたたた...ここに居るってことは...俺は死んだんですか...?」


「いや...まだ死んではおらん、今は我が時を止めておるからな。それより前に言ったじゃろ? 勇者以外にも目を向けろと」



 俺はこの空間にいた最後の日に言われた言葉を思い出した━━━



「ごめんなさい...いろいろ推理してたんだけど間に合わなくて...まさか自分の母親が魔神なんて思わなかったです」


 俺の言葉にルキはため息をついて顔を振った


「全く...困った弟子だよお前は。我の言う事をあの時最後まで聞かないから悪いんじゃ...油断したな」


「いや...それが今回ばかりは油断してなくて全力で行ってやられました。守る者はとりあえず守れたけど...」


「そうか...守ったのは我が刻印が刻まれた後にお前が処女を奪ったあの赤髪の娘じゃな? あやつは良い女子じゃ」


「事細かく言わなくて良いですよ...それより魔神を倒す方法はありますか?」


 その言葉にルキは少し真剣な顔になる


「あるにはある...じゃが......」


「勿体ぶらないで教えて下さいよ」


「あの女子達が鍵じゃな。それと...奴を殺すには武器と力が要る」


「武器か...今まで一回も使った事無かったな。どんな武器なんですか? それとアイツ"零"の力使ってました...」


「...まず奴は元々神と同等の存在じゃ、しかし奴は勇者の所為で多くの人間の魂を吸収したことにより神以上の力を持ってしまった。その影響であの力を持ってしまったんじゃ...勇者をたぶらかしたのはなかなか良い作戦じゃったな。まぁ我には勝てないがな!」


 ルキはまた腰に手を当てて鼻息を荒くする


「そんなとこで負けん気出さなくて良いですよ。しかし神以上の力だったからあんなに強かったのか...」


「ああ、お前は所詮人間...70%程度しか"創""零"共に取得できていないからな。普通の神なら倒せるが奴を倒すにはどちらも100%我から受け継ぐしか無い......」



「もし...それを受け継いだ代償は━━━」



 ルキが俯いて俺と目を逸らす。

 なんとなく言いたい事はわかった...



「ああ...そう言うことじゃ。どうするかはお主が決めろ...」


 そんなもん言われなくても━━━


「決まってる、俺は復讐を果たします。そして守りたい人もいるんです」


 俺にはもう悩んでいる暇なんか無い...


「分かった、では行くぞ...しっかりと手を握れ!」


 ルキの左手を握るとその手から純白の光と真っ黒な光が合わさって俺の体に流れてくる。

 暖かいような冷たいような感覚が全身を襲い、そして同時に今まで感じたことの無い力が沸いてくる


「あと少し...」


 ルキの身体から閃光が放たれそれが全て俺へと流れ込み、全てを体に取り込むと光が徐々に収まった。


「なんだこれ...」


 そして握った左腕の一部は皮膚が爛れ刻印のようなものが出来ていた。


「それは我秘伝の刻印...後々に意味を成すかもしれぬ。良いかよく聞け、今すぐ現実に戻す。そしたらあの赤髪の女子、そして僕っ子と共に我が創った武器を使え━━━もし━━━すむ━━━」



 俺の意識は途切れた━━━



*       *       *




「ジュノ...ジュノ!」


 

 頬を伝って溢れるパトラの涙が俺の顔に落ちた感覚で俺は再び目を覚ました



「パトラ...」



「よかった...! もう...心配させないでよ...!」



 嬉しそうな顔をするパトラとは対照的に魔神エレナは怯えた顔をしていた



「何故...確かに私は斬ってしまったはず...でも...」



 俺が立ち上がると何故か背中がむず痒く感じ、黒い羽が宙に舞う━━━



「ジュノ...その姿...」


 俺の背中には左右三枚ずつの黒い翼が生え、まるでルキのような出立ちになって少し宙に浮いていた━━━


「ジュノくんは...天使...?」


「いやいや、こんな三大欲求に従順な天使は居ないかな...俺は人間だよ一応」


 そんな俺の復活にエレナはなぜか安堵していた


「良かった...お母さんフェルを殺してしまったと思った...」


「ああ死にかけたよ、覚悟しろ...今度こそ年貢の納め時だ」


「まだそんな言葉を放つのね...もう知らない。貴方が大切にするもの全てを殺したあと貴方を魅了して私以外何も考えられなくさせてあげる。貴方は私のモノ━━━」



 ━━━零...薨去こうきょの大鎌・二振



 エレナは大鎌をもう一つ取り出し俺に構える



「そうはさせないさ...俺の名前Junoは魅了の耐性付きらしいからな。そして俺も初めてちゃんとした武器を使うよ」



 ━━━創...零創刀・滅れいそうとう・めつ



 俺が空間から創り出したのは刀身が真っ黒に光る刀で赤黒いオーラが包んでいた。

 俺はその禍々しい雰囲気に息を呑む


「なにその穢らわしい刀は...そんなもの振り回しても私は殺せない。これはフェルの反抗期かしら?」


「囀るな...子離れの時間だ...!」


 俺はエレナ対し居合の構えで間合いを取り目を瞑った


「まあいいわ...さっきよりも痛めつけてあげる! 終絶奥義 《奈落之三日月 》ならくのみかづき!」



 エレナの気配が目の前から消える刹那俺は瞬間的に宙を舞いエレナの正面に立ち間合いを詰めた



 ━━━創...寂滅一閃・絶じゃくめついっせん・ぜつ









「っ...!」

 

 

 エレナはその場から動けず持っていた大鎌2本が地面に転がる音が聞こえる━━━


「零...零...!」



 俺はエレナの鎌を持っていた両腕ごと斬り伏せ、血がついた刀を振って鞘に収めた



「う...そ...腕が...戻らない...!」



「今度は...効いたようだな...」



「この...! なんで...なんで戻らない...!」


 

 いくらエレナが力を使ってもさっきの俺のように切断された傷口が修復、再生する事は無く切られて地面に落ちた腕は膨れ上がったり萎んだりを繰り返しながら徐々に小さくなって塵と消えた



「悪いな...お前より長い年月を共にした師匠に力を貰ったんだよ。お前に報復するためにな...」



「ふん...でもこの程度で私は殺せない...」



「簡単には殺さないよ...」



 ズバァッ...!



「キ゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ!」


 俺はエレナの膝下を切断し放り投げた


「喚くな...お前が今まで行ってきた悪行に比べたら膝下2本無くなるくらい大したことないだろ? それとも今まで痛い思いをしてこなかったからそんなに大袈裟なのか?」


 創...狐火


「くっ...お母さん...そんなドSな子に育てた覚えは...無いんだけどなぁ...ウ゛ア゛ァ゛ァ゛ッ!」


 切断した切り口に熱した刀身を当てステーキを切るように残りの足をゆっくりと切断していく


「ドSに育てられたんだよ40年もの間師匠にな。今日で...今日で復讐を終わらせる...!」


「ク゛ォ゛エ゛エ゛ェ゛ェ゛ッ!」


 エレナの下腹部目掛けて拳を叩き込み、刀で内臓ごと切り刻む


「うぅ...ニンゲンがこんなに強く...ありえ...ない...」


「現実を受け入れろ。全く...俺の周りの女は目を背けている奴ばっかだ、パトラ以外はな」



 エレナは口から大量の血を吐いて事切れそうになりながら言葉を並べる



「フェ...ル...まさか...あなた...」



「黙れ。二人ともコイツは動けなくした...痛めつけるなら今のうちだけどどうする?」


「私は...もう早く終わらせたい...。元凶のコイツは許せないけど今この瞬間も同じ空気を吸っていたくないの...」


 パトラはゴミを見るような目でエレナを睨みつけ、

 モロンさんは自らのアザを撫でながらエレナを見下した


「僕も同じ意見。今まで魔神が原因であんなことさせられてたんだ最低最悪の気持ちだよ。今すぐ全て終わらせたい...」



「だよな、俺たちの手でぶっ殺そう...」



 俺は満身創痍のエレナに左手で持った刀を向ける━━━

 

 覚悟を決めた俺にパトラが少し心配そうな顔で見つめてきた



「でも...本当に良いの...? 魔神とはいえ育てのお母さんなんでしょ...さっきコイツも言ってたけど育てた時間には...」



「良いんだ...綺麗な思い出のまま終わらせたい...それにもう時間がない━━━」



 俺はパトラの手を取って柄を握らせると刀身から純白のオーラが浮かび上がった


「何これ...」


「恐らくパトラの聖なる刻印が反応しているんだ...。モロンさんも柄を握ってくれ」


 モロンさんにも握らせると今度は黒いオーラが白いオーラと混ざり浮かび上がる


「コレは...」


「パトラの聖なるオーラとモロンさんに残ってたコイツの黒いオーラが混ざり合ってる...ルキが言ってたのはコレだったのか。これが最期だ...お前を殺して終わらせる」


 

 俺の言葉にエレナは優しく微笑んでいた



「ふふ...あなたも親離れの時ね...ごめんなさいフェル...普通に愛せなくて...本当にごめん...なさい...」



 エレナは全てを悟ったように一筋の涙を流した。


 その涙にあの日捨てられるまでの暖かい日々が思い出され自分にも色んなものが込み上げる



「ああ...俺は普通に生きたかったよ...普通に育てられて普通に日々を過ごしてパトラを紹介して結婚して...でもこれで全て終わりだ...貴様には地獄が待ってる...先に逝け━━━」



 創...女神之一涙めがみのいちるい



 グサッ...



 俺たちが握った刀はエレナの心臓をまっすぐ貫き、エレナの胸からは血が溢れ出した。

 そして刺した刀に宿っていた二つの光は少しずつ消えていった




「さよなら...母さん...」




 エレナの目は2度と開くことは無かった━━━



*      *      *



「ううっ...ぐっ...!...はぁ...はぁ...」


「ジュノ!」


「ジュノくん!」


 俺に生えていた翼は光を放って消えた。

 その直後、身体の力が抜けていくのを感じながら俺はその場に倒れた


「ごめんパトラ...どうやら...ここまでらしい...」


「冗談だよね...? ねぇ...ねぇ!」


「...覚悟はしていたんだ...奴に復讐すると決めてからは...自分の命を犠牲にすることも...」


 意識が朦朧とする中俺はパトラの問いに全力で答える


「そんな...ジュノはこれから幸せになるべきなのに...こんなの...こんなの酷すぎるよ...!」


 モロンさんも目に涙を浮かべながら必死に回復魔法を唱える


「僕の回復魔法でなんとかします...! ジュノくんは絶対に死なせやしないから!」


 二人が俺に必死に呼びかけていると一人の人影がこちらに向かってくる


「フェ...ル...」


 うっすらとした視界に映ったのは涙を流し茫然としているリーゼだった。


 

 それを見たパトラは立ち上がり━━━



 パシンッ...!


 

 パトラは涙を流しながら今まで見たことのない怒りでリーゼにビンタを放った



「アンタは近寄らないで! アンタ達のせいで...アンタのせいでジュノは死ぬかもれないのにアンタがジュノの側にいる資格なんてない! どのツラ下げて今ジュノに近づいたの! 悪いと少しでも思うならそこの鎌で自分の首切って死んでよ!」



「ごめん...なさい...ごめんなさい!」



「謝って済んだらこんな事になってないのよ! アンタはジュノの本当の苦しみを分かってない! ジュノと同じ部屋に初めて寝た時、彼がうなされながらなんて言ってたと思う!? 『リーゼ姉ちゃん...やめて...僕を殺さないで』って......。夢でうなされるぐらいアンタに捨てられたことがトラウマになってんのよ!」


「っ...」


「好きな人に残酷に捨てられて殺された苦しみがアンタに分かる!? 黙って聞いてれば身勝手な理由で自分から魅了されて、解けたらそれを言い訳にしてまた一緒になんて都合良すぎ! あの場で殺されなかっただけありがたいと思えクソビッチ! アンタも魔神と同罪よ! 私の愛する人をそこまで傷つけて楽しい!? 楽しいんだよね!? まだ私のこと好きかもしれないって見下した望みがあるんだもんね!? でもアンタの行動がジュノの想いを全て無碍にしたのよ! そんな傷ついた彼をこの先私が全力で愛して、過去を忘れさせるくらい幸せにするつもりだったのに...うぅっ...ふざけ...んな...ふざけんなっ!」


「ごめんなさい...ああぁぁぁっ...!」



「もう良いパトラ...リーゼ...お前をさっき助けたのは...アイツの手でお前を終わらせたくなかっただけだ...。だが今は俺の手を汚してまでお前に関わりたくない...そこで死ぬか...消えてくれ...」



「いや...私はフェルと...うあぁぁ...」






 嘆くリーゼの背後にまた一人の影が立ち上がる






「リーゼ...お前は...俺の...」



 脳天を貫かれて死んだはずの勇者が朦朧とした表情で剣を持って立っていた━━━



「いや...こないで...!」


「俺の...」



 勇者は背後からリーゼを羽交締めにする



 グサッ...!



「いやぁ...なん...で...」



 勇者は自分ごとリーゼの胸を剣で貫いた



「お前は...の...」



「いや...わたし...は...フェ...」


 

 リーゼは苦悶の表情を浮かべ涙を流し、目を開けたまま息を引き取った。


 そして一緒に死んだ勇者の周りには様々な亡霊のような半透明の人影が現れその全員が勇者の死体を見下ろしている



「あれは...何...幻...?」


「わかんない...なんだ...あれ...」


 俺もパトラもそれを思わず凝視する━━━━


 その人影の中にはあの日集会場で亡くなったルークやその妻であるアンナに似た者も見えるが全員鬼のような形相を浮かべていた。

 


 そしてその人影が囲う勇者の死体から透けた勇者が起き上がった



「あれ...俺は死んだ...はずじゃ...お前ら...誰だ! うあああああああ! やめろ...やめてくれ...! あああああああああ#<×*〆*!」



 霊体となった勇者はその幻影達に四肢を引きちぎられ、腹を抉り出されているがそんな事をされても死んで逃げる事が出来ない無限の苦痛...まさに無間地獄の様だった。


 幻影たちは悪魔のような歪んだ笑みを浮ながら悲鳴を上げる勇者と共に地面へと沈んで行く



「アイツは...永遠に苦しめられる...まさに死神の報復だな...」



 俺は朦朧とする意識の中勇者の無様な最期を見届ける。

 

 彼らが沈み行く最後、微かに見えたのはルークとアンナの優しい笑顔だった━━━



*      *      *



「ジュノ...終わったよ今全部...だから...一緒に帰ろう...」



 グシャグシャの泣き顔で俺の手を握りながら訴えるパトラ。


 涙がポタポタ俺の頬に落ちて冷たいな...でも握られた手のおかげか左腕は暖かい



「ああ...帰ろう...パトラ...」


「うん...ルシア姉も待ってるよ...エルフのソフィアさん達も領主様も国王様もみんな。魔神を倒したジュノの帰りを待ってる」


「そうだな...3人で魔神を倒したもんな...はは...」


「そうだよ...英雄なんだから...皆に祝われないとダメだよ...?」


「はは...それは恥ずかしいな...パトラに...任せるよ...」


 ダメだな...意識が遠ざかる...パトラの暖かさが心地良い━━━


「ダメ...そんなのダメ! ジュノしっかり! モロンさん回復魔法は!」



「...傷が...生命力が戻りません...なんで...なんで!!」



「そんな...ジュノ...お願い目を閉じないで! 神様お願いします...ジュノを助けて...!」


 

 パトラの握る手がさらに強くなり少し意識を取り戻す



「そんなに...大きい声出すなよ...俺はパトラの...優しい声が好きなんだ...」



「うん...うん...分かった...だからいつもみたいに...私をからかってよ...ね...?」



「はは...パトラ...あの時は言えなかったけど...俺は...君が大好きだ...愛してる...」




「...私も大好き...ジュノ...愛してる...だから...」









「ありがとう...」




 目を閉じる直前にパトラと交わした口付けは少しだけ甘酸っぱい香りがした━━━


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