第47話 真の悪者


「どういうこと...」


「そのまんまの意味だよ。これ以上話す事はない」


「そんな...やっぱり私が魅了されてたから? あの日フェルを突き落としたから...? それについては残りの人生全てを賭けて償いをするから!」



 リーゼは必死に俺に対して言葉を並べるが俺の心には全く響かない。

 魅了されてたのか、殺されかけたけどそれならしゃーない許そう!

 なんて短絡的な思考の人間なんていない...それに━━━



「俺に対する償いなんていらない、それは今までお前が奪ってきた人達にでもしてくれ。それとさっきお前は変わってしまった俺を元に戻したいって言ってたよな...? 俺はな...こんな俺でも...こんなクズで復讐のことしか考えていない"異常"な俺でも愛してくれる人が居たんだ。その子のためにも俺はお前を許すわけにはいかない...もう口だけの繕った戯言に惑わされるのはごめんなんだよ」


「...それって...パトラちゃんのこと...?」


「お前が気安く彼女の名前を呼ぶな。それからお前が今後すべきなのは彼女からの罰を受け入れる事だ。それが嫌ならここで自殺でもしろ、遺書と筆は用意してやる」



 俺の言葉にリーゼは再び大粒の涙を流して喚く



「フェル...ううっ...嫌...そんな...そんなのって無いよ...私...諦めたくない...! どうしてそんなに冷たくなっちゃったの...? フェルは私のモノ...私にしか見せなかった笑顔を彼女にも見せたの...?」



 動揺を隠せないのか支離滅裂な言葉を放つリーゼに俺は只々呆れるしかなった



「見せたよ...俺はお前のモノじゃないからな。というかさっきから自分勝手な事ばかり言ってるけど魅了の影響で勇者に性格が似たのか? まぁ予兆はあったか...。普通は魅了解除されたら相当発狂すると思うがお前はすぐ立ち直り隙あらばプロポーズしてきたもんな。変わったのはそっちだよ」


「それは...私は変わってない! ただフェルが遠くに行った気がしてどうしても引き戻したかったの! それにフェルが側にいたから冷静になれたんだと思う...だから!」


「変わってないなら余計ダメだな。それと...この前から思ってたんだが勇者とお前の話は矛盾している━━━」



「どういう意味...」



「とぼけるのか...まあいい説明する。さっき部屋で勇者はリーゼが成長するのを待ってから魅了を掛けたと確かに言っていた。たがお前はあのプロポーズの日、俺に吐いた捨て台詞の中で『勇者が村を出て何年かしたら妻として迎えに来るからそれまで俺の世話をしろと言われた』と言っていた。これおかしいと思わないか? 二人の言う事が正しければ魅了に掛かる前に勇者と約束していたことになる」



「それは...でも私は...あの日勇者に襲われて無理やり魅了されてそれで!」



「動揺するなよ、あの日勇者が村にまた来るってなれば村は大騒ぎだ。でもそんな事はなかった...なら勇者はお忍びで村に来たと考えられる。そしてここからは俺の推測だがあの日待ち合わせにお前が遅れた理由...それはお忍びで来た勇者が暗くなるのを待ち人目につかなくなったのを見計らってお前を襲いお前は咄嗟に俺の名前を叫んだんだ。この行動が恐らくさっき勇者が言っていたセリフだろう...だがすぐに勇者だと分かったお前は叫ぶのを止め、何かしらの理由で敢えて魅了に掛かりその後で展望台に来たんだ...そして魅了に掛かった状態で昔勇者がお前に言ったセリフを俺に吐いて俺を突き落とした。違うか?」



「そんな...こと...」



「じゃあ発言の矛盾はどう説明する? どっちかが嘘をついていることになるが...とてもあの状況で勇者が嘘をついていたと思えない。極め付けにお前が12歳からのあの日まで黒いオーラを纏っていなかった事実、それは俺を殺す前の日までは魅了に掛かっていない状態で勇者を待っていたとお前自身が俺を殺す前に放ったセリフから裏付けられるんだ。俺の考えが違ってるなら言ってみろ! むしろ違ってると言ってくれ! これがもし本当なら昔からずっと魅了に掛かってた方がまだ良かったよ...」



「......」



「何も...言う事は無いか...。なら最後に聞きたいんだが俺を突き落としたあの日泣いてたのはなんでだ? 昔から...勇者が好きだったんだろ?」



「...分かった...全部...全部話す...」



 少しの沈黙の後、リーゼは涙を溜めて諦めたように真相を語り出した



「...私が12歳の頃、勇者に一目惚れしたの。そしたら勇者から何年か経ったら迎えに来るからそれまでフェルの世話をしろと言われてその通り過ごしてた。その当時は勇者が待ち遠しかった...でもフェルと一緒に過ごす内に貴方の優しさと愛を感じて好きと言う感情が溢れてどうして良いか分からなくなった。そして貴方に告白されて舞い上がった私は幸せな日々を過ごし勇者の存在を忘れてかけていた...でもとうとうあの日が来た━━━」



 リーゼは俺の反応に怯えながらポツポツと話を再開する



「私は楽になりたかった...勇者とフェル一体どっちを愛したらいいんだろうと悩む毎日から。フェルには最初嘘をついていたけど本当に好きになった事...でも勇者の約束を破ったら私は何をされるか分からない、だから私は現実から逃げるように勇者の魅了に掛かったの。でもまさかフェルからもらった大切なペンダントを捨てるだけじゃなくてフェルを突き落とすなんて...魅了に掛かった体と感情が言う事を聞かなくてどうしても止められなかった! ただ今思えばそれも奴の策略だったのね...奴は自分に楯突いたフェルからお母さんだけじゃなく私も奪って殺したかっただけ...。その後も私の意思と関係なく酷い事を...本当に許されない事をした...ごめんなさい...うぅっ...」



 全てを言い終えるとペタリとしゃがみ込んで俯き号泣していた



「そうか...話してくれてありがとう。やっぱり俺は皆んなの手のひらに踊らされた無意味で無価値なフェル君だった訳だ...」



「そんな事ない! 私は...本当に貴方が好きだった! だから殺すつもりなんてなかった! それだけは信じて!」



「なら何で勇者が来る前に一言も真実を言ってくれなかったんだ! あの時の俺はお前のためならなんでもした! 村を出る事も二人だけで生きて行く事も! わかるだろ!? もう誰も失いたくなかった...俺はお前を本気で守りたかったんだぞ! ところがお前は現実から逃げて答えを出さず、結局は魅了の所為にしただけじゃないか...。もうこれ以上俺を苦しめないでくれ、お前と話す事はない」


「嫌...私は失ったものを取り返したい...! フェルと一緒に暮らしたいの!」


「それ以上薄汚い口で喋るな...口を火魔法でドロドロに溶かされたくなかったらな。俺に納得行かないなら先ずは元凶の勇者に八つ当たりでもしろよ」


 俺は先程まで痛めつけていたバターナイフをリーゼの手元に転がす


「俺からのプレゼントだ...今までの恨み辛みをコレで晴らせ」


 リーゼはそのナイフを持ってフラフラしながら虚な瞳で勇者の元へ向かう


「リーゼさん...」


「リーゼ様...」


 折檻をしているパトラとモロンさんはその異様な雰囲気のリーゼを前に手を止めた


「リーゼ...助けに...来てくれたのか...やっぱりお前は...」


「......死ね」


「な...」


 リーゼは勇者の胸にバターナイフを思いっきり突き刺した



「ウ゛コ゛ア゛ア゛ァ゛ッ」



「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇぇぇぇっ!」


 何度も何度も勇者を滅多刺しにするリーゼ。

 その気迫と狂気に勇者は声を上げる事も出来ずただ刺されるたびに体がピクリと動くだけだった


「お前の...お前のせいで私の人生めちゃくちゃよ! 肩書きに騙されて魅了されて奉仕して本当に好きになった人は結局他の人に取られて...お前さえいなければ...お前さえ生まれてなければこんなことには! 死ねっ...死ねぇっ!」


「うっ...ぐ...へ...待って...くれ...俺はお前が...本当に...」


「うるさい! アンタの愛情なんて要らないのよ! 私はフェルだけに愛されたかったの! アンタみたいなゴミ...クソ野郎なんか! なんであの時私は...ううっ...うわああああああ!」



 リーゼはナイフを落としその場に崩れて泣き叫んだ後その場に倒れて意識を失った



「リーゼさん...」

 


「リ...ゼ...」



 息も絶え絶えな勇者はリーゼの名前すらまともに呼ぶ事ができなかった。

 そんな勇者に俺は顔を近づける━━━


「コレがお前の末路さ...愛する人に滅多刺しにされる気分はどうだ? 幸せだろクズ野郎。さぁお前が魅了を掛けていた人全員を元に戻せ...」


「早くジュノのお母さんのエレナさんも元に戻して!」


 俺の言葉に乗せてパトラが勇者に叫ぶ━━━


「まて...おれ...は...エ...」








 ザシュッ...









「うごぇ...」





「なに...!?」


 

 勇者の脳天をドス黒いオーラを放った触手のようなものが貫通しみるみる勇者は干からびる。

 その末路にパトラは驚いて触手の元に目を向ける。

 

 勇者の脳天に触手を放った正体━━━




















「嘘...でしょ...」





「あらあら随分と口が軽かったのね勇者様は。まあ良いわ、加護が機能しないくらい薄汚れた腑抜けになるほどシンママの私に夢中になってくれてありがとう。お陰でやっと殺すことが出来た...そしてこれでもう誰も私を殺す事は出来ない━━━」




 そいつは今まで見た事もないドス黒いオーラと威圧感放ち、頭にはツノが生え胸元を強調する黒いドレスを身に纏う妖艶な女が縄を解いて立っていた

 



「フェル...貴方を7年も待っていたわ。私が唯一愛した子...これから私とずっとずーーーーっと2人だけで愛し合いましょう?」


 

 その女は俺の母親であるはずのエレナだった━━━




*      *      *




「そんな...ジュノのお母さんが...」


 唖然とした顔でパトラとモロンさんがエレナを見つめる。

 その姿を目に映したエレナは眉を顰めて喋り始めた


「私の可愛い"フェル"にちょっかいを出す女狐ちゃんは黙っててもらえる? リーゼは魅了という誘惑でズダボロに引き裂いたけどまさか新しい女が出てくるなんて...お母さん許せないなぁ...」



「...貴女が本当に魔神の正体...なの? じゃあ僕は今まで...」



 モロンさんも目の前の光景が信じられないのか目を丸くしてキョトンとしていた



「ええそうよ...長い7年だったわ。私を唯一殺せる加護を持つニンゲンを堕落させ弱体化するまでどれだけバカ女を演じて全員を欺いてきたか...。しかし誰も私の正体を見破れなかったなんて主演女優賞は私が頂きね。ねぇフェルお母さん凄い? 貴方もわからなかったでしょ? ほら昔みたいにお母さんの元に来て力一杯抱きしめて..離れてた期間の埋め合わせをしてあげる」


 エレナは無邪気な笑顔で俺の方に手を広げた━━━






















「知ってたよクソ女、俺と同じ例え話すんな━━━」



 

 創...堕天使の腕刀ルーチェ・ラ・スパーダ




 ザシュッ...!




「なっ...」


 

 俺は黒いオーラを纏った腕で瞬時に魔神エレナの首を手刀で切り落とした━━━

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