第35話



 八月の初め、虎太郎と長谷川、それに城ヶ崎三人の姿は警察署の会議室にあった。水沢伊吹が隠していたノートが若葉高校の不正の証拠だとわかると警察は校長である猪狩義文を業務上横領と文書改ざんの疑いで逮捕し自宅と学校の家宅捜索に踏み切った。

「でもさ、城ヶ崎。お前はこれでよかったのか?」

 長谷川の父である長谷川警部に呼び出された三人は会議室で警部が来るのを待っていた。

「何がだ」

 長谷川の問いに会議室の窓から外を見ていた城ヶ崎が振り向いた。

「お前も立場的には伊吹さんと同じだろ? こんなことになったから試合にも出られなくなるかもしれねえし大学だってほら」

「ああ、確かにしばらくは試合は自粛だろうな。だがそれよりも俺は不正を知ってて黙ってはいられないぞ。たとえ大学が不利になったとしてもそれを一生背負うなんてごめんだ」

「……だよな」

 長谷川はそれを聞くと座っていた椅子の背もたれにもたれ掛かった。

「なんだ、何が言いたいんだ?」

 城ヶ崎はそう聞きながら長谷川の隣に腰を下ろした。

「いや、伊吹さんは何を考えていたのだろうって思ってさ」

「ああ、それはこれから警察が校長に話を聞いてわかるだろう」

「そうだけどさ、おっ、来たぞ、オヤジだ」

 廊下を見ていた長谷川がそう言ったかと思うと会議室のドアが開いた。

「やあ、お待たせ」

 三人はすっと立ち上がって頭を下げた。

「こんにちは」

「こんにちは」

 長谷川よりも少し背が高く長谷川をそのまま大人にしたような警部は「こんにちは」と笑顔で挨拶をかわした。

「オヤジ、なんだよ話って」

「ああ、どうぞ、座って」

 長谷川警部が座ると三人も警部の正面に並んで座った。

「君が水沢伊吹の弟の虎太郎くんだね」

「はい」

「君が生徒会長の城ヶ崎結弦ゆづるくん」

「はい」

「私は警部の長谷川だ。いつも息子がお世話になってるね」

「いえ」

「こちらこそです」

 虎太郎と城ヶ崎は座ったまま頭を下げていた。

「普通は捜査状況を警察外部に漏らすことはないんだが君たちは特別だ。息子にいろいろ詮索され間違った憶測を立てられるのもなんでね。君たちのおかげだし君たちも状況を知っておきたいだろう。特に虎太郎くんは。だったらちゃんと私の口から三人に話しておこうと思ってね」

「なんだよオヤジ。よくわかってるじゃねえか」

「とにかく、これはここだけの話だ」

「わかってるよ」

 虎太郎と城ヶ崎は何度も頷いていた。

「うん。知っての通り君たち若葉高校の校長が逮捕された。校長は部活の部員の人数を倍にして多くの金を部費として計上し自分の懐に入れていたわけだ」

「なるほど、部員の数を増やせば一見すると金額はおかしく見えない」

「うん。そのことは校長もあっさり認めたよ。当初借金があったこと。ちょうど息子の学費や留学費用で金が必要だったこと。それで味を占めた校長はさらにギャンブルやマンション購入などのために学校の金を横領したとね」

「ひどいな」

「よく今までバレなかったよな」

「若葉高校は寄付金が多いからね。マイナスになるなんてことはないし、金の出入りも激しいから不正をするのにはちょうどよかったのだろう」

「それで?」

「うん。菅谷誠についてだけど、確かに校長は菅谷誠に相談を受けたらしい。部員の数がおかしいので確認してくださいとね。だがそれだけだ。調べてみるよと返事をした二、三日後に彼は自殺したと、そう校長は言っている」

「ふん、で、伊吹さんは」

「水沢伊吹には全部バレていたそうだ。そしてこっぴどく怒られたらしい。そして約束をさせられた」

「約束?」

 虎太郎が身を乗り出していた。

「ああ。もう二度とやらないこと。少しずつでも金を学校に返していくこと。それが出来なかった時は自分が隠したノートを警察につき出すってね」

「なるほど、校長を更正させようとしたんですね。伊吹さんらしいかも」

「で、校長は約束をしたっていうのか?」

「そうだ。捕まりたくないし、家も車も欲しいものはすでに手に入れていたからな。実際に車を売って少しだが金を戻していたよ」

「本当かよ」

「そうしているうちに、今度は水沢伊吹が自殺したと」

「はあ?」

「ちょっと都合が良すぎるな」

「オヤジ、あれは? 猪又については?」

「猪又は校長に協力していたそうだ。と言っても書類の認証のサインをするだけだがな。ちょっと酒を飲ませれば何でも言うことを聞くと言ってたよ。そもそもサインをと頼むと内容も確認せずに二つ返事で書いていたらしいからな。もしかすると猪又は何も知らなかったかもしれないな」

「猪又が亡くなったことは?」

「校長は知らなかったよ。驚いていた。あれは演技ではないだろう」

 長谷川警部が話し終えると三人は顔を見合わせていた。

「伊吹さんたちの死の真相は何もわからないままか」

「完全にふりだしにもどったな」

「あのノートが呪われてる説が出てきたな」

「はは、長谷川は好きだな、呪いが。安心しろ。呪いなんてあるわけないだろう」

「いや待てよ。呪いか……城ヶ崎、案外呪いっていうのもあるかもしれないぞ? 人間同士の厄介な呪いっていうのがな」

「また何を言ってるんだお前は」

 長谷川は腕組みをしたままで何かを考えている様子をみせた。それを見た三人は少し体の力を抜いて長谷川の考えがまとまるのを待つ姿勢をとった。

「悪いね二人とも。新之助がこうなったらしばらくはこのままなんだ」

 長谷川警部が申し訳なさそうな顔をしていた。

「わかってます。俺も何度もこの様子を見てきましたから」

「僕も見たことはありますけど、部長は何をしているのですか?」

「この子は小さい頃からこうだったんだ。何か気になることがあったらこうやって考えこんでしまってね。一度何を考えていたのか聞いたことがあったよ。本人が言うにはただ今まで聞いたことや見たことを最初からシミュレーションしているだけだって。いろいろなことを思い出しながら頭の中でね」

「ほう。記憶力がいいということか」

「ただね、自分が興味ないことは全く覚えられないんだ。極端でね。いいのか悪いのか、私にもわからないよ」

 長谷川警部はそう言うと困ったような顔をしながら笑っていた。





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