第28話



「新之助、後で俺の部屋へ」

「おう、お帰りオヤジ。すぐ行く」

 自宅のリビングで小学生の弟たちとテレビゲームをして遊んでいる長谷川にそう声をかけたのは長谷川の父であった。

「よし、兄ちゃんちょっとオヤジと話しあっから、あとは二人で遊んでろよ」

「えー?」

「もう終わり~?」

「お、もう十時じゃねえか。ほら、片付けて寝ろ」

「えー」

「えー」

「えーじゃない。どうせ今日の分の宿題もしてないんだろ。宿題やるか寝るか。どっちだ」

「寝る!」

「おやすみ兄ちゃん!」

 二人の弟が慌てて後片付けを始めていた。

「ははっ」

 その様子を笑顔で見つめながら長谷川は階段を上り父の書斎へと向かった。

「失礼します」

 長谷川がノックをして入ると父である長谷川警部は着替えを済ませ、スーツを持った母親がちょうど部屋を出るところだった。

「あ、おふくろ、あいつらもう寝る準備してるから」

「あら新之助、いつもありがとう。助かるわ。ついでに明日から宿題もやるように言ってよね。ちゃんと見てあげてよ?」

「あ? 俺だって忙しいんだって。本当におふくろは人使いが荒いよな」

「うふふ、じゃあね」

 母親が笑いながら出て行くと長谷川は書斎のデスクに座った父の正面に椅子を持ってきて座った。

「何かわかったのか」

「ああ。しかしよくここまでこぎ着けたな新之助。岸谷が三年かけても何も得られなかったというのに」

「当たり前だろ。あんなおっさんと比べるなよな。誰の息子だと思ってんだよ」

「はっはっはっ、いつの間にか一丁前になりやがって」

「で? 校長のこと、調べてくれたんだろ?」

「ああ、最初にお前が校長が怪しいと言った時は驚いたよ。あの猪狩という校長は岸谷の同級生で今も付き合いがあるようだったからな。俺もノーマークだった」

「犯人っていうのは捜査状況が気になるものだろ? 同級生の刑事をそばに置いておくのは自分にとっても都合がいい。それによほど怪しまれない自信があるんだろう。それがいったい何なのかは知らねえけど」

「お前の言う通りだ。で、猪狩義文よしふみ六十二歳。若葉高校の校長になった十年前あたりから金の出入りが怪しくなっている」

「というと?」

「猪狩は十年前までは多額の借金を抱えていた。その少し前に父親が亡くなっているからその借金を猪狩が背負ったとみられるな。その父親は病に倒れるまで染物屋を営んでいた。おそらくその商売の借金だろう」

「猪狩は家業を継がすに?」

「ああ。猪狩は大学を出てからずっと教師ひとすじだった。そして校長になってからわずか一年でその借金を返済している」

「怪しいな」

「さらにその二年後にはマンションを購入。その後も車に海外旅行にとやけに羽振りがいいぞ」

「いくら校長だからってそんなに給料もらえるのか?」

「高校の校長だからな。多くてもおそらく年収一千万円程度だろう。だが猪狩が買ったマンションは一億だ。もともとあった実家を売ったとしても到底手は届かない。それに猪狩は毎週競馬場に通っている。そこでは有名人みたいだな。ギャンブルが好きなのだろう」

「猪狩の家族は?」

「現在は専業主婦の妻と二人だ。息子が一人いるが仕事で海外で家族と暮らしている。どうだ?」

「わかった。動機は充分だな。金が欲しくて学校の金に手を付けてしまった。それを菅谷誠が気付いた」

「おそらくだが、その出納帳を見て何かおかしなことに気付いたのだろう。そして菅谷誠は校長に相談した。まさか校長が犯人だとは知らずにな」

「そして自殺に見せかけて殺した?」

「まだ憶測だ。証拠がないことには何とも言えない。そのノートを捜せるか? 新之助」

「捜すしかないだろ」

「お前の頼み通りに極秘で捜査してるんだ。頑張れよ」

「わかってるよ。そうだオヤジ。虎太郎の警護はちゃんとやってるだろうな」

「ああ、心配ない。俺が信頼してる部下たちに見張らせているから安心しろ」

「わかった。サンキュー」

「しかし、そのノートが見つかったとしてもまだ殺人事件の証拠にはならないからな。そっちも何か証拠が見つかればいいのだが。まだまだ先は長いぞ」

「ノートさえ見つかれば校長もボロを出すだろう。俺がおとりになってもいい」

「菅谷誠や水沢伊吹のように校長に聞いてみるのか? 生徒会でもない刑事の息子が? 猪狩は警戒して何も話さないだろう」

「そうか。だったら生徒会長に頼むさ」

「お前な、その人使いが荒いのはなんとかならんのか」

「文句があるならおふくろに言えよな。人使いが荒いのはおふくろに似たんだよ」

「はっはっ。だったら俺はなにも言えないな」

「はは……」

「なあに? 二人でなんだか楽しそうね」

「うわっ!」

「おっ!」

 突然書斎に入ってきた母親に長谷川と父は驚いていた。

「ちょっとそんなに驚かなくてもいいじゃないの。あなた早くお風呂に入ってちょうだいね」

「おお、わかったよ」

 そう言って母親が出ていくと二人は顔を見合わせ笑っていた。

「じゃあなオヤジ。いろいろありがとうな」

「ああ。お前も気を付けろよ」

「わかってる。校長が自ら虎太郎のアパートにまで来たとは考えにくいからな。警戒しておくよ」

「そうだな。誰にどこで見られているかわからんからな」

 長谷川は深く頷いてから父の書斎から出ていった。





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