第22話
それからというもの長谷川は毎日放課後は虎太郎の家で過ごすようになっていた。虎太郎と同じように長谷川も毎日メールを読み返しては何か考え事をしたりしていたがこれといって進展はないままだった。
「安村先生も連絡とれないっつってたしな」
「猪又コーチですか?」
「うん。心配になってきたから夏休みに一度猪又コーチの家まで行ってみるって」
「そうですか。あ、でも猪又コーチって引っ越したんじゃ」
「ああ。引っ越し先は調べたらしい。ずいぶん遠くの田舎って言ってた」
「へえ」
「あとは城ヶ崎だけが頼りなんだけどな」
「生徒会長ですね」
その時、部屋のチャイムが鳴ってドアを叩く音が聞こえた。長谷川と虎太郎は驚いて顔を見合わせた。一瞬二人の間に緊張がはしった。
「おい、俺だ」
「……城ヶ崎?」
外からの声でわかったのか長谷川は立ち上がり玄関まで急いだ。長谷川がドアを開けるとそこにはまたこの古い若竹コーポには場違いな雰囲気を醸し出す城ヶ崎が立っていた。
「よお。よく来たな」
「お前が何かわかったらここに来いって言ったんだろ」
キョロキョロしながら虎太郎の部屋に上がり込む城ヶ崎。そのスラッとした美しい姿に虎太郎の目は釘付けになっていた。
「おっ、君が水沢伊吹の弟の虎太郎くんか」
「あ、あ、はい! 水沢虎太郎です」
虎太郎は真っ直ぐ立ち上がって城ヶ崎に頭を下げていた。
「す、すみません、こんなボロくて狭い所にお、お越しいただいて」
「はは、虎太郎、そんなに緊張することないぞ。こう見えてもこいつはちょっと変な奴だからな」
「俺はどう見られてるんだ?」
「まあまあ、いいからとりあえず座れよ」
「ああ、じゃあ遠慮なく」
虎太郎は急いで小さな冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出して長谷川の隣に座った城ヶ崎の目の前に置いた。
「すみません、どうぞ」
「ああ、いただきます」
長谷川と城ヶ崎という二人の大きくて格好のいい男が自分の部屋で窮屈そうに座っている。その姿に虎太郎は圧倒され緊張していた。
「おい、落ち着かねえから虎太郎もいつもの場所に座れ」
「は、はい」
立ったままだった虎太郎は長谷川に言われていつものようにベッドの上に乗った。そして正座していた。
「で、ここに来たってことは何かわかったのか?」
長谷川が急かすように身を乗り出していた。
「あれから俺も気になってきて調べたさ。過去の書類をな」
「おう」
「お目当ての水沢伊吹の頃のノートや書類には特におかしなところはなかった。そして菅谷誠が関わっていそうな書類は見つけられなかった」
「なんだ、そっか」
長谷川はすぐに残念そうな顔をした。
「お前勘違いしてるな」
「ん?」
「見つけられなかったと言ったんだ」
「ああ、だから何もなかったってことだろ?」
「そう、なかったんだよ。ちょうど菅谷誠が生徒会長だった頃の年度の書類だけがな」
「はあ? それって……」
「おかしいだろ? 生徒会の資料室には各年度ごとに書類が並べられているはずなんだ。日報、出納帳、各部活の活動の記録、学校での催事って感じでそれぞれの書類がたくさんな。ところがだ。菅谷誠の頃の出納帳だけが見つからなかった」
「出納帳……」
「あの、じゃあ他の日報とかはあったってことですか?」
「ああ、日報や他の書類はちゃんとあった。だからどこかに紛れ込んでいるのかと思って資料室の隅々まで調べたさ。だが見つからなかった」
「なんか怪しいな」
「だろ? それから俺も気になって何度も資料室に足を運んだよ。おかげで資料室は片付けられて綺麗になった」
「ふっ、それはすまなかったな」
「あ、ありがとうございました」
虎太郎は正座したまま城ヶ崎に頭を下げていた。
「いや、礼を言うのはこちらの方さ。二人に頼まれなかったら資料室の過去の書類を見るなんてことはなかっただろうからな。だがおかげで俺たちは何か知ってはいけないものを知ってしまった気もするが」
「そうだな。嫌な予感がしてきたぞ。まだ何か見つけたんだな?」
勘の鋭い長谷川と少しも動じない城ヶ崎。虎太郎は自分の胸の鼓動が速くなるのをひとり感じていた。
「同じように出納帳だけがない年度が二件あった」
「なるほど。出納帳ってお金の出入りを記録しているやつだよな」
「ああそうだ。出納帳は二種類あって、一つは各部活動のものだ。月ごとの予算を決め部費をあてる。それぞれの部からの領収書をもらいプラスマイナスを計算したり次の部費を見積もったりする」
「じゃあもう一つは部活動以外の経費か」
「そうだ。そっちはちゃんとあった」
「うーん。消えたのは部費を管理する出納帳か。確か菅谷誠は紺タイだったよな」
「そうだ。アルバムも見たから間違いない」
「その資料室は生徒会の人間なら誰でも入れるのか?」
「もちろん。しかし資料室に行く用事がない。普段は誰も入らない。だから俺も気付かなかった。こんな穴があったとはな」
「おい、このことは誰にも言ってないだろうな」
「言うわけがないだろう。由緒ある若葉高校の生徒会の恥じだからな」
「ん? 今なんて言った?」
「生徒会の恥じ」
「恥じ……ねえ」
「何がいいたいんだ?」
「いや、とにかくこのことは誰にも言うなよ。先生たちにもだ」
「はい」
「わかってるよ」
それから何かを考え始めた様子の長谷川を見た城ヶ崎はスッと立ち上がった。
「虎太郎くん、こいつが黙っている時は何かいろいろとシミュレーションしている時なんだ。こうなったらしばらく続くから俺は学校に戻るとするよ」
「あ、はい。わざわざ来ていただいて、ありがとうございました」
虎太郎も慌ててベッドから降りて城ヶ崎に頭を下げていた。
「うん、じゃあまた。何かわかったら連絡してくれ」
「はい!」
玄関まで見送ると城ヶ崎は綺麗な笑顔を虎太郎に向け「ごちそうさま」と言って部屋を出ていった。
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