第20話



 今のバスケ部のコーチである安村が元コーチだった猪又と連絡がとれるかどうか。また生徒会長である城ヶ崎が何か情報を得ることが出来るかどうか。それを待っている間、特に何の進展もないままに二週間という時間が経ち七月に入っていた。

「えっ、部長! どうしたんですか!?」

 週明けの月曜日に新聞部の部室に顔を出した虎太郎は長谷川を見るなり目を丸くして驚いていた。

「あ? うっせえ。誰のせいだと思ってんだ」

「ええっ? 僕、ですか?」

 虎太郎はいつものように長谷川の前に座ると変わり果てた長谷川の顔をじっと見つめていた。あの茶色くてサラサラだった髪の毛が黒く短いツンツン頭になっていたのだ。今まで前髪で隠れていた顔がさらけ出されよく見える。長谷川が実はキリッとした男前だったということに虎太郎はさらに驚いていた。

「部長ってめちゃくちゃイケメンだったんですね」

「はあ? 何わけわかんねえこと言ってんだよ」

「何がどうなってそうなったんですか?」

「あいつだよ。城ヶ崎。生徒会の情報と引き換えに前からしつこく誘われてた話を引き受けた」

「何ですか?」

「あいつはモデルのバイトもやってんだ。俺は興味ないからよく知らねえけど何とかっていう雑誌のな。で、前から一度でいいから一緒に写真撮らせろってうるさかったんだよあいつ」

「え、それじゃあ部長がモデルを?」

「仕方ないだろ。生徒会のことなんてそうでもしなきゃ何もわかんねえ。んで昨日その撮影とかに行ってみたら髪は切られるわ黒く染められるわでこうなった」

「なんか、大変だったんですね部長。でもめちゃくちゃ似合ってます。カッコいいです!」

 虎太郎の言葉に長谷川も満更ではなさそうだった。

「そうか? まあ、暑かったからちょうどよかったけどな」

「ふふ。すみません、ありがとうございます」

「あ? お前笑ったな? 人の苦労も知らねえで。マジで大変だったんだぞ。なんかずっと立たされて変なポーズしたり何回も着替えさせられたりしてさ。メイクとかもさせられたんだぞ。気持ち悪い」

「あはっ。その写真ぜひ見たいです。何ていう雑誌だろう」

「知らねえけど出来たら持ってくるっつってたぞ、あいつ」

「やった! 楽しみですね」

「楽しみじゃねえよ。たかが写真一枚にあんなに苦労するとは思わなかったし」

「モデルさんって大変なんですね。すごいですね生徒会長さん」

「ああ……あいつは前からちょっと変わってたからな。何にでも興味があって真剣でくそ真面目で」

「てっきりお二人は仲が悪いのかと思ってました。でも本当は仲良しだったんですね」

「仲良くねえよ、あんなやつ。あいつが俺に付きまとってくるだけだ」

「あはっ、そういうことにしておきます」

「そうだ虎太郎。バイト代貰ったから飯食いに行くぞ」

「えっ、はい!」

「あのメール読んでからずっと気になってたんだ。ホウライ軒」

「わかりました。案内します」

「おう」

 二人はそうと決まれば早速と腰を上げ新聞部の部室を出ようとドアを開けた。

「わっ」

「おっと、新之助坊っちゃんお出かけですか」

 ドアの向こうにはたった今ノックをしようとしていたのか、管理人に扮している岸谷刑事が片手を上げて立っていた。

「なんだよおっさん、珍しいなこんな所に」

「こんにちは」

「やあ、虎太郎くんこんにちは。いや、坊っちゃんに言われてこの新聞部だけには監視カメラを置いていませんがね、虎太郎くんも出入りしているわけですし、やっぱり一応付けておいた方がいいのではないかと思いましてね」

「カメラを?」

「はい。どうでしょう」

「やめてくれよ。ここは俺が唯一ひとりになれる安息の地なんだ。鍵だって変えたから俺しか持ってないしな。ありがたいけど心配いらないよおっさん」

「いや、しかしですね」

「大丈夫だって。ほら、この入り口のカメラだけで充分だって。怪しい奴がうろうろしてたらすぐわかるだろ?」

 長谷川はそう言ってドアの上にあるごく普通の小型の監視カメラを指差した。

「中にいる時は鍵かけてんだし、怪しい奴がいたらおっさんならすぐわかるだろ。これで充分さ」

「ではせめて合鍵を」

「いやだね。冗談じゃねえ。いくらおっさんでもここだけは俺の好きにさせてくれ。せっかく三年になって俺の自由に出来るんだ」

「そうですか」

 岸谷刑事はため息をついていた。

「ほら、こんな所でうろうろしてたら生徒たちにバレるぞ」

「わかりました。では失礼します。くれぐれも気をつけてくださいよ」

「わかってるって」

「何かわかったらすぐに私に報告すること……」

「わかってるっつうの」

 長谷川がしっしっと手を振ってみせると岸谷は校舎の方へと歩き出した。虎太郎が頭を下げ、二人で見送っていると岸谷はくるりと振り返った。

「あ、新之助坊っちゃん、その髪型、よく似合ってますよ」

「あ?」

 岸谷は笑いながらそれだけ言うとまた背を向けて歩いていった。





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