7話 賞品はラフ・ダイヤモンド

 ゲーム・エリアに指定されたのは、港区と呼ばれる西の端、海に突き出た0.5平方キロメートルにも満たない範囲だった。

 観光スポットは少なく、しかもオフシーズン。海岸沿いは倉庫や運送業者の社屋が多く、人影もほとんどない。通りも広くて見通しがいいため、人探しはやりやすそうだった。探しやすいということは、捜索対象からも見つけられやすいことでもあったが。

 指揮をとるルジェタ・ホッジャは、配下の<アクイラ>メンバーへの警告を忘れなかった。

「相手はソニ・ベリシャだ。子どもと高を括っていると、逆に討たれかねないぞ」

 相手が子どもや女となると気を緩める者が多いのは、ルジェタ自身が経験したことでもある。敵が相手のときは油断を誘えて都合がいいが、同志としては不快なだけだった。

 ルジェタが逃亡したソニの追跡と始末の指揮に名乗りをあげたのは、ソニを拾い育てた責任ということにしている。



<アクイラ>構成員獲得のためにバスを襲ったとき、ルジェタはひとりの子どもに目をとめた。

 大人の男や女が恐怖でパニックをおこすなか、どこか冷静なのがソニだった。

 見たところ親が一緒にいるわけでもない。一人でいるくせに、なぜにこうも落ち着いているのか……。

 ——そんな貧弱なチビ、雑用係にもなりゃしねえ。

 最初は仲間が言うとおりだと思った。ろくな食事をとっていないのか、同年代の子どもと比べても、痩せていて小柄だ。

 ただ、目の光が異質だった。覇気を感じさせないくせに、弱くもない。

 これから乗客同士で生き残りゲームをやらせる。その際、構成員候補になりそうな人間に仲間がアドバイザーとしてつくのだが、貧相なソニに付く者はいない。孤立した状況を飲み込みながらも取り乱すことがなく、死と暴力に怯える乗客たちと一線を画していた。

 雑用係にもならないどころではない。

 この子どもは貴石の原石だ。磨き方次第で、雑用係になどにしておけない存在になる。

 アドバイザーについたルジェタの期待に、ソニが応えた。

 ルジェタは、ごくシンプルなアドバイスしか出さなかった。それでも、いきなりの実戦をやらされる初心者がこなすには難しいはずだった。

 ソニはいい意味で期待を裏切る。のちにわかったことだが、ソニがアドバイスのまま動けたのは、冷静だったからではなかった。

 冷めているのだ。

 ソニには好きなものや、やりたいことがなかった。生きることへの関心がないようにもみえる。

 生への執着はうすいくせに、人との関わりに飢え、求めていた。教えに忠実であったのは、人とつながっているための手段だった 。

 ルジェタはそこに目をつけた。<アクイラ>に引き入れてからは、上級構成員と部下以上の関係——師弟の真似事をしてやると、ソニはますます練度をあげていった。

 そして、この国にきてからも、ソニの仕事ぶりは順調だった。

 その手をかけて育てていたソニが、仕事の最中に逃げ出したとの報告を聞いたとき、仲間内からは、愛犬に手を噛まれたと揶揄された。

 腹は立たなかった。人間の気持ちなんて不安定なものだ。

 ただ、子どもであってもソニが気まぐれで行動をおこすとは思えなかった。動機はなんであれ、変化や兆候はあったはず。何を見落としたのか、ルジェタは確かめたかった。

 上の意向は「見つけ次第処分」であるが、状況によって変わるのが実際の作戦だ。ルジェタは捕獲を優先させる。手足を潰しても話せればそれでいいとした。



 ルジェタはソニへの監視けるうち、そばにいる女も詰問したくなった。

 ソニを抱えて転がる回避行動は、ルジェタの関心を強く惹くものだった。

 目つきが悪いだけではない。不審な光に即座に反応したことといい、動きがこなれていたことといい、一般人ではないのは明らかだった。

 同業者だとしても、神経質になっている臆病者とは思わなかった。ソニーをカバーした動きは、優しいお仲間か、あるいは今の〝先生〟である可能性もある。

 その答えによっては、詰問だけでは終わらせない。ルジェタに加虐趣味はない。が、<アクイラ>を裏切った代償として、本人にとって存在が大きな人間を屠るのは定石だった。

 ここにくるまで、実のところ逃亡者であるソニの捜索は片手間でしか許されなかった。これから販売ルートを開拓する地で、逃げ出した子どもに手間をさく余裕などないとされていた。

 そんななか、情報屋を通じてソニに関する交渉がきた。

 ルジェタは浮き足だった。しかし幹部はとりあおうとしない。情報の真偽を確かめ、逃げた末端構成員にかける手間を惜しんだ。

 ルジェタは幹部には内密で連絡をとる。持ちかけられたのはゲームだった。エリアを決めての逆鬼ごっこ。勝った方が鬼——ソニを獲得する。突拍子もない提案だったが、この機がソニを捕まえる最後のチャンスかもしれない。

 参加の意を伝えると同時に、ルジェタからもゲームのルールに口を挟んだ。

 ひそかに動かせる人数は限られおり、幹部に知られると制裁を受けることになる。

 ゲームは内密に、小規模で。

 向こうも最低人数にしたいはずだ。人数が多くなれば組織抗争に発展しかねない。戦力を浪費して共倒れになれば、警察を喜ばせるだけになる。

 読みどおり相手はうなずいた。

 幹部の意向から隠れて動くルジェタと、全面戦争を避けたい相手の意図が合致した。ソニに交渉ゲームを知らせない代わり、こちらの手勢を一人減らされることも承知した。

 ——国の法を破って存続している組織であるが、この〝世界〟の法は尊重する。

 そう言った交渉相手の意志をルジェタは利用する。

 そうまでしてソニを逃すまいとするのは、かつて期待をかけた思いの裏返しだった。

 組織のメンツなど、ルジェタは最初から考えていない。

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