5話 <武装係>はケアテイカー

 バイロンのそばに控えていたフットボーラーがハンドガンを抜く。

 その視線の先にいた、ソニの反撃は速かった。

 座った姿勢から前傾で腰をうかせ、軸足で一回転。振り返る遠心力で、手にしたパイプ椅子を投げつけた。

 フットボーラーが襲ってきたパイプ椅子を左腕で叩き落とす。が、直後、そのまま後方へとひっくり返された。

 ソニが、一瞬で間合いを詰めていた。

 伸ばした手で顎をすくい上げて重心を崩し、突っ込んだ勢いのまま押し倒す。

 本来なら後頭部から落ち、脳震盪ぐらいのダメージを与えられるのだが、いかんせん体重差が大きい。そのうえ両手が手錠でつながれているから、ソニは腕の力を有効的に使えない。

 不充分な攻撃を補うべく、銃をもっている棍棒のような右腕にとりついた。全身を使った腕十字固めで締めあげる。

 肘関節をしめあげられたフットボーラーが苦悶の声をもらす。手から銃がこぼれ落ちた。しかし、

「遺言はある?」

 バイロンのハンドガンが、ソニの頭部を照準していた。ゆったりしたジャケットは、腋の下の武器を隠すための標準仕様になっている。

「見えていない敵を意識なさい。本番でやり直しはきかない」

 さして大柄でもないのに、見下ろしてくるバイロンの威圧感が凄まじい。視線すら動かすことができないまま、どうにか言葉にした。

「わたし、だ、だめですか? チャンス、もらえない、ですか?」

 バイロンが銃口を外し、セイフティレバーをかけた。ソニには答えず、トニーに視線をむけた。

「第二研修所に連れていって。戻り次第、報告を出して」

「本格的に試すわけね」

 バイロンには従うしかない。トニーは溜め息をこらえて承知する。

 ソニはといえば、目に見えて安堵する様子を見せた。研修所は二ヶ所あり、本来の葬儀業のための研修所のほかに、非公式な第二研修所がある。一般社会から隔絶された場所で、火薬と腐った泥土の臭いしかないような場所に着いたとき、どんな反応をみせるのか……。

「第二ということは<武装係>候補? 子どもにやらせるの?」

「トニーが<ジュエムゥレェン掘墓人>に入ったのは、いくつの時だった? <警報係>じゃ退屈だとゴネてたのが懐かしいわ」

 意地の悪い笑みをうかべる。

 尻の青いガキと周囲が嗤うなか、<武装係>にトニーを引き上げ、実戦のなかで<熟練者>に磨き上げたのがバイロンだった。

「高校はおわってた」

 分が悪い。そっぽをむいてトニーは答えた。 

「基準のスキルがあるようなら、そのままベリシャの基本を仕上げて」

「あたしが? 教育係なんてガラじゃない」

 バイロンがさらりと切り出した。

「妹のことは不運だった」

「なんで……って、あなたなら、おさえてるか」

 バイロンが知っていても不思議ではなかった。

 ただ、仕事の情報に付随してキャッチしたのなら、どこかの組織が絡んでいた可能性がある。トニーの胸中がざわついた。

「同じような歳だから思い出すだろうけど、そろそろ後進を育てることも覚えて」

「教育係の向き不向きはともかく了解した。あと、別に平気だから」

 思わぬところで妹のことを引き出された反発心か。トニーは受けてしまった。

「ハイスクール・クラスの勉強も教えておいて。テキストは用意しておく」 

 バイロンいわく、ガンを振り回すだけのトリガー・ハッピーはいらない。最低限の読み書きと算数はマスターして、考える訓練を続けろ——だった。

 これにもしぶしぶ、うなずいた。

 ボスである以上に、親よりも面倒をみてくれた人でもあった。頭が上がらないし、舌戦になっても歯が立たない。

「で、あんたは何?」

 トニーは苛立った声で訊いた。自分のこれからはバイロン次第だというのに、さきほどからソニが視線で追っているのはトニーだった。

「話したいことがあるなら、さっさと言って」

 妹を亡くした不安定の段階をすぎ、怒りの段階にはいっている。子どもに八つ当たりなんて、どちらが子どもかと思うが、とまらなかった。

「……いえ……なにも」

 バイロンに見せていた気丈な態度から打って変わって歯切れが悪い。引っかかりを覚えたが、話は終わったとばかりにバイロンが話をまとめた。

「悪いコンディションでの結果が見たい。第二でのテストは明日の朝九時開始。遅れたらペナルティを課す。準備の連絡はこちらで入れておく」

「わかった。欠点の洗い直しのほかにやることある?」

「トニーは相棒代行者のタイミングを覚えて」

「代行って……」

「ルブリが当分動けないでしょ。ひとりで動くことは許さない」

 よりによって子どもと組むのか。げんなり気分と諦めが混じりあった。

 とりあえずソニの手錠を外さないといけない。道具を用意しとうとして、ふと思い立つ。

「この子……ソニはどこに寝かせるの? 会社の仮眠室で?」

 バイロンは訊いた本人を指差した。

「あたしの部屋? 客用のベッドなんかない」

「じゃあ、一緒のベッドで寝ればいい。ベリシャは小柄なんだし、問題ないでしょ」

「ベッドサイズの問題じゃない。教育係でもベッドの世話までしなくていいはず」

 ワンナイトの相手でもないのに、ベッドをともにするなど考えられなかった。

「技術だけ教えればいいってもんじゃない」

「ベッドマナーも教えるの?」

「まかせる」

 切れ味の悪いボケもあしらわれた。

 トニーは切り替える。ソニに、

「聞いたとおり。あたしに、ついてきて。おやすみのミルクをあげる」

 作り付けの棚の引き出しから出してきたクリップの端を開くと、手錠の鍵穴に差し込んだ。慣れた手つきでクリップを回し、あっさり解錠させる。

 ソニは、両手の自由を取り戻した。



 ソニは胸をなでおろした。とりあえずトニーといることができる。

 トニーの背中を追って、<テオス・サービス>のスタッフ用ドアから裏手に出た。

 霊柩車やミニバンが停めてあるガレージの前を通り過ぎながら、ボディバッグをかけていると、

「ひとつ注意しておく。ボスの名前を呼ぶときは『バイロン』でね。『フー』の名で呼ばれるの、忌むぐらい嫌ってるから」

「わかりました。でも、なぜ?」

「知らない。個人の事情なんて、いちいち知らなくていい」

 それきりまた、トニーは黙ってしまった。

 ——個人の事情。

 ソニは〝あの子〟からゆだねられたブックマーカーを思い出した。

 プレートに彫られたイニシャルは「C.F.」だった。トニーと家族なら「U」が入るはずなのに、ない。何かの事情で違う姓を名乗っていたんだろうか。

 心のどこかでトニーが、探している人と同姓同名の別人であることを望んだ。

 銃弾から護ってくれたトニーが、あの子の最期の言葉を伝える相手であってほしくなかった。

 バイロンの元に連れてこられる途中、冷や汗が流れた瞬間があった。車の運転手——歩実にボディバックをとりあげられ、ブックマーカーもろとも中身を助手席に広げられたときだ。 

 幸いなことにトニーは、バックの中身に興味を示さなかった。

 仲間の手当てを終えると窓の外を眺めているだけで、ソニに無関心。本を持っていないのにブックマーカーだけがあるアンバランスも、歩実から追及されずにすんでいた。

<テオス・サービス>の建物を出てから、トニーは無言のままで歩く。車を使わないところをみると、家は近くにあるらしい。

 ソニなど意に介していないような歩き方だった。身長が違いすぎることもあって、ソニの足は小走りになる。

 気遣いがないことに不満はなかった。これがソニにとって普通のことだった。

 そんなことより、トニーと生活をともにできる期待で胸が膨らんでいた。たとえ数日であったとしても、忘れられない時間になる気がする。  



 バイロンは、地階から自分のオフィスに戻った。

 ダーク・ブラウンを基調にしたデスクまわりと応接セットに、<テオス・サービス>代表の華美さはない。そんなものより、構成員に金をかけることを有意義としていた。

 目をかけた人材に、金と時間をうまく投資して成長させると、組織もしくは会社の利潤として返ってくる。前任者なら早々に捨てていたものでも、有効価値を見い出して手元におく。

 どれだけ元手以上を回収できるか、バイロンとってはゲームでもあった。

 機能美を優先させたエグゼクティブチェアに腰を下ろしたバイロンの頬が、思わず緩んだ。

 人付き合いに淡白な、あのトニーが子どもを連れてきた。

 理由はわからないが、ソニ・ベリシャのほうもトニーを気にしている。

 利用できるかもしれない。

 トニーは、ケアテイカー世話人だ。

 守ってくれるはずの父親が加害してくる人間であり、自分より弱い妹がいた。妹を守ろうとすることで、姉妹そろって生き抜くことができたといえる。

 腕力での解決法に頼るトニーにとって、妹に優しくすることは、自分を人間として肯定できる証明でもあった。

 特筆に値するのは、生粋のケアテイカーでありながら、自己犠牲に溺れきらずにいたことだ。これは暴力にまみれた危うい世界に身を沈めてからも同じで、冷静なまま渡っていく能力を発揮した。

 守りたい者がいたトニーは、精強なうえに忠実な構成員となった。妹を金銭的に支えようと、律儀に仕事をこなした。

 ただ、同時に弱みでもあった。

 ごうともいえるほどの妹への思い入れは、早逝という思わぬアクシデントで、自滅の危険性がうかがえる展開になっていた。

 グリーフケア(悲嘆ケア)を勧めても、案の定、受けようとはしない。

 ——人殺しがカウンセリングを受けるなんて、コメディー映画じゃあるまいし。

 そうはいうものの、商品だったソニ・ベリシャを連れて来たのは、無意識に均衡の手段を得ようとしてのことかもしれない

 今回、ミスにまではなっていないものの、感情の若干の不安定を指摘したルブリからの報告と合わせて考えていた。

 トニーの使い途を変えるべきか——。

 ソニを連れてきたのは、その結論を出そうとしていたときだった。

 トニーはまだ受け入れていないが、うまくいけばソニは、妹の代用になりえる。腕も期待できるから、構成員として使える将来性もあった。

 犯罪組織がグローバルな時代になって久しい。国外からの犯罪組織の流入で、ロシアや台湾、韓国、メキシコのカルテルなどはもとより、東欧の組織の動きも目についてきていた。

 この流れのなかで、相手側の組織を抜け出した人間が飛び込んできた。

 偶然、手に入れたソニがチャンスとなるか。

 安定剤である妹を失ったトニーに、生き残ることができるキャパシティがあるか。

 バイロンは、確かめるための一手を用意する。

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