第9話 商人との伝手
収穫を終えた、数日後。
いつものように農園で開拓作業を行っていると、
「アルト。君に会わせたい者がいる」
とのことで、俺は、祖父から一人の老人を紹介された。
「彼は、ワシの旧友で王都で、魔獣の素材の取引から、普通の食料品まで扱う商人をやっておる、ミゲルだ」
ミゲル、と言われた、祖父の隣にいる、質の良さそうな帽子をかぶった背の高い男は、俺に握手の手を差し伸べてくる。
「初めまして、アルト君。魔獣研究者兼商人のミゲルです」
「あ、はい。初めまして。アルトです。でも、どうして……?」
「魔王城の開拓が劇的に進んでいるとエディから聞いてね。一目見てみたいと、そう思ったのさ! これも一つの商売チャンスだからね」
「な、なるほど……」
「これこれ。孫をあんまり困らせるなよ。お主は練習台なんだから」
「練習台?」
「アルト、収穫を終えた君は、ここの農作物で取引を行う機会があるだろう。もしかしたらメイドや執事に任せるかもしれないが、自分でも出来て損はない。商人と一対一で相手をするのも、今後の為に必要な経験だ」
「それで、私が来たという訳! グローリー家の農作物は魔王城産って曰くが付いているから、あんまり普通の商人は相手に出来なくて。私と取引してるんだよ」
「そうだったんですね。お手数おかけします」
「いやいや、私は魔獣が大好きだから、魔獣がたくさんいた地での作物を取り扱えるのは嬉しいし。なにより、未来の取引先になるかもしれない子にツバを付けておくのは当然さ」
熱意がこもっている。
「ちょっと変な奴じゃが、商人としてはまともだから心配はいらん。ワシは少し席を外すから、二人で話してみると良い」
「うん、ありがとう、爺ちゃん」
「ではな」
そう言って、祖父は去っていった。
〇
元魔王城跡、現農園に残されたミゲルは、改めて友人の孫――アルトを見ていた。
子供なりの幼さは残っているが、
……頑強そうな雰囲気だ。しっかり鍛えられてもいるようだね。
歴戦の英雄たるグローリー家の一員だけある。顔つきもしっかりしているし、農園を作る腕もあるし、期待が持てる子だな、と思っていると、
「よろしくお願いします、ミゲルさん。ところで、何を話せばいいんですかね?」
「何を取引したいかによるけどね。農作物の場合は、ここで採れる物のウリとか特徴を喋ったりするのがいいかな。あとは、商人の方から、何か欲しいものがあるときは、それについて説明するとか、だね」
「なるほど……」
「交渉の基本は、自分から条件を出さない事。この価格なら売れる、って思っていたとしても、相手に価格を出させること――とかイロハはあるんだけどね。でもまあ、難しいし、そういうのは一旦置いておいて、今回は普通に喋ろうじゃないか」
「ありがとうございます。勉強になります」
「いやいや。こんな老人といきなり一対一で喋れっていうのも大変だろうからね。問題ないよ。単純に仲を深めるのも大事だしね」
商人としても、友人の孫相手としても、大事な事だ、と思いながら、畑の脇に建てられた建物を見る。
「そこの倉庫に入っているのが、今回の収穫物かな?」
「はい。初めての収穫物です。自分たちで食べる分と、保存する分、それと出荷待ちの貯蔵分が混ざってる状態ですが、見ますか?」
「お願いするよ。なぜかエディが全然話してくれなくてね。その目で見た方がいいと」
「では、どうぞ」
倉庫が開かれる。
子供の初めての収穫物だ。どういう見てくれをしていようとも、よくやったと褒めるのが大人の役割だろうか、とそんなことを想いながら、ミゲルは見た。
「こ、これは……!?」
圧巻だった。
……宝の山か、これは!
様々な作物、それこそグローリー家の領地から取れた作物をよく見ていた自分の目から見ても、けた外れに魔力に満ちた作物が、山のように積まれているのを。
「こ、この量と質の作物を君が育てたのか?」
「俺だけの力じゃないですよ。仲間たちの協力もあって、この作物は取れましたから」
アルトはそんなことを言った。
「仲間というと……羊飼いの力で魔獣や魔物に協力して貰っていると聞いたが……」
「そうなんですよ。そろそろ帰ってくるかな、と」
と、彼が言った。その時だ。
――ドドド
と音を立てて、向こうから犬が走って来ていた。そこまで身体は大きくない。なのに、土煙を上げるほどの豪脚を持っており、しかも、
「え……?」
その口に蛇が咥えられていた。三メートルはくだらない長さの、巨大で太い蛇だ。
「おー、お帰り、シア」
アルトは、それを気にすることなく、シアと呼んだ犬を手元に迎え入れる。シアはその辺に蛇をペッと吐き捨て、嬉しそうに撫でられていた。
「あ、アルト君? これはどういう状況かな?」
〇
アルトは、シアからの報告を聞いていた。
「ふう、こっちの巡回は終わったわよ。また魔獣が三体位いたから狩ってきちゃった。とりあえず、これはお土産ね」
「ああ、ありがとう。また捌いて、革や魔石は素材にして、食べれるところは食べようね」
「うん!」
これまでも何回も狩ってきているので、扱いにはだいぶ慣れた。
蛇の体内には魔石化した骨があるので、それを砕いて肥料にすると、土も良くなるらしい。アディプスからのアドバイスだ。
……土については彼女にお世話になりっぱなしだなあ。
助けられてこの開拓は成り立っているなあ、と思っていると、
「こ、この蛇は……ヘルズスネーク……?」
ミゲルが蛇の亡骸を見て戦いていた。
「ご存じなんですか?」
「も、もちろん。この蛇は、生まれつき10以上のレベルを持つ魔物だよ!? 訓練した人間でないと、倒す事は出来ない、そんな存在なんだ」
「そうだったんですか……。結構、頻繁に出てくるので、時たま駆除はしていたんですが」
あまりにシアが狩ってくるし、なんなら俺も、畑を荒らしている蛇を倒している。そんな名高い魔物とは思わなかった。
「ヘルズスネークを駆除だって……? 君、羊飼い、なんだよね?」
「はい、まあ、そうですね」
「な、なるほど。エディがニコニコしながら孫自慢していたのはこれか……。というか、その子が、君が魔王城で見つけたという牧羊犬かい?」
「あ、そうです。彼女や、あと、こっちにスライムたちもいます」
俺は、シアに遅れてついてきたスライムたちも同時に紹介した。すると、ミゲルは三歩程後ずさった。
「そ、そのスライムたち、…オールドスピリットスライム……? え……本物……?」
その言葉に、俺は首を傾げた。
「えと……すみません。オールド……って何ですか?」
「いや、そのスライムたちの名前だよ。魔獣というよりは精霊に分類できる、高度な知性と魔力を持つスライムなんだ……」
「あー……。そうだったんですか。普通のスライムだと思っていましたが」
「いやまあ、気持ちは分かるよ? 私みたいに魔獣の素材や図鑑と毎日にらめっこしている商人や、学者でもない限り、ただのスライムにしか見えなくて問題ないからね」
「なるほど……勉強になります」
魔獣の種類を示す本というのは、ウチの蔵書にはあまりないし。そもそも農作業の本や、食べ物の本、職業の本ばかりを読み漁っていたから、俺は知識が偏っている。
やはり詳しい人は詳しいのだなあ、と思いながら、俺はスライムたちも撫でる。
「ともあれ、皆の力を借りて、開拓してます。他にもいろいろ力を貸してくれる方はいますが、今は彼女たちだけで」
「な、なるほど、な。とんでもなく高品質な作物を育てる羊飼いに、その仲間は、魔獣を気軽に狩る牧羊犬と、精霊クラスのスライム、か」
ミゲルはそう言ったあと、俺の肩をがっしり掴んだ。
「分かった、アルト君。是非、私と商売をしよう! 困ったことがあったら、連絡してくれれば、飛んでいくから。ね!」
とんでもない熱意でそんなことを言ってきた。
「あ、はい。ありがとうございます。でも商売の話は置いておくって最初に仰っていたのでは……」
「いやあ、あまりに魅力的すぎて無理だったね! 困らせるつもりはないから、必要だったらエディを通じて連絡してくれればいいから。うん! これだけの高品質な作物の生産者を逃す訳にはいかんよね、商人として」
明らかに商人の目になってはいるのだが。
ともあれどうやら、有難い事に、王都の商人との個人的な伝手が手に入ったようだ。
――――――――
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