席替えで隣に好きな人が来たので照れくさくていつも寝たふりしています

「(よっしゃー!伊吹いぶきさんと一緒だ!)」


 高校二年生のクラス替えで、俺は想いを寄せる伊吹さんと一緒のクラスになった。


「(え、え、マジで、え?)」


 しかも席が隣になった。

 俺の高校では生徒が希望しない限り、席替えは基本的に年度初めの一回だけだ。

 つまりこれからの一年間、一日の大半、好きな人の傍にいられるということになる。


「(一生分の幸運を使ったんじゃねーのか?)」


 そう思いながら、俺は隣へと移動して来た伊吹さんを横目で見る。


「(はぁ~かわいい、超好き)」


 可愛いと言っても、俺基準の話だ。


 別に伊吹さんは学園のアイドルとか、男女共に魅了する絶世の美少女という訳ではない。

 その手のタイプは他に居て、これまた同じクラスだったりする。


 だが俺は伊吹さんが世界で一番可愛いと思っている。

 他の子には一切興味が無い。

 伊吹さんと一緒のクラスになったことに舞い上がってアイドル達が一緒であることにしばらく気付かなかったくらいには、伊吹さんに夢中だ。


「あの、よろしくね」

「お、おう」


 何が『お、おう』だよ、俺。

 もっと気の利いた事言えないのか!

 せっかく伊吹さんが話しかけてくれたのに。


 伊吹さんとの会話をずっと脳内でシミュレートしてただろう。

 その成果を出すときだろうが。


 なのになんで俺は反対側を向いてるんだよ!


 俺はこの時になって初めて知った。


 俺がとんでもないチキンだったということを。




 結局俺は、それから伊吹さんに一度も話しかけることが出来ない日々を過ごしていた。

 いや、違う。

 話しかける事どころか、話しかけられる事すら無かったんだ。


 何故なら俺は、伊吹さんの傍に居るのが気恥ずかしくて、ずっと机に伏せって寝たふりをしているからだ。


 寝ているから朝の『おはよう』も、もちろん無し。

 休み時間もチャイムが鳴ったら速攻寝る。

 昼休みは仲の良いダチの所に速攻移動して別の場所でご飯を食べる。

 放課後は伊吹さんが帰るまでずっと寝たふりをするから『さようなら』や『また明日』も無し。


 そして家に帰ってから、いい加減にしろよと自分の情けなさに呆れていた。


 それでも俺は幸せだった。

 伊吹さんと会話が出来ないけれども、授業中に彼女の横顔を堪能することが出来たからだ。


 俺の席は窓際だから、授業中はやや右斜め前を見る形になる。

 なのでほんの少しだけ目線を横にすることで伊吹さんの姿を見ることが出来る。

 不自然さを感じさせずに眺めることが出来る絶好のポジションだったのだ。




 その伊吹さんだが、今日は少し様子がおかしい。


 明らかに眠そうで、頭が少しフラフラしているのだ。


 それも仕方のない事。


 今は地理の授業で、先生は抑揚のない平坦な声で淡々と説明をする眠気を誘うタイプ。

 しかも今日は天気が良くてポカポカという表現が相応しい快適な気候。

 お昼ご飯を食べてお腹がいっぱいになったこの時間帯に眠くなるなという方が無理である。


「(もしかして、もしかしてするかな?)」


 実は今、俺が伊吹さんの事を好きになったシーンにとても似ていて、少しワクワクしていた。



 あれは去年、街の図書館での事。

 俺は図書館で時間潰しのために小説を読むことが良くあるのだが、その時近くに伊吹さんが座っていた。

 その時は伊吹さんのことは知らなかったし、そもそも本の内容について考えていたから周りに誰がいるかなんて考えて無かった。

 伊吹さんに気付いたのは、小説が一区切りついて一息ついた時だった。


 俺の視線の端に、不自然な動きが入り込んた。


 それはこっくりこっくりと船を漕ぐ伊吹さんだった。



 そんなことを思い出していたら、現在の伊吹さんも眠気に負けてしまったようで、当時と同じように船を漕ぎ始めた。


 そして少し後、伊吹さんはあの時と全く同じことをやったのだ。


「…………ふぇ」 


 自分が寝ていたことに気づき、小声で声を漏らす。

 しかも、半分寝ぼけたような緩み切った表情で、だ。


「(ふおおおおおおおお!超可愛いいいいいいいいい!)」


 そして意識が覚醒して、恥ずかしくて真っ赤になって俯くところまで全く一緒だった。


「(ダメっ、ダメだって、それはホントダメ、可愛すぎて辛い。にやけが止まらない。こんな顔見せられない)」


 俺は両手で顔を多い、表情が周囲にバレないように必死で隠した。

 ここが自室だったならベッドにダイブして悶えまくっていただろう。


 このちょっと抜けた感じの伊吹さんの振る舞いが俺の好みにドストライクだったのである。


「(はぁ、今日は良いもの見れた)」


 授業が終わり、俺は満足気な気分で寝たふりをする。

 伊吹さんの隣の席で本当に良かった。

 最高の一日だったよ。


 なんて、俺の中でこの日はハッピーエンドで終わろうとしていたのだが、そうはいかなかった。


「ねぇ、佐久間さくまくん。ちょっと良い?」

「(!?)」


 伊吹さんが突然俺に話しかけて来た。

 これまで一度も無かったことに、俺は幸せな気分が吹き飛び焦った。


「(お、落ち着け。寝たふりを続けるんだ)」

「寝たふりなのバレてるんだからね。起きて」

「(バレてるうううううううう!)」


 ど、どど、どうしよう。

 流石にこれで起きなかったら失礼すぎる……よな。


 俺は仕方なく頭を上げた。


「な、なんだよ」


 そんなぶっきらぼうに言わなくても良いだろうが、俺の馬鹿!

 これじゃあ不機嫌ですって言ってるようなものだろ!


 だが伊吹さんはそんな俺の反応は特に気にしなかった。


「さっき私のこと、見てたでしょ」

「え?」


 やばい、見てたのがバレた!?


「だって笑ってたもん」


 顔を両手で抑えて隠してたの見られてたんだ。

 というか、笑いを我慢してたって思われちゃったのか。


 違うんだ。本当のことは言えないけど、違うんだ!


 伊吹さんはちょっと拗ねたような表情になっている。

 うん、かわいい。


「い、いや、あれはそうじゃなくて、その……」


 しどろもどろになってしまった俺を見て、伊吹さんは楽しそうに笑った。


「クスクス、笑ってたのは許してあげる」


 何故かお許しいただけたようだ。

 でもそれには条件があった。


「その代わり教えて。な~んでいつも寝たふりしてるのかな?」

「!?」


 こうやってあなたと話をするのが恥ずかしいからです。

 なんて言えるかーーーー!


 そもそもそれが言えたら寝たふりなんてしてないから。

 ってまさか俺の気持ちもバレてないよな。

 ああ、どうしよう、どうしよう。


 と、焦って答えられない俺に、彼女は言葉を続けた。


「もしやることが無くて暇なら、これでも読んでみる?」

「え?」


 伊吹さんは、俺に一冊の本を差し出して来た。

 俺の知らない小説だ。

 もしかして、貸してくれるってこと?


 でもこれ受け取ったら、感想を言わなきゃならないよね。

 普通に話しかけるだけでも無理なのに、そんなのハードル高すぎる!


「あ、感想とかは別に言わなくても良いからね」

 

 伊吹さんはそう言うと、俺に本を押し付けるようにして去って行った。


「……どういうこと?」


 良くは分からないが、せっかく貸してもらったのだから読んでみよう。

 感想を言わなくて良いのなら、気兼ねなく読めるからな。


 そうか、小説かぁ。

 寝たふりよりも良い時間潰しになりそうだ。

 今度からはそうするかな。


 こうして俺は、伊吹さんとの会話を避ける方法が変化したのであった。


--------


 それは偶然の出会いだった。


 図書館で本を読んでいた私は、いつの間にか近くに佐久間さんが座っていることに気が付いた。

 その時はまだ佐久間さんの事は知らなかった。


 何となく佐久間さんの方をチラっと見たら、彼が真剣に本を読む姿に魅入ってしまった。


「(え、素敵、超格好良い!)」


 他の男性を見てもそうは感じないのに、何故か佐久間さんが読む姿だけは私の琴線に触れたのだった。

 一目惚れなんだろうな。


「(きゃー!佐久間さんと同じクラスだ!)」


 そして高校二年生になって、私は佐久間さんと同じクラスになり有頂天になっていた。


「(と、と、と、隣の席!?)」


 しかも隣の席になってしまう。

 一生分の運を使い果たしたと思った。


「あの、よろしくね」

「お、おう」


 勇気を出して話しかけたら、答えてくれた。


「(やった!お話しできた!)」


 でも私に出来ることはこれが精いっぱいだった。

 きっかけ無しに自分から佐久間さんに話しかける勇気なんて無かった。


 佐久間さんは休み時間ずっと寝ているから、話しかける機会が無くてちょっとほっとしていた。


 そんなある日、私は授業中にやらかしてしまった。

 あまりの陽気の良さに居眠りしてしまったのだ。

 しかもそれを佐久間さんに見られて笑われちゃった。


「(佐久間さんのばかー!)」


 好きな人に恥ずかしい姿を見られた羞恥でどうにかなりそうだった私の脳裏に、一つの閃きが舞い降りた。


 これはもしかして話しかけるチャンスなのでは。


 そこからの私は、自分でも信じられないくらいに上手く立ち回ったと思う。

 最後の最後で恥ずかしさに耐えきれなくなって、逃げるように本を押し付けてしまったけれども、佐久間くんは私が渡した本を読んでくれていた。


「(はぁ~!やっぱり格好良い!しゅき!だいしゅき!)」


 以降、佐久間くんは休み時間に寝るのを止めて、本を読むようになった。


 いつでも真横で素敵な横顔を眺められるなんて、幸せ過ぎる!

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