06.隠された私宛の手紙

 どうしても外せない夜会がある。お父様はそう言って、お兄様を伴って留守にした。この頃は家族で夕食を食べていたため、広い食堂が寂しく感じられる。


「外せない夜会って何かしら」


 肉を細かく切りながら、ぽつりと呟く。食べるため以上に切った肉は、バラバラになっていた。


「お嬢様」


 いけません、そんな叱る響きに慌てて肉に向き直る。細かくなった肉をナイフでフォークへ寄せ、掬うように口へ入れた。残った肉も大急ぎで口に運んだ。心配そうな給仕の表情から、味が気に入らないと思われたみたい。


「とても美味しいわ。ありがとうと伝えてね」


 私一人分だけ用意するなんて、面倒だったでしょうに。そう笑って料理人を労う。私が紅茶を前に怯えたあの日、料理場は大騒ぎになった。毒の心配や食中毒……騒ぎになる要素が多すぎる。実際はサーラが収めたようだけれど。


 食後のお茶はハーブティになった。時折、輸入品のコーヒーが出ることもある。どちらも美味しく頂けるので、問題はなかった。


 父と兄は社交の場である夜会に向かう。私は回復していないからと、待つよう指示された。そこに違和感はない。でも貴族令嬢なら、今後はお茶会の誘いが入るはず。その時、紅茶が飲めない公爵令嬢はどうしたらいいのかしら。


 誰も私に頑張れと言わない。何かを望む様子もなかった。生きているだけで、家族は安心している。歪な形は、いつか破綻するだろう。その後に何が残るか。


 考え事をしながら、食後の甘味を口に入れる。ナッツが入ったキャラメル? 柔らかく溶けていくのを舌で押しつぶし、皿の上に残るもう一つを摘んだ。


「サーラ」


 手招きして、彼女の口元へ差し出す。食べなくてもいいけれど、好きなんじゃないかと思ったの。何も考えずに差し出したキャラメルに、目を見開いたサーラは遠慮がちに咥えた。


「お腹いっぱいだから助かるわ」


 にっこり笑って、周囲にフォローする。口角がわずかに持ち上がったサーラの笑みは、甘いお菓子に綻んだように見えた。そう、甘いものが好物なのね。これも日記に書いておかなくちゃ。いつ何を忘れてもいいように、備えは重要だった。


 食事を終えて戻る途中、執事が手紙の束を運んでいた。トレイに美しく飾るように並んだ手紙、ほとんどは仕事関係のようで白い封筒だ。しかし数枚はピンクやオレンジの線が入り、華やかだった。


「ちょっと……いい?」


「はい、お嬢様」


 一礼して足を止めた執事のトレイをじっと見つめる。ピンクの花模様の封筒を抜いた。何か物言いたげな執事の視線を無視し、宛名を確認する。アリーチェ・フロレンティーノ宛だった。


 もう一枚、オレンジのラインが入った封筒を確認する。やはりフロレンティーノ公爵令嬢宛だ。


「私宛の手紙は預かるわ」


 言葉の中に「全部出しなさい」と命令を含ませる。執事は迷う仕草を見せた。視線を逸らし、手紙の上を手で覆う。白い手袋で覆われた銀トレイに、私は声を低くして命じた。


「出しなさい」


「……旦那様のご命令がございますので」


「従えないのね?」


 当主の命令が最優先だが、現在の屋敷内は父がいない。代理となる後継の兄も出ている。となれば、私が代理権を預かる主人だった。一時的なものではあるが、今は私が最上位よ。


「サーラ、お願い」


「承知いたしました」


 父の命令に従う執事から、私の侍女であるサーラが手紙を奪う。確認した結果、全部で四通あった。


「お父様に言わなくていいわ」


 聞かれたら答えてもいい。逃げる余地を与えた私に、執事は申し訳なさそうに頭を下げた。サーラにすべての手紙を預け、部屋に戻る。気持ちは開封したくてうずうずしていた。

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