第6話 目付け


 いよいよ勇者祭が明日とせまった朝。


 トモヤは昨日に作った棒を庭で振るいながら、「うん」とか「えい」とか声を出し、たまに手を止めて棒を見て、またぶんぶんと振っている。

 マサヒデは素振りを終え、縁側に座って父からもらった刀を抜いて見ていた。


(厚い)


 まあ悪くはない、などと父は言ったが、これは素晴らしいと思う。

 ずしりとした重みがあり、頑丈そうだ。直刃で反りは少なく、無骨ではあるが、どこか美しい、と感じる。いわゆる機能美のようなものか。いかにも『実戦的』といった姿だ。


 しばらくその刀を眺めた後、すと立ち上がり、水を汲んでおいた桶の横に座り、先日に鍛冶屋からもらってきた研ぎ石を置き、研ぎ始めた。

 トモヤがそれを見て、


「おい、こないだもらってきたばかりじゃろ。お父上は手入れしておらなんだのか」


 と、声をかけた。


「いや、これは寝刃ねたばを合わせておる」


「ねたば?」


「ああ。人を斬る時は・・・」


 手を止め、トモヤの方を向いた。いつも笑顔のトモヤの顔が、笑っていない。『人を斬る』・・・


「人を斬る時は・・・そうだな。カミソリのような刃より、少し荒い刃にしておくんだ」


 何となくトモヤの顔から目をそらし、研ぎ石へ顔を向けた。


「・・・」


「その方が、少しくらい血や脂で汚れても、斬れる」


「そうか」


 トモヤは棒を置き、ヤマボウシの方へ歩いて行った。

 マサヒデもまた、研ぎを続けた。しゅり、しゅり、と研ぐ音が、周りを静かにしたように感じた。

 雀の声や、向かいの家のおかみさんが箒をはく音も聞こえなくなるほど集中し、研ぐ。

 しばらく続けた後、刃に水を掛け、きれいに拭いた。


(良し)


 念のため、懐紙を丸めて刃に当て、すうっと動かしてみる。

 丸めた懐紙が中程まできれいに切れていた。


 刀を持ち、しばらく眺めていると、


「ひゃあ!」


 と、声がして、ごとり、と音がした。驚いて顔を向けると、トモヤの母がへたり込んで丸い目でマサヒデを見ている。

 抜き身を持って立っていたマサヒデを見て驚いてしまったようだ。トモヤも何事かとこちらへ走ってきた。


「なんじゃ!?」


「ああ、ああ、若様、驚かせないでくださいよ」


「あ、これは申し訳ありません」


 茶を持ってきてくれたのだろう。湯呑が落ちて、床に染みを作っている。


「すまん。お母上を驚かせてしもうた」


「母ちゃん、こんなもので腰を抜かすもんじゃねえよ」


「おいおい、こんなものとはひどいな」


 苦笑しながら鞘に収め、


「床は私が拭きますので」


 と、縁側を上がって、雑巾を取りに行った。



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 床を拭いていると、客が来た。


「おっ、トモヤ、おったな。若様もいるかい」


 村役場の役人だ。祭のことだろう。マサヒデは


「お母上、すみません」


 と、トモヤの母に雑巾を渡し、袖と袴をたくし上げていた紐をほどき、縁側から降りて行った。


「これは若様、おはようございます。道場へ行きましたら、こちらだと聞きまして」


「おはようございます。祭りのことで?」


「はい。目付けを持ってまいりました」


「目付けを持って?」


 トモヤも困惑した顔をしている。役人は一人だ。


「さ、こちらを」


 と、役人は包みを差し出した。受け取って、


「こちらは?」


「目付けと但し書きでございます」


 包みを解くと小さな箱が2箱。紙の方は但し書きだろう。

 箱を開けてみると、細い帯のような物が入っている。一尺ほどの長さだ。


「あ、ご存知ありませんでしたか。しばらく前の祭から、目付けはこちらとなっておりまして」


 役人の説明では、これは魔術師が作ったもので、手に巻いておくらしい。

 この帯を付けると、居場所が分かったり、何をしているかが見えるそうな。


「へえ、不思議なものですね」


「何をしておるか見えるってのは嫌じゃのう。小便してるのも見られるってかい」


 トモヤは帯をつまんで顔をしかめている。


「ははは。そんなものは見られませんよ。切り合いになったりすると、それが見られるってわけで」


「切り合いを見られる?」


「まあ、隣町へ行ってみれば良く分かりますよ」


 と、役人はにやにやしている。


「さ、巻いてみて下さい」


 手首にくるりと巻いた所で、すうっとその帯が消えた。


「うわっ?」


 トモヤが驚いて手をぶんぶん振っている。


「これは、一体?」


「驚いたでしょう。何でも邪魔にならないように腕の中に入り込んじまうとかで」


 腕を振ったり手首を回したりしてみたが、何の違和感もない。

 トモヤも腕を振り回したり、手を開いたり握ったりしている。

 帯を巻いた手首を撫でてみたが、肌の下に何かが入っているような感触もない。


「や、これは驚きました」


「ああ、魂消たぜ。これが魔術ってもんか」


「ははは。さて、それでは長くなりますが、祭の決まり事をお伝えいたします。但し書きの方にも同じことが書いてございますが、口にて説明せねばならぬ決まりなので、お聞き下さいませ」


「お願いします」


「なんじゃ、魔族の連中をなぎ倒して、魔王様の所に行けば良いんじゃろう」


 役人は笑いながら「トモヤ、お主はよっく聞いておけ」と言った。


「まず、目的は魔王様の所へ行くことです。これは知っておられますね」


「はい」


「どのような旅路で行ってもらっても構いません。陸路くがじでも船でも、何なら空を飛んでいっても構いません」


「ははは! 空を飛ぶってか! 鳥にでもなればすぐに着くな!」


「トモヤ、真面目に聞いておけ」


「そして、使う得物は自由です。剣でも槍でも、弓に鉄砲、魔術に毒と、なんでもありです」


「なんでも?」


「ええ。なんでもありです。戦い方も、夜道で背中を刺す、物陰から矢を射掛ける、飯に毒を盛る、寝込みを襲うなど、全てありです。もちろん、相手方もそうです。複数の組で戦いさえしなければ、何でもありということです」


「それは物騒ですね」


「毒、か。落ち着いて飯も食えねえな」


 と、トモヤも顔をしかめた。


「毒を盛られて動けなくなったり、勝負に勝てぬとなったら、降参も認められております。失格となりますが、命あっての物種というわけですな。ま、寝込みをブスリとやられたりしたら降参する間もないでしょうが。あと、降参した相手を斬り伏せるようなことをすると失格となりますので、ご注意下さい」


「はい」


「さて、立ち会いになった場合です。例えば若様達と別の組が魔族の組と会いました場合、一緒にかかると反則となります。まずは相手側に『どちらと戦うか』と、しかとお確かめ下さい。こちらが複数の場合は、相手側の選択が優先されます。相手も複数の場合は組の少ない方、同じ数の場合は双方でご相談の上で、という具合です。双方の合意の上であれば、代表者1対1の立ち会いで勝負を決めることも認められております」


「む、お待ち下され。闇討ちを仕掛けてきたり、毒を盛るような相手に『どちらと戦うか』と聞くのですか」


「良いところにお気付きで。そのような組に対しては問答無用で複数の組でかかっても良いとされております。ですが、お気をつけ下さい。間違って祭りに参加しておりませぬ魔族の民などを斬ってしまうと失格だけでなく牢屋行き。相手が悪ければ打首もありますゆえ」


「おいおい、それはちと面倒すぎやせんか」


「隠密を見分けるのも強さのうち、というわけですよ」


「ふむ。では相手が闇討ち組ではないとします。別の組が遠目から撃った所へ、覚えず同時に我らが仕掛けてしまった場合はどうなるのでしょう」


「一度や二度は許されましょうが、度々となれば失格となりますゆえ、お気を付け下さい。ただ『他の組と仕掛けてしまった場合』です。同じ組の中に射手が射て、同じ組の者が斬り伏せる、などは問題ありませぬ。よって、ほとんどの組は射手が入っておりますな」


「む、我らは二人だけ、射手がおらぬな。マサヒデ、これはちと不利じゃぞ」


「ううむ」


「また、先程の目付け帯ですが『敵方の射手がいる』と教えてくれます」


「帯が射手がいると? 教えてくれる?」


「闇討ちの射手ばかりで勝負がついてしまうことが多くありましてな、これはつまらんということで、目付け帯が教えてくれるようになりましたわけで。ただ射手がいるというだけで、詳しい場所などは分からぬようになっております。が・・・」


「が?」


「まあ『射手がいる』と分かれば、少し覚えのある方であれば、大方は隠れておろう場所は分かろうもので。くわえて闇討ち組には問答無用で複数の組でかかっても良し、という決まりもありますゆえ、闇討ちの射手は少なくなりまいたな」


「ふむ」


「人によって射られる距離は違いますが、誰かの矢が届くと分かれば教えてくれます」


「それはすごいですが、複数の射手がいたら、うるさくて仕方ないでしょうね」


「私は祭りに出たことはありませぬで分かりませぬが、苦情もないようなので、あまり問題ないのかと」


 先程、帯を巻いた手首を見たがどのように教えてくれるのか? 分からない。


「ふむ。もし違う組の射手が同じ組に向けて遠くから射掛けた場合はどうなりましょうか」


「先に当たった方の射手の組との勝負になりますな。これも目付け帯が知らせてくれます。後に当たった組の者が続けて撃ったりしても、当たらないようになる仕掛けが施されております。不思議なものですな。もし後組の者が知らせを無視して斬りかかりなどすると、失格となります」


「わかりました」


「さて、このような場合は連戦となり、後の組が有利になりますな。よって、連戦になってしまう組は勝負を拒むことが出来まして、これは降参と違って失格とはなりませぬ」


「その拒んだ組と勝負を望む場合は?」


「双方ご相談の上、合意となれば後日に勝負が出来ます。日取り等はご相談の上でお決め下され」


「ううむ、色々と面倒じゃな。のんびりと行って他の組に露払いしてもろうた方が簡単に着けそうじゃ」


 役人はトモヤの方を向き、


「甘いぞトモヤ。勝つほどに得点がもらえる、という制度でな。もし魔王様の元に複数の組が着いた場合は得点の多い方だけが挑戦権が得られるというわけじゃ。たとえ魔王様の元に辿り着けずとも、多く勝負したり、強者に勝った者は名も上がるし、王から褒美が出ることもあるぞ」


「そうなのか」


 名が上がるとか褒美が出るとかには興味はないが、この機会に多くの者と勝負はしてみたい。

 役人はマサヒデの方に向き直り、


「また、怪我をしておる者を倒したり、闇討ちなどで倒しても、得られる得点はぐんと少なくなります。逆に相手が強ければ強いほど、得点も高くなります。得点については、魔王様がそれぞれ勇者達への挑戦を願う魔族の強さをはかり、得点をつけておられます」


「ふむ、よく考えられておられますな」


「強い者ほど高いか。マサヒデ、頼むぞ」


「剛力のトモヤ様はどこへ行ってもマサヒデまかせ、尻尾を巻いて逃げておる、などと後ろ指をさされても良いのか」


「ははは。そうそう、勝てそうもないと思いましたら、逃げをうつのも許されておりますよ。降参と違って失格とはなりませぬ」


「逃げてもよいのですか?」


「はい。ただし、逃げる途中に背中を刺されても文句なしですよ」


 逃げる相手を刺す。出来るだろうか。


「そうそう、闇討ち組や毒を盛るような組は面倒ゆえ、特に高い点を得られるようになっておりますが、先程申した通り、これらには問答無用で複数の組で襲いかかることも認められております。得点は山分けとなりますが、それでも高い点を貰えるということで、鵜の目鷹の目・・・ま、これも闇討ち組が少なくなった理由の一つですな」


「なるほど。毒や闇討ちで倒しても得点は少なく、倒されれば相手に多くの得点が渡り狙われやすく、皆が鵜の目鷹の目。闇討ち組が減るのも合点がいきます」


「それでも闇討ち組はおります。全て承知の上で闇討ちで戦うということは、上手者ばかりでしょう。そのような者とは、手前は会いたくありませんな」


「ふむ、気を付けます」


「それと、闇討ち組の高い点を独り占めをしようと、他の組を邪魔したりするような輩も毎回おりますので、お気をつけ下さい。目付け帯が見張っておりますが、邪魔された隙に闇討ち組にやられた、なんてこともあるそうで。ま、そんな事になれば良くて牢獄、まあ打首と」


「当然ですね。それに、そのようなことをしては失格とならずとも禍根を残します」


「ああ、禍根といえば・・・正当な理由があり、認められれば、人の組同士の立ち会いとなることもございますが、ま、若様なら心配はございませんな」


「武術家であれば、自分の知らぬうちにどこかで恨みを持たれているものですよ。気を付けます」


「若様がですか? 手前には信じられませんな」


「武術家とはそういうものです」


「左様で・・・さて、最後にですが、組に空きがあれば、他の組の者を入れたり、他に入ったりと出来ます。ただし、互いの組の全員が納得済みでなければ認められませぬ。若様の組ならば、3人以下の組を丸ごと入れることが出来ますな。また、これには役所への届け出が必要となり、受理されるまでは別組とされますので、ご注意下さいませ」


「分かりました」


「ふむ、射手を探して誘いたい所じゃの」


「そうだな」


「同じことが書いてありますが、念のため但し書きの方も一度ご覧下さいませ。では、長くなりましたが、これで」


 ぺこり、と役人は頭を下げた。


「ご丁寧にありがとうございました。助かりました」


 マサヒデも礼を返した。


「長え話だったな。俺はもうさっぱり忘れた」


「トモヤ、お前も頭を下げろ」


「へいへい。ありがとうございやした」


 トモヤも頭を下げた。

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