諦めたくない!

 『くまさんち』のパンがスゴすぎて絶望はしたけど、希望はあった。アンパンだ。


 食べてみたけど、三国ベーカリーより高い値段なのに、クロックムッシュほどの特別感はなかった。もちろん味の好みはあるだろうけど、普通、って感じ。


「クロックムッシュで戦っても勝てないけど、アンパンなら勝てる」


 私は自信を持って言った。きららも、うんうんと頷く。

 ノートに、今日感じたことをまとめていく。


 三国ベーカリー再生のためには、まずはライバル店を分析しないとって晴飛先輩も言っていたからね。

 きららと話しながら、気付いたところを書き込んでいく。


『くまさんち』

 ・イマドキな洗練された店舗

 ・お客さんは若い女性~主婦の人が多い

 ・映える見た目

 ・味も美味しいパン

 ・王子様による特別な体験

 ・高い値段でも満足できる


「じゃあ、三国ベーカリーのことも書いてみよう。きららも、遠慮なく言ってね」

「もちろん」


『三国ベーカリー』

 ・店舗が古い

 ・お客さんはお年寄りが多い

 ・映えないパン

 ・味は美味しい!

 ・ハンサム誠さんによる普通の接客

 ・安い値段


 書きながら、うーん、と唸ってしまう。


「あたしが思うに、店舗が古いって悪いことばかりじゃないと思う。くまさんちっておしゃれだけど、入りたいと思う人は限られるんじゃない?」


 きららの疑問は、私も感じていたことだ。


「おしゃれな恰好じゃないと入れなさそうって思っちゃった」


「それに、映えるパンが必要じゃない人の方が多いでしょ。だって、食べるために買うんだもん。三国ベーカリーのお客さんはお年寄りも多いし、無理に映えさせる必要はないよ」


 うんうん。やっぱりきららはわかってくれる!


 とはいえ……それが良いと思って今までやってきたのに、それで売り上げが下がっているとなると何かを変えなくちゃいけない。


 でも、何を変えたらいい?


 昨日、晴飛先輩に教えてもらったメモを見ながら、頭を悩ませる。


 お店をリフォームするお金も、たぶんない。職人気質の誠さんに、シュンさんみたいな接客をさせるのも難しい。だったらやはり、見た目の良いパンを作るのが手っ取り早いのではないだろうか。


「映えるパンかなぁ……」


 ぼそり、と呟くけど、きららはすぐに返事をしてくれなかった。


「……なんか違う気もするけど、あたしもそれしか思いつかないよ」

「経営とかマーケティングって難しいね」


「そりゃーね。大学でも経営学部とかあるくらいだし、子どもがやるには難易度高いんだよきっと」


 思ったより、モノを売るって難しい。



 夕方になって閉店時間が近づいてきたころ、手の空いた智枝美さんが二階に上がってきた。


「朱琴ちゃん、きららちゃん、おかえり」


「ただいまー」


 声をそろえてただいま。


「きららちゃん、夕飯食べてく?」


「もちろん!」


 夕飯の準備をする智枝美さんに、今日『くまさんち』でパンを買ったこと、三国ベーカリーが勝つにはやっぱり映えるパンを作った方が良いことなどを伝えた。


 写真に残しておいたくまさんちのパンを見せる。智枝美さんは「こりゃすごい」とため息をついた。


「うーん。還暦すぎた夫婦のパン屋さんに、見た目の良いパンなんて作れるか自信ないよ」


 あまり良い表情でない智枝美さんに、きららが声をかける。


「あたしも色々考えるよ。あと、パン好きのセンパイに聞いてみてもいいかも」

「パン好きのセンパイ?」


 図書館で出会った同じ中学の先輩が色々教えてくれていると話すと、智枝美さんは目を輝かせた。


「あら! その晴飛くんってのはイケメンなの?」

「イケメンだし、朱琴を特別扱いしてるよ。溺愛ってやつ?」


 きららの告げ口に、私は恥ずかしくなる。智枝美さんは、きゃーっと歓声をあげる。


「溺愛だなんて! 青春!」


「いやでも、溺愛される理由なんてないし……」


「聞いてみたらいいじゃない」


「聞けないよそんなこと!」


 お店の片付けを終えた誠さんも戻ってきて、四人で夕飯を食べながら私と晴飛先輩のことで盛り上がり、楽しい時間を過ごした。誠さんは、晴飛先輩のことについては「へぇ。今度連れておいで」と真顔で言ったけど。


 お父さんもお母さんもいないけど、私はとても幸せだ。



 と、思ったのも束の間。


 食卓は険悪ムードになった。


「クロックムッシュ? 俺にそんなしゃれたパン作れるわけないだろ」


 ビールを飲んで酔いが回ってきた誠さんは、あからさまに不機嫌になった。

 私ときららでライバル店を調査しに行って、考えたことを伝えたんだけど、どうも納得いかないみたい。


「クロックムッシュでなくてもいいんだけど……目を引くような、おしゃれなパンがあったら話題になるかなって」


 私の言葉に、誠さんは首をひねる。


「そうか? こんな古い店で、そんなことしても無意味だと思う」


 枝豆をつまみながら、これ以上話は聞かないというように見もしないテレビをつけた。


 智枝美さんは、私ときららを見て明るい声でいう。


「朱琴ちゃん、きららちゃん。色々調べてくれたのは嬉しいんだけど、わたしも同じ意見よ。三国ベーカリーのお客さんはお年寄り多いし、新作を出しても売れるのは結局アンパンや食パンばかりで」


 明るくは言うけど、はっきりと断られた。


「でも……やってみなきゃわかんないじゃん」


 私は食い下がる。だって、それ以外なんの案もないんだもん。


「長生きしてりゃ、やらなくてもわかることはあるんだ」


 誠さんはまったく取り合ってくれない。


「やっぱり、店は閉じるしかない」


 なんてわからず屋なんだ。誠さんはパンのことになると頑固であるのは知っていたけど、ここまで聞く耳を持ってくれないなんて。


 でも、何と言われても、私は三国ベーカリーを諦めたくなかった。だって、社長だもん。

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