第7話

「昨日、久しぶりに兄貴に会ったんだよっ」


 顔を合わせるなり、挨拶もそこそこに公一は兄さんの話をしはじめる。

 実に嬉しそうに。まるで恋人の話でもするかのように。


「……で、やっと一段落したんだってさ。何だかすげぇやつれてたよ。やっぱ兄貴は優秀だから、いろんな所に引っ張り回されるんだ。かわいそうだな。でも、すげぇだろ?おれほんと、兄貴のこと尊敬するよ。親父と同じくらいに。きっとすぐに、兄貴も親父と同じくらいすごい医者になるんだろうなぁ。そうしたら、純平、何かあっても絶対兄貴が助けてくれるよ」


 兄さんの話の中に突然俺がでてきて、俺はとまどう。


「え……何で?」

「兄貴は純平のこと知ってるんだ。おれ、兄貴に会ったら必ず純平のこと話すからさ。兄貴に言わせると、おれの話はほとんど純平のことだって。だから、兄貴は純平のことよく知ってるんだ。まるで会ったことがあるみたいにね」

「へぇ」


 という俺の返事は上の空。

 俺はこの時、突如としてわき起こった不可解な感情にとまどっていた。

 胸の奥がチリチリと痛いような……焦りにも似た感情。


(何だろう、これ?何だかわからんけど……不愉快だ。実に、不愉快だ)


「……るからな。なっ?おい純平、おれの話聞いてた?」

「あ?何?何か言ったか?」


 公一の目が、みるみるうちにつり上がる。


「何だよ、聞いてなかったのかよっ」

「わるいな。ボーっとしてた」

「ボーっとしてんのは、今に限ったことじゃないだろっ」


 公一は完全に拗ねている。


(子供か、こいつは)


「で、何だって?」

「もう、いいよっ。どーせ聞いてねぇんだから」

「だから、悪かったって。謝ってるだろーが」

「いいよっ。純平んち行きゃ、わかるんだから」

「は?」

「今日、泊まるからな」


 有無を言わせぬ口調で公一は言う。


(なんて自分勝手なヤツなんだ、コイツはっ……)


 そう思いながらもおれは、何故か先ほどの不愉快さが薄れているのに気づいた。そして、


「今日は、寝かせないからなっ」


 小ずるそうな公一の笑顔に、完全に不愉快さは消えていたのだった。


(なーにが、『寝かせないからなっ』だ。テメーが完全に寝てるじゃねぇか……)


 5本持ってきたビデオの3本目、公一は俺の肩に頭を乗せ、気持ちよさそうに眠りについていた。


(まったく、しょーがねぇなぁ)


「公一、おい、起きろっ」


 軽く体を揺さぶるが、一向に起きる気配はなし。


(こんな体勢でよく熟睡できるな)


 スースーと、規則正しい寝息を立てて公一はぐっすりと寝入っていた。


(起こすのはかわいそうだが、しかし、なぁ……)


「おいっ、公一!こんなとこで寝たら風邪ひくぞっ」


 ちょっと強めに肩を揺すると、公一は眉をしかめて低くうめいた。しかし、まだ目は閉じたまま。


(まったく……)


 仕方なく起こすのを諦め、俺は公一の脇の下に腕を差し入れ、正面から抱き起こす。公一の頭ががっくりと俺の肩にもたれかかった。


(案外、軽いんだな)


 そしてそのままベッドまで運び、寝かせようとしたとき。

 不意に、小さな悲鳴を上げ、公一は思い切り俺に抱きついてきた。

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